見えない敵
数日後。
私は再び財務省を訪れていた。
議員になってからというもの、議会より財務省へ来る回数の方が多い気がする。
「おはようございます」
受付へ挨拶すると、顔見知りになった職員も笑顔で頭を下げた。
「お待ちしておりました」
そのまま資料室へ案内される。
昨日お願いしていた資料が机へ並べられていた。
「ありがとうございます」
私は早速、資料へ目を通し始める。
その時だった。
「申し訳ありません」
一人の官僚が困った表情で近付いてきた。
「ご希望されていた資料ですが……その資料は内部資料です。公開できません」
私は顔を上げた。
「議員でもですか?」
「はい」
「省内限りの資料になります」
私は無理に食い下がることはしなかった。
「そうですか……理由を伺っても?」
官僚は少し言いにくそうに答える。
「まだ正式な統計ではありません。公表すると誤解を招く恐れがあります」
私は静かに頷く。
「分かりました」
そう言って席へ戻る。
しかし、その様子を見ていたルマルが小さく呟いた。
「理由は半分、本当です」
「半分?」
「もう半分は……」
ルマルは周囲を見回して声を潜める。
「情報を握ることも権力だからです」
私は思わず考え込んだ。
「権力……」
「はい」
「数字を持っている人間は、交渉でも有利になります。だから簡単には手放したくない」
私は資料を見つめる。
「なるほど……知らない人と、知っている人では立場が変わる」
ルマルは静かに頷いた。
「それが官僚組織です。もちろん全員ではありません」
その時、別の若い官僚が小さく声を掛けてきた。
「ヴィーダーベレ議員」
私は振り返る。
「こちらなら公開できます」
そう言って別の資料を机へ置く。
「内部資料ではありませんが、参考になると思います」
私は笑顔で受け取った。
「ありがとうございます」
若い官僚も少し笑った。
「できる範囲でしたら、ご協力します」
彼が去ると、ルマルが微笑んだ。
「ほら。敵ばかりではありません」
私は資料を大切に抱えた。
「ええ。協力してくださる方もいる」
財務省を出る頃には、夕日が街を赤く染めていた。
私はゆっくり歩きながら考える。
領地では、人手が足りないことが問題だった。でも中央は違う。人はいる。資料もある。だけど、簡単には動かない。
私は小さく息を吐いた。
「これが政治……見えない敵ということね」
隣を歩くルマルが静かに答える。
「ええ。戦場では敵は目の前にいます。ですが政治では、敵は制度や慣習、そして人の思惑です」
私は空を見上げる。
共和国を変える戦いは、銃も剣も使わない。
だが、その難しさは戦場にも劣らないのだと、改めて実感するのだった。




