最初の提言
翌朝。
シュタール労働者党の事務所では、八人の議員が円卓を囲んでいた。
机の上には、財務省から借りた資料と、ルマルがまとめた資料が並んでいる。
一人の議員が口を開いた。
「ベレさん。いよいよ最初の法案ですか?」
私は静かに首を横へ振った。
「いいえ。法案ではありません」
部屋が静まり返る。
私は黒板の前へ立ち、チョークを手に取る。
大きく書いた。
『まず、国民へ現実を伝える』
「今の共和国は、何がどれだけ悪いのか?国民には見えていません」
私は財務資料を持ち上げる。
「私も議員になって、初めて知りました。これでは判断のしようがありません」
ルマルも頷く。
「数字が見えなければ、経済は議論できません」
私は黒板へ三つ書いた。
一、紙幣発行量の定期公表。
二、国の財政資料の公開。
三、各省庁の統計資料の整備と公表。
教師出身の議員が驚く。
「これだけですか?」
私は微笑んだ。
「これだけです。ですが、一番大切なことです」
元軍人の議員が腕を組む。
「インフレ対策ではないんですね」
私は頷く。
「ええ。今、大改革を掲げても、誰も信用しません。まず必要なのは、国民が現実を知ることです」
私はゆっくり皆を見渡した。
「国民が現実を知らなければ、政治は変わりません」
部屋は静まり返る。
ルマルが静かに続けた。
「銀行でも同じです。帳簿を隠した会社へ、お金を貸す人はいません。国も同じです。まず、数字を見せる。そこから信用は始まります」
ヘルムは腕を組んだまま笑う。
「派手じゃねぇな」
私は苦笑する。
「ええ。でも、土台です。家を建てる前に、基礎工事をするでしょう?政治も同じです」
その日の午後。
共和国議会。
ベレは初めて正式な提言書を提出した。
内容は、わずか数枚。
しかし、その内容は今までの議会にはなかったものだった。
『紙幣発行量の定期公表について』
『共和国財政資料の公開について』
『統計資料整備に関する提言』
提出を受けた事務官は、思わず目を丸くする。
「財政資料の……公開ですか?」
私は静かに頷いた。
「はい」
「国民が知る権利があります」
事務官は書類を受け取りながら、小さく呟いた。
「珍しい提言ですね」
その様子を廊下から見ていたウス・ライは、思わず笑みを浮かべた。
「なるほど。今度は数字か」
手帳を取り出し、素早く記事の見出しを書く。
『十五歳の議員、最初に求めたのは”情報公開”』
さらにペンを走らせる。
「シュタール労働者党は、派手な政策を掲げることよりも、まず共和国の現実を国民へ公開することを求めた」
「改革は、数字を隠さないことから始まる」
ウス・ライはペンを置き、小さく笑った。
「面白い!この子は、政治の土台から変えるつもりか」
その頃、私は議会の窓から首都の街並みを眺めていた。
改革はまだ始まったばかり。
けれど、どんな大きな建物も、小さな土台から築かれる。
私は静かに呟いた。
「焦らなくていい。一歩ずつ、変えていきましょう」




