既存政党の焦り
港町での応援演説は、一時間ほどで終わった。
主役は私ではない。
この地区から立候補した候補者だ。
私は最後に短く挨拶をするだけだった。
演説が終わると、ヘルムが腕時計を見た。
「よし、移動するぞ」
私は苦笑する。
「休憩は?」
「飛行機の中だ」
慌ただしく飛行場へ戻る。
飛行機が離陸すると、ヘルムが地図を広げた。
「今日で三か所目が終わった」
赤鉛筆で印を付ける。
「ここから南へ向かう。途中でもう一か所。最後は、お前の領地だ」
私は思わず笑う。
「本当に空を飛ぶと違うわね。馬車なら何週間も掛かる距離なのに」
ヘルムは得意そうに頷く。
「だから飛行機を残した。こういう時のためにな」
機内では、ヘルムが機体後方へ向かっていた。
私は後を追う。
そこには小さな通信室があった。
「これ……」
ヘルムは椅子へ座る。
「軍用電報機だ」
無線士が手際よく機械を操作している。
カタカタカタ……
一定のリズムで信号を送り続ける。
私は興味深そうに眺める。
「誰と連絡を?」
ヘルムはニヤリと笑う。
「各地の候補者だ。予定変更や演説時間を知らせてる。飛行機だけじゃ意味がない。情報も一緒に動かさないとな」
私は思わず感心する。
「移動と通信……両方が揃って初めて効率が上がるのね」
ヘルムは満足そうに笑った。
「ようやく気付いたか」
その頃、共和国首都。
既存政党の本部では、緊急会議が開かれていた。机の上には新聞が山積みになっている。
「支持率がまた上がっている」
「港町でも集会が成功したらしい」
「炭鉱地区でも好評だったとか」
部屋の空気は重かった。
一人の議員が机を叩く。
「シュタール労働者党をどう止める?」
誰もすぐには答えられない。
少し前まで。
「子供の遊びだ」
そう笑っていた相手だった。
しかし今は違う。討論会。新聞。街頭演説。
地方遊説。支持率。
どれを取っても無視できなくなっていた。
一人の年配議員が静かに口を開く。
「認めたくはないが……もう放ってはおけん」
別の議員も頷く。
「無視する段階は終わった」
「完全に勢いへ乗っている」
若い議員が地図を広げる。
「しかも飛行機で各地を回っているとの情報があります」
「何?」
部屋中がざわついた。
「飛行機だと?」
「そんな馬鹿などうやって手に入れた?」
誰も答えを知らない。
分かっているのは一つだけ。
シュタール労働者党は、これまでの常識とは違う方法で選挙を戦っているということだった。
議長が静かに言う。
「対策本部を作る。もう新党ではない。競争相手だ」
部屋は静まり返る。
ようやく。既存政党は認めた。
十五歳の少女が率いる小さな政党は、もはや笑って済ませられる存在ではないと。
その頃、飛行機は青空の中を南へ向かって飛び続けていた。
私達はまだ、その会議が開かれていることを知らない。
ただ一つ。
目の前の演説と、一人でも多くの人へ思いを届けることだけを考えながら、次の町を目指していた。




