父の演説
数日間に及ぶ遊説も、いよいよ最終日を迎えた。
飛行機の中で地図を眺めていると、ヘルムが笑いながら言った。
「最終日は、お前の領地だ!一日は確保してある」
私は思わず顔を上げる。
「本当ですか?」
「ああ」
「長くは居られんが、一日くらいなら何とかした」
私は窓の外を眺め、小さく笑う。
「なんだか……久しぶりって感じね」
ラインも微笑む。
「皆さん、お待ちでしょうね」
その時、ふと疑問が浮かんだ。
「でも……うちの領地に飛行場なんてあったかしら?」
ヘルムはニヤリと笑うだけだった。
「もうすぐ分かる」
しばらくして操縦士が声を上げる。
「着陸準備!」
私は窓から地上を見下ろした。
「あれ?」
森の中に一本、真っ直ぐ切り開かれた土地が見える。
「滑走路……?」
しかも、その周囲には大勢の人が集まっていた。
荷車を止めて見上げる人。
子ども達。領民。帰還兵。学校の先生。
工房の職人達。
皆が空を見上げ、こちらへ手を振っている。
私は驚いてヘルムを見る。
「これ……」
ヘルムは笑った。
「お前ん家だぞ」
私は思わず吹き出した。
「いつの間に作ったのよ!」
ヘルムは肩をすくめる。
「候補者が帰ってくるって聞いてな?領民が総出で整地した。簡易滑走路だが、十分使える」
飛行機はゆっくり高度を下げ、滑走路へ着陸した。
ゴォォォ……
やがて機体が止まると、大きな歓声が響いた。
「お嬢様ー!」
「お帰りなさい!」
「ベレ様だ!」
私は飛行機から降りると、思わず手を振る。
「ただいま!」
領民達の笑顔を見ていると、胸が熱くなった。
午後。
領都の広場では選挙演説が始まった。
私は候補者席へ座る。
壇上へ上がったのは父、グラウベだった。
以前なら軍服姿だった父。
今は質素な背広を着ている。
父は集まった領民をゆっくり見渡した。
「皆、今日は私の話を聞いてくれて感謝する」
広場は静まり返る。
父は私の方を一瞬だけ見て、再び前を向いた。
「私を応援してほしい」
そう言うと思った人も多かっただろう。
しかし父は首を横に振った。
「違う。私ではない」
その一言で、皆が息を呑む。
父は力強く続けた。
「娘を信じてください」
私は思わず父を見る。
父は真っ直ぐ前だけを見ていた。
「私は過去を生きた人間だ。戦場で国を守ろうとした。しかし、時代は変わった」
広場は静まり返ったままだ。
「これから国を変えるのは、私ではない。ヴィーダーベレだ」
父はゆっくり私を指差した。
「私は命令を出すことはできても未来を作ることはできない。未来を作るのは若い世代だ」
そして深く頭を下げる。
「どうか」
「私ではなく、娘を信じてください」
その言葉に、広場は静まり返った。
やがて、一人の老人が拍手を始める。
続いて帰還兵。職人。教師。子ども達。
拍手は次第に大きくなり、広場全体を包み込んだ。
私は壇上の父を見つめる。
軍人としてではない。伯爵としてでもない。
一人の父親として、娘の背中を押してくれていた。
私は胸の前で小さく拳を握る。
お父様……その期待には、必ず応えてみせます。
空を見上げると、一機の飛行機が静かに滑走路で翼を休めていた。
その翼は、私を領地へ運んだだけではない。
父から娘へ。過去から未来へ。
その思いも運んできてくれたようだった。




