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【番外編追加】国宝級天才の最愛 〜四葉を手放せない若き侯爵は、恋の進め方だけが分からない  作者: 有原 詩名美


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第3話 あの夏の日

夜風が髪を撫でる。

隣を歩くルクセインは昔よりずっと背が高くなった。

出会った頃はトリフォニアの方がすこし大きかったのに、今では見上げるほどだ。

不意に、男性だと意識してしまい慌ててそれを消そうとする。

でも、こんな風に意識して胸を高鳴らせているのは自分だけなのだと思うと、少し――いや、かなり悔しかった。

 

「じゃあここで。ありがと」

トリフォニアがそう言って官舎の玄関に向かおうとした、その時。

隣のルクセインが一歩、すっと距離を詰めてきた。

「…ルーク!?」

見上げれば、ルクセインがじっと自分を見つめている。

昔よりずっと大きくなった彼の手が、大きな影を作ってトリフォニアの顔の横へと伸びた。

ドキリ、と心臓が跳ねる。

けれど、その指先は彼女の頬に触れる手前で優しく止まり、髪をそっと耳の後ろへと払った。

「夜風が冷えてきたから…部屋に入って。すぐに鍵を閉めろよ」

「う、うん……」

あまりの至近距離と、子供の頃とは違う低い声。

トリフォニアの防衛本能が悲鳴を上げる。

「部屋に入ったらすぐに明かりをつけて」

「なんで?」

「確認してから帰る」

「えっ、いいよ。悪いし!」

「俺がそうしたいだけだから。…おやすみ、ニア」

ルクセインは、柔らかく微笑んだ。


慌てて階段を駆け上がり、自室に飛び込んで鍵を閉める。

うるさいくらいに脈打つ胸を押さえながら、トリフォニアは窓辺へと向かう。

部屋の明かりを灯し、そっと外を見下ろす。

ルクセインはじっとこちらの窓を見上げていたが、トリフォニアの姿を確認すると、小さく手を振ってようやく背を向けた。

遠ざかっていく後ろ姿を、トリフォニアは見えなくなるまで見送った。


(本当に変わってない。)

いつでも優しくて、面倒見が良くて。

だから勘違いしそうになる。


ぎゅっと胸元を握りしめる。

それでも胸の奥が少しだけ痛む。

そんな、自分の未練がましさに腹が立つ。


(私が特別なわけじゃない)

あの夏の日に、それはもう分かったはずなのに。


両親が友人同士だったルクセインとトリフォニアは、

同じ伯爵位、年齢も同じ5歳という事で引き合わされた。

それは「気が合えば、将来婚約するのもいいかもしれない」という、そんな軽いものだった。

婚約の話は、決まるでもなく立ち消えになるでもなく、二人は仲のよい友人として育った。一緒に野原を駆け回ったり、好きな物語の話をしたりそんな幼少期を過ごした。

ルクセインに変化が見られたのは、10歳を過ぎたころからだ。急に勉強や体力作りに打ち込むようになった。以前より遊ぶ時間がどんどんと減っていった。


そんなある日――

「え!中央帝国学院!?」

トリフォニアは驚いた。国内最高峰の学院にルクセインが進学すると報告を受けたからだ。

「うん…寄宿舎に入るから、こっちに帰れるのは長期休暇くらいだと思う」

12歳、まだトリフォニアの背の方が高いが、学力はルクセインの方が遥かに高くなっていた。

少し寂しさを覚えたものの、勉学に打ち込んだのはこのためかと理解した。


それからは年には数度、会えるか会えないかの距離感となった。家に会いに行っても、少し言葉を交わすとルクセインは直ぐに勉強に戻っていった。まるで、逃げるように。それでも、会う度に話題のお菓子だ、本だと手土産をくれた。少しずつ大人の男性に近づく幼馴染に、友達とは違う気持がだんだんと育っていった。


16歳の夏。

うだるような暑さの中、友人たちから婚約の報告を聞く機会が増えていた。幸せそうな話ばかりだというのに、胸の奥が妙にざわついて、暑さが一層身に沁みていた。

このままルクセインと婚約するものと思っていたトリフォニアは、それとなく父に話をふった。

「…そうだな。次の休暇に帰ってきた時に、話をしてみようか」 

父はそう答えた。


そして、ルクセインの休暇がやってきた。婚約の話をするから同席するかと父に聞かれたが、少し気恥ずかしく話だけ後から聞きたいと家に残った。父はルクセインの元へ出かけていった。その時のトリフォニアは、このまま婚約の話が進むのだと、疑いもしなかった。


「ご縁が無かったみたいだよ」


帰宅した父から言われた言葉の意味が、暫く飲み込め無かった。

「え…それって、どういう事?」

やっと返した言葉がそれだった。父は軽く苦笑いをした。

「ルクセイン君も、世界が広がって楽しいのだろう。

婚約は考えられない…と返事があった。理由は濁していたが、前向きで無いのは明らかだ。お前には、是非にと請われる相手に嫁がせたい。無理に婚約を結ぶ必要はないと判断したよ」

頭の中が真っ白になった。その後も父から慰めの言葉が続いていたが全く耳に入らなかった。


その夏。

トリフォニアの初恋は終わった。

あの日からルークはずっと遠い存在になった。

だから今夜の優しさも、特別な意味などない。

そう言い聞かせなければ、また期待してしまいそうだった。


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