役人にも味方がいる
昼下がり。
シュタール労働者党本部では、各省から届いた回答を整理していた。
コンコンコン。
玄関の扉が叩かれる。
ラインが扉を開くと、一人の男が立っていた。
帽子を深くかぶり。黒いサングラス。
口元はマスクで隠れている。
さらに肩から提げた鞄は、不自然なほど膨らんでいた。
ラインとヴィルの視線が鋭くなる。
「止まれ」
次の瞬間、二人は素早く男の両腕を押さえた。
「うわっ!」
男が慌てて声を上げる。
「待て! 怪しい者じゃない!」
ラインは冷静に答える。
「大体、怪しい奴はそう言います」
ヴィルも鞄を見つめる。
「深くかぶった帽子、サングラス、マスク、それに、その異常に膨らんだ鞄」
「どう見ても怪しいですね」
男は必死に首を振った。
「待て待て!危ない物は持ってきてない!でも顔は見せられないんだ!」
ラインはため息をつく。
「それなら、なおさら怪しいですね」
男は観念したように肩を落とした。
「……分かった。せめて中へ入れてくれ」
騒ぎを聞きつけた私は部屋から出てきた。
「どうしたの?」
ラインが簡潔に説明する。
「身元を隠した人物です。ですが、武器らしき物はありません」
私は男へ目を向けた。
「お話だけなら伺います」
ライン達は警戒を解かないまま、応接室へ案内した。
部屋へ入ると、男は静かに鞄を机へ置いた。
ゆっくり金具を外す。
ガチャリ。
中から出てきたのは爆弾でも拳銃でもなかった。
大量の書類だった。
机いっぱいに積み上がる資料。
統計表。報告書。予算案。私は目を見開く。
「これは……」
男は小さく息を吐いた。
「正式には公開できません。ですが、参考になると思います」
私は資料を一枚手に取る。
どれも各省庁の内部分析資料だった。
公開資料よりも詳しく、現場の問題点まで書かれている。
私は静かに尋ねた。
「あなたは……官僚の方ですか?」
男は少しだけ頷いた。
「名前は言えません。ですが、この国を立て直したい気持ちは同じです」
部屋が静まり返る。
ルマルが資料をめくりながら驚く。
「これは……よく集めましたね」
男は苦笑した。
「若い官僚の中には、今のままでは駄目だと思っている者も少なくありません。皆さんの質問状を見て、『本気で調べようとしている議員がいる』と話題になりました」
私は資料をそっと机へ戻した。
「ありがとうございます」
そして、ゆっくり首を横に振る。
「でも、一つだけ約束してください」
男が顔を上げる。
「あなたが困るようなことはしないでください。無理をしてまで資料を持ち出す必要はありません。私は、あなたの人生まで背負うことはできません」
男はしばらく黙っていた。
やがて小さく笑う。
「変わった議員ですね。普通なら、もっと資料をくれと言われますよ」
私は微笑んだ。
「仲間を失ってまで進める改革は、長続きしません。できる範囲で十分です」
男は静かに帽子を取り、一礼した。
「分かりました。これからも、できることだけお手伝いします」
そう言って再び帽子をかぶり、党本部を後にした。男が帰ったあと、ラインが窓の外を見ながら呟く。
「まだ警戒は必要ですが……」
ヴィルも頷く。
「それでも、役所の中にも味方はいるんですね」
ルマルは資料を手に取りながら微笑む。
「国を動かしているのは政治家だけではありません。官僚もまた、この国を支える人たちです」
私は積み上がった資料を見つめ、小さく頷いた。
「ええ、少しずつだけど……仲間は増えているみたいね」




