父からの電報
朝。事務所へ一通の電報が届いた。
「ヴィーダーベレ様宛です」
私は受け取り、封を開く。
書かれていた文章は、たった二行だった。
『新聞見た』
『やり過ぎるな』
私はしばらく電報を見つめる。
そして、ふっと笑った。
「……何これ」
ラインが覗き込む。
「グラウベ閣下からですか?」
私は頷く。
「ええ。褒めてるのか?心配してるのか?さっぱり分からないわ」
ヘルムも電報を見て吹き出した。
「ははは!いかにもあいつらしい」
ヴィルも苦笑する。
「閣下は昔から、言葉が少ないですからね」
私は電報を丁寧に折り畳み、手帳へ挟んだ。
「でも新聞は読んでくれているのね」
その一言だけで十分だった。
遠く離れた領地からでも、父は娘のことを気に掛けている。
それが伝わってきた。
その日の午後。
ラインが一冊の分厚い書類を抱えて執務室へ入ってきた。
「お嬢様!護衛兵候補の名簿がまとまりました」
私は受け取り、ヘルムへ渡す。
ヘルムは椅子へ座ると、一人一人の経歴へ目を通し始めた。
元軍人。憲兵。警備隊経験者。射撃教官。
体格。年齢。戦歴。
無言でページをめくっていく。
部屋には紙をめくる音だけが響く。
しばらくして、ヘルムが書類を閉じた。
「悪くねぇ」
ラインが少し緊張した表情で尋ねる。
「いかがでしょうか」
ヘルムは笑った。
「合格だ」
ラインはほっと息をつく。
しかしヘルムは続けた。
「実はな。俺も別に人を探してた」
「えっ?」
机の引き出しから、もう一冊の名簿を取り出す。
「元海軍、港湾警備、情報部、こいつらなら信用できる」
ラインが驚く。
「そんなに集めていたんですか?」
ヘルムは肩をすくめた。
「護衛ってのは何か起きてから増やすもんじゃねぇ。起きる前に準備するもんだ」
二つの名簿を合わせる。
私は人数を数えてみる。
「五十名……」
ヘルムが頷いた。
「まあまあだな。最初としては十分だ」
私は思わず感心する。
「こんな短期間で、よくこれだけ……」
ヘルムは笑う。
「昔の人脈ってやつだ」
そして立ち上がると、大きな声で言った。
「招集をかけろ!」
ラインは勢いよく敬礼する。
「はい!」
すぐに部屋を飛び出していく。
その後ろ姿を見送りながら、ヴィルがぽつりと呟いた。
「これで、お嬢様も少しは安心ですね」
私は静かに首を横へ振る。
「安心はできないわ。支持者が増えれば、それだけ危険も増えるもの」
ヘルムは満足そうに笑った。
「だから護衛がいる。だから仲間がいる」
私は窓の外を見つめる。
父から届いた短い電報。
新しく集まる五十人の護衛。
少しずつ大きくなる政党。
もう、領地で復興だけを考えていた頃とは違う。
私一人ではなく、多くの人が同じ未来へ向かって歩き始めていた。
私は電報をもう一度見つめ、小さく笑う。
「お父様。やり過ぎない程度に、頑張りますね」
その言葉は、誰に聞かせるでもない、小さな返事だった。




