財務官僚との対話
財務省。
昨日から借り受けた資料は机の上へ山のように積まれていた。
私は一冊ずつ目を通し、気になる数字へ赤鉛筆で印を付けていく。
国債。税収。紙幣発行量。地方交付金。
どれも厳しい数字ばかりだった。
コンコン。
扉がノックされる。
「失礼します」
入ってきたのは、昨日受付で見かけた若い財務官僚だった。
年齢は二十代半ばほど。
眼鏡を掛けた真面目そうな青年である。
「追加資料をお持ちしました」
机へ新しい資料を並べる。
私は頭を下げた。
「ありがとうございます」
青年は少し照れたように笑う。
「実は……省内で話題になっているんです」
私は首を傾げる。
「私がですか?」
「はい」
「議員になって最初に財務資料を見に来た方は初めてです」
私は思わず苦笑した。
「そんなに珍しいんですね」
青年は頷く。
「普通は各省への挨拶回りです。財務省へ来ても、表敬訪問だけで終わる方がほとんどです。こんなに細かく資料を請求された方は……」
少し考えてから答えた。
「私が知る限り、初めてです」
私は資料へ目を落とした。
「数字を知らないまま政策は考えられませんから」
青年は感心したように頷く。
その頃には、財務省の廊下でも噂になっていた。
「例の十五歳の議員か」
「新党の党首らしい」
「昨日から資料室へこもりっぱなしだ」
「昼食も忘れて数字を見てるそうだ」
「変わった子だな」
そんな話があっという間に広がっていく。
私は資料を閉じ、小さく息を吐いた。
「難しいですね……」
青年が尋ねる。
「何がでしょうか」
私は少し考えてから答えた。
「家計の管理なら経験があります。領地でも予算配分はしてきました。自分のお給料でやりくりすることもできます」
青年は静かに聞いている。
「でも、それは……」
私は窓の外を見つめた。
「土台がしっかりしていたからできたことです」
「収入がある。通貨が信用されている。市場も動いている。その前提があった」
私は手元の資料を軽く叩いた。
「でも共和国は違います。その土台そのものが崩れ始めている。国全体の経済なんて……」
私は苦笑する。
「もちろん、経験なんてありません」
部屋は静まり返った。
青年は少し驚いた表情を見せる。
「正直にそう仰るんですね」
私は頷いた。
「知らないことを知っているとは言えません。だから勉強します。分かるまで資料を読みます。分からなければ、皆さんに教えていただきます」
青年はしばらく黙っていたが、やがて穏やかに笑った。
「その言葉を聞いて安心しました」
「え?」
「分からないことを分からないと言える政治家は、多くありません」
私は少し照れくさく笑う。
「ありがとうございます」
青年は机の引き出しを開け、一冊の古びた帳簿を取り出した。
「もしよろしければ、これは公開資料ではありませんが、財務省内で分析用にまとめた資料です。統計だけでは見えない問題点も書かれています」
私は驚いて顔を上げた。
「見せていただけるんですか?」
青年は静かに頷く。
「共和国を立て直したいと思っているのは、私達も同じです。役所の中にも、諦めていない人間はいます」
私はその帳簿を大切そうに受け取った。
「ありがとうございます」
青年は軽く頭を下げる。
「できる範囲でしたら、お手伝いします」
その日。
ベレは初めて、財務省の中にも共和国の未来を本気で考える仲間がいることを知った。
そして若い財務官僚もまた、十五歳の新米議員に、今までの政治家とは違う何かを感じ始めていた。




