第5話 王宮中の噂
トリフォニアは、少しうつむき加減に書類を抱えて、小走りに王宮の廊下を歩いていた。
通りすがる人、一人一人から視線を向けられる。
気のせいではないはずだ。
(なんで、なんで、なんでなの!?)
そのまま、職場である監査室に駆け込んだ。
ダンっ!
書類を机に叩きつけ、暫く呼吸を整える…そこに。
「よっ、トリフォニアおはよ。随分と噂になってるな」
カイルが、挨拶代わりに悪気なく放ったひと言にトリフォニアが崩れた。
「その!噂!なんなんですか!?何で…あんなっ」
涙目で声を出す。
カイルが、気の毒そうに言う。
「お前は十分いい女だよ。……いや、俺は妻一筋だからな? 一般論だぞ」
カイルは慌てて付け加えた。
「でも相手が王女殿下じゃなぁ……」
監査室中の視線が集まる。
「閣下は、その…女性関係も多かったみたいだしな。遊ばれたとは言わんが、カイルの言う通り、王女殿下が相手ではな。三角関係も分が悪い」
別の同僚デニスも、何故か同情気味に話しかけてくる。
「え?閣下って女性関係が派手だったの?」
職場のお母さん的存在、ジョアンナが興味深そうに聞いてきた。
「ああ、なんでも恋愛に悩んでた部下にアドバイスしたらしいんだが、それがあまにりにも的確で…後日、どうしてそんなに的確なんですかって聞いたらしいんだ」
「うん。そしたら閣下はなんて返事したの?」
デニスはゴクリと喉を鳴らす
「……統計からだと」
静まり返る室内。
「統計?」
「統計」
「と…統計と言う事は、一人二人の話ではないわね」
冷静に分析するジョアンナ。
「そりゃ、統計とれて、的確にアドバイス出来るとなれば相当な…」
カイルはトリフォニアに目を向け、発言を止めた。
「…トリフォニア?」
目の前で手を振られて、意識が戻る。
トリフォニアにもなかなかに衝撃的な話だった。
(あのルークが、統計取れるほど…)
「まぁでも、あれだけ優秀で美貌もあれば弄ばれてもいいって思っちゃうわぁ」
ジョアンナが言う。
「そうだな、あの閣下だしな」
「まあ、あれだな…」
カイルが再び気の毒そうに、トリフォニアの肩をポンと叩いた。
「あんまり、気にするな。過去は過去と割り切れ。閣下は王女殿下を選んだ」
うんうん、と話がまとまる。
「だっ…から…ます」
トリフォニアが何か言おうとする。
「え?」
カイルが聞き返す。
「だから!違うんです!王女殿下と閣下の間に割って入ろうとなんてしてません!!!ただの幼馴染なんです!!!」
トリフォニアは力の限り叫んだ!
「閣下にちょっかい出して、王女殿下に牽制なんてされてませんから!!」
そのあまりの気迫に、そこにいる全員が息を呑んで硬直した。
――その、しんと静まり返った監査室の、少し開いた扉のすぐ外。
書類を片手に通りかかっていたルクセインは、ピタリと足を止めていた。
監査室から聞こえてきた言葉に、僅かに目を伏せると、そのまま静かに歩き去った。




