第6話 王女の牽制
王女とルクセインは並んで会議室から出てきた。
そのまま、王女の執務室へ足を向ける。
「――ふっ。ふははっ」
急に王女が笑い出した。
「なんですか、殿下。思い出し笑いとは」
ルクセインが無表情で言う。
「だって、急に『足りなかったのは子供へ向ける意識だ』とか言ったと思ったら。とんでもない案出してきたから」
王女はツボに入ったのか涙目で、ルクセインを見る。
「でも実際、視点も、疑問提示も、報告書の内容も素晴らしかった。だから殿下もお認めになったのでしょう?」
ルクセインは書類の一束を片手に掲げる。
「ええ、そうね認めるわ。王女として、民に目を向けるとは何かを考えさせられたわ。中央に引っ張ってきて正解よ。」
「もともと、中央勤務の予定でした。」
その声には棘があった。
「そうね。そこの不正に気づいた事も彼女の功績かしら?」
ルクセインは、嬉しそうに笑った。
「そうです」
「あら、珍しく素直に認めるのね」
「彼女が正当に評価されて、嬉しくないわけがない」
それを聞いて、再び王女が笑い出した。
王女を執務室へ送り届けると、ルクセインは案をまとめたいと足早に去った。
「仕事となると、行動は早いのにな…」
まだ笑いの引かない王女は、背伸びしながら椅子に腰掛けた。
お茶を運んできたのは、王女が幼い頃から仕えている侍女長だった。乳母のような存在であり、数少ない説教役でもある。
カチャ
茶器をデスクに置く。
「あら?珍しいわね。貴女がお茶を運んでくれるなんて。何か話があるの?」
王女は訊ねた。
「…殿下」
低い声で侍女長は、意を決したように続けた。
「男性の火遊びというのは…割とよくある話です。アルコイリス閣下も例外ではないのでしょう。でも、一つ一つに目くじらを立てておられては、殿下の品位が下がります。貴女様は、王女なのです。騒がず、揺るがず、どっしりと構えて格の違いを見せなければなりません!」
突然の、侍女長の説教に王女は目を瞬かせた。
「…え?…え?何の話?」
「噂です」
「噂?」
「ここ数日、王宮中で噂になっております!殿下が、アルコイリス閣下の愛人に、交流会で釘を差されていたと!」
「ぶっ――!!」
王女は、一口含んでいた紅茶を盛大に吹き出した。
「げほっ、げほっ!」
「殿下!?」
「ま、待って!」
咳き込みながら手を振る。
「今なんて言った!?」
「ですから、殿下が愛人へ――」
「愛人!?ルクセインの!?」
王女は机を叩いた。
「愛人って誰なのよ!?」
侍女長は一瞬だけ言い淀んだ。
「…監査室のトリフォニア・フェリシア嬢です」
「あは、あははははは!!!」
王女はついに机に突っ伏して、お腹を抱えて笑い出した。
「殿下!? 何がそんなにおかしいのですか。これは王室の威信に関わる問題で――」
「ごめん、まさか…ははは、あれがそんな噂になってるなんて」
王女はハンカチで目元の涙を拭い、
「大丈夫よ。事実無根よ。心配しないで」
と、侍女長に笑いかけた。
「それにしても、愛人だなんて、不名誉な噂を流されては彼女が可哀想ね。これは、何とかしないと」
王女は腕を組んだ。
「そうだわ!トリフォニア嬢をお茶会に誘いましょう!」
「…お茶会ですか?」
「そう。私と彼女が仲良しだと分かれば、変な噂も消えるでしょう?」
王女は確信した。
「場所は…中央庭園が良いわね。人通りも多いし、きっとあっという間に、変な噂なんて消えるわ」
満足げに侍女長に言うと、さっそくお茶会の準備にとりかかった。
その横で、侍女長はなぜか嫌な予感を覚えていた。
そしてその予感は、驚くほど正確だった。




