静かな前夜
選挙活動最終日。
最後の街頭演説が終わると、町は少しずつ静けさを取り戻していった。
昼間の賑わいが嘘のように、人々は家路へと急いでいる。
私は演説台を見つめながら、小さく息を吐いた。
「終わったわね……」
ラインが資料をまとめる。
「はい。これで選挙活動は終了です」
ヴィルも時計を見た。
「明日はいよいよ投票ですね」
私は夕焼けに染まる空を見上げる。
長かった。領地を飛び出し、首都へ来て。
政党を作り。仲間を集め。全国を飛び回った。
私は静かに微笑む。
「できることは全部やった」
結果は分からない。
でも、悔いだけはなかった。
その時だった。
ヘルムが帽子を被り直しながら言う。
「よし俺達も帰るぞ」
私は頷く。
「事務所ですか?」
「違う。秘密基地だ」
「……へ?」
私は思わず聞き返した。
「何しに行くんですか?」
ヘルムは当然のように答える。
「何って……時間ができたんだ。だったら、やることは一つだろ?」
嫌な予感しかしない。
秘密基地へ着くと、ヘルムは迷いなく格納庫の奥へ歩いていく。
そして、一台の巨大な車両の前で立ち止まった。
「ほら!ちびっ子戦車に乗っとけ」
私は目をぱちくりさせる。
「はい?」
「早く時間がもったいない」
ラインとヴィルは顔を見合わせた。
「やっぱり始まった……」
ヘルムは戦車の装甲を軽く叩く。
「移動中に説明してやる。まずは乗れ」
私は苦笑しながら戦車へよじ登った。
狭い車内へ入る。鉄の匂い。油の匂い。
計器が並び、思った以上に複雑だった。
「こんな中で戦っていたのね……」
ヘルムは満足そうに頷く。
「そうだ。で、次」
棚から小さな木箱を取り出す。
中には一丁の拳銃が入っていた。
「PPKだ」
私は思わず苦笑する。
「やっぱり、それですか」
ヘルムは真面目な顔だった。
「あの目は本気だ」
「誰の目ですか?」
「お前の父親だ」
ラインとヴィルが同時に頷く。
「間違いありません。閣下は、次に会った時『腕前はどうだ?』と必ず聞いてきます」
私は遠い目をした。
「……そうでしょうね」
ヘルムは拳銃を机へ置く。
「安心しろ。今日は撃つことより、安全な扱い方を覚えろ」
「持ち方、確認方法、装填、安全装置それだけでも十分だ」
私は静かに拳銃を手に取る。
「……はい」
ヘルムは少し笑った。
「それでいい。使わないで済むなら、それが一番だ。だが知らないのと、知っているのでは大違いだからな」
私はゆっくり頷いた。
窓の外では夕日が沈み始めている。
明日は投票日。
もう演説はない。もう説得もできない。
今できることは、本当にすべて終わった。
だからこそ、この束の間の時間を、私は少しだけ変わった”特訓”に使うことになった。
「まったく……選挙前日に戦車と拳銃の講習なんて」
私は苦笑しながら呟く。
「うちぐらいよね、こんなことをするのは」
その言葉に、ヘルムもラインもヴィルも思わず笑い声を上げた。




