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【番外編追加】国宝級天才の最愛 〜四葉を手放せない若き侯爵は、恋の進め方だけが分からない  作者: 有原 詩名美


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第2話 残業

王宮監査室は、報告書の数字の見直しで朝から大騒ぎだった。人の出入りも多く、いつも以上に皆バタついていた。


「本当にごめん、トリフォニア!」


平謝りしているカイルは、トリフォニアがこの監査室に配属されて以来の指導係であり、年の近い良き先輩だ。


「気にしなくていいから!早く帰って下さい!」

カイルから書類を奪い取り、帰宅を促す。

「すまない!この恩は一生忘れない!」

と涙目で走っていく彼の背を見送る。


(なんかいいなぁ)

妻が産気づいたとの知らせに、慌てふためいた彼の愛妻家っぷりをみて、トリフォニアは素直にうらやましいと思った。


自分は、結婚適齢期であると言うのに婚約者すらいない。かつて婚約話が持ち上がった相手は、王女殿下との結婚が噂されているというのに。

ハイスペックで無くていいのだ、ただお互いを大切に思い、穏やかな日々を過ごせる相手であればいい。そう思うのになかなか前へ進めない。


――十ヶ月前までは、恋愛を考える余裕すらなかったのだけれど。


トリフォニアは、官吏試験を上位の成績で合格していた。本来なら、上位者は中央配属になるはずだった。

しかし、配属先は地方の支所。

納得できないが、辞令は覆らない。

ならば結果で見返してやろうと決めた。

現場を見られるいい機会だと割り切り、職務に打ち込んだ。


そして十ヶ月前、突然王宮監査室への異動辞令が届いた。 


突然の移動理由は分からなかったが、そんな事を考える暇もないくらい王宮へ来てからの日々は忙しかった。

監査室は常に人手不足で、覚えることも山ほどある。

幸いと、人にも恵まれ大変ながらも充実した日々だ。指導係のカイルを始め、面倒見の良い先輩ばかり。

ただ一つ残念なことがあるとすれば…。

周囲の男性職員が、なぜか全員既婚者なことだろうか。職場恋愛にも憧れはあったのだか…。 


「もう、それくらいにして今日は帰れよ。お疲れ様。」

ふと気づけば、同僚に挨拶されトリフォニアは最後の一人になっていた。


もう一枚だけ報告書の処理をしてから帰ろうかと思っていた時だった。


「…こんな時間まで一人で残ってるのか?」

急に話しかけられ驚き立ち上がる。

「―っ!閣下…」

見れば、ルクセインが歩み寄ってくる。

「止めてよそれ、昔みたいに呼んで?」


ルクセインとは異動の挨拶以来、まともに言葉を交わしていない。

昔のように話かけられ、トリフォニアは固まった。


「え…いえ、さすがにそれはどうかと…」

(上司だし、王女殿下の事もあるし…)


ルクセインは、心底不思議そうな顔をする。

「なんで?業務時間外だろ?いいに決まってるんだけど?」

「え…えぇ〜」

どう言えば断れるのか言葉を探す。

しかしルクセインは諦める気配もなく、じっとこちらを見ていた。

――まるで待てをされている大型犬みたいだ。

結局、トリフォニアが折れた。

「はい…いや…うん。ではルーク。」

ルクセインは満足気に笑顔を見せた。

「いつもこんなに遅くまでやってるの?ひとりで?」

少し言葉に咎がある。

不当な残業では無いと、慌てて口を開く。

「今日はたまたまたなの。カイルさんの奥様産気づいて、帰ってもらったの。だからその分引き受けたのよ」

「そうか」

ルクセインの肩から僅かに力が抜ける。

「なら良かった」

「え?」

「ニアが損な役回りを押し付けられている訳じゃないなら」

不意の愛称呼びに、胸が跳ねた。上司として心配してくれているのに、違う意味があるようではないか。

慌てて、話を続ける。

「ルークこそ。いつもこんなに遅いの?頑張りすぎなんじゃないの?色々と手柄も立ててるし、少しくらい休んでもいいじゃない?」

トリフォニアが何気なく放ったこの言葉に、ルクセインは目を見開いた。

「?…ルーク?」

不思議そうに見つめるトリフォニアの視線に、ハッと我に返る。

「…いや。まだまだ、全然足りないんだ。」

「足りない? これ以上何を頑張るのよ。」

「…理想には程遠い。」

「理想?」

「……いや」

一瞬だけ言葉に詰まり、ルクセインは視線を逸らした。

「何でもない。」


(理想か…やっぱり王女殿下の為よね。)


「そっか、でも無理しないようにね。」

これで終わりと、トリフォニアは書類を片付ける。

「じゃあ、私帰るわね。ルークも早く帰って休んでよ。」

いくら上司といえど、深夜に二人きりは要らぬ憶測を生む。トリフォニアはさっと帰り支度を始めた。

「ああ、そうだな。じゃあ、送っていくよ」

その言葉に、トリフォニアは再び固まる。

「…いや…送るって…官舎すぐそこなんだけど?」

「うん。でも夜だし。危ないだろ?」

「え…見回りの騎士もいるのよ?危なくないって…」

暫くの間…二人は向き合ったまま。

「送るよ」

「だから近いって」

「近いから安全とは限らない」

「王宮の敷地内よ?」

「それでも」

「……」

「送る」

「……」

「送るよ」

「……はい」

トリフォニアは、再び折れた。


(本当に変わらないな)

昔からルークはこうだ。

一度決めたら譲らない。


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