【中編】公開プロポーズ
あれから連日、プロポーズの企画会議は続いていた。
ある日、仕事を終えた頃に侍女がやって来た。
「王女殿下がお呼びです」
何だろうと首を傾げながら、侍女について行く。
案内された部屋へ入ると、王女はどこか楽しげな笑みを浮かべて待っていた。
「来たわね!」
すると侍女が、一着の白いワンピースを運んできた。
胸元から肩にかけて柔らかなシフォンが重なり、風を含めば花びらのように揺れそうな軽やかな一着。装飾は驚くほど控えめで、レースと小さな真珠がさりげなくあしらわれているだけだ。
それを見た瞬間、胸の奥が小さくざわつく。
――あれ?
何かが引っ掛かった。
ただ、その引っかかりが何かは思い至らない。
「プロポーズ当日に着てほしいの!」
王女はワンピースを見せながらそう言った。
「本当はね、もっと豪華なドレスがいいと思うのよ。私はね。でも、ルクセインが頑なに『ニアには、これがいいんです!』って言い張るのよ」
少しだけ拗ねたような王女の表情に、トリフォニアは思わず笑ってしまった。
「ほら、早く着替えてみて!」
侍女たちに背中を押され、半ば強引に試着室へ連れて行かれた。
「まあ!」
着替え終わり姿を見せると、王女がぱっと立ち上がった。
「よく似合うわ!」
満足そうに何度も頷く。
「トリフォニアは美人だから、余計な装飾なんて必要ないのね。シンプルな服ほど素材の良さが引き立つわ。」
照れくさくなって頬を染めると、王女は腕を組みながら何やら納得したように呟いた。
「…そうか、あの男はこれを計算していたのね」
その時、ふと王女の装いに目が留まった。
「殿下のお召し物、とても素敵ですね。」
濃い鮮やかな青――磨き上げたサファイアのように澄み渡る青色のドレスだった。
この国では見かけない意匠で、上半身は騎士団の正装を思わせる仕立てになっている。
立ち襟から胸元へ流れる金糸の刺繍は、勲章や飾緒を思わせる繊細な模様が施され、肩には小ぶりな飾り章まで付いていた。
腰から下は一転して優雅に広がり、何枚もの布が重なるスカートは歩くたびに波打つように揺れる。
騎士の凛々しさと、王女らしい華やかさ、その二つが違和感なく溶け合った、見たこともない一着だった。
「そうなの、何故か私の衣装も作らされたの」
「ルクセインに…ですか?」
「ええ。主役は貴女なのに、わけが分からないでしょう?『殿下は総指揮官ですので、衣装があった方が演出効果が高まります』ですって。…何の演出なのかしらね……」
少し、困惑気味に王女が言う。
「でも――」
王女は、ふわりと花が綻ぶように笑った。
「小さい頃から騎士に憧れていたの。だから、こんな衣装を着られるなんて少し嬉しいわ」
その笑顔を見ていると、不思議とこちらまで嬉しくなる。
(殿下が嬉しそうだから、まぁいいか…)
そんな気持ちになった。
プロポーズの指揮官とは何なのだろうか。
その疑問だけは最後まで残ったけれど。
何故か念入りに、化粧をされ髪を結い上げられる王女とトリフォニア。
「かなり念入りな予行演習ね」
王女も驚いていた。
「ルクセイン様より指示をいただいております。今日は本番同様の用意をするようにと」
侍女が答えた。
アクセサリーも着けて、本番さながらの装いが完成した。
「わぁ、殿下。素敵です」
思わず感嘆の声をトリフォニアが出したその時だった。
複数の足音が廊下から聞こえる。
すると、その足音は部屋の前で止まった。
「殿下!失礼してもよろしいでしょうか!」
それは、緊迫したルクセインの声だった。
ただ事ではない、王女の顔色がサッと変わった。
「入れ!」
その声と共に、ルクセインと数名の騎士が流れ込んでくる。
「どうした!何か緊急の要件か」
王女が問うと、ルクセインは一瞬顔を顰めた。
「…殿下、落ち着いて聞いください。セドリックについてです」
王女が目を見開く。
セドリックとは、王女が片思いしている近衛騎士だ。
以前は、王女付きだったがルクセインとの仲を取り持ちたい国王の企てで、この一年は近衛騎士なのに遠方や、国境沿いの警備に送られている。
「何?!セドリックがどうしたの?!ルクセイン!!」
思わず、王女の声は荒くなる。
「……実は、いやここでは説明が難しい。ついてきてください!」
騎士が王女の横に付く。
「トリフォニアも一緒に来るんだ」
事態が飲み込めないトリフォニアに、ルクセインは声をかける。
トリフォニアは、無言で頷くと静かに最後尾についた。
一体、何が起こったのか。
不安に駆られながら、廊下を走った。
廊下をまっすぐ進むと、中央庭園に出る。
そこで、トリフォニアは違和感を感じた。
正面の大噴水の前に100人近い人集りがある。
その両サイドにも人集りが見えた。
ライン状に打ち上がる噴水の水は、いつもより水量が不自然な程多く、噴水の向こう側が見えない。
「殿下のお通りだ!道を空けてくれ!」
ルクセインが群衆に向かって叫ぶと、噴水に続く道がさっと開かれた。
その道はまっすぐ、噴水の中央に延びる。
「殿下!こちらです!」
ルクセインが王女の手を引いて、噴水の前に連れ出した。
そこには、三段ほどの階段が設置されていた。
何故噴水の前に連れ出されたのか、その疑問を王女が問いただそうと口を開きかけた。
――その瞬間
ファンファーレが鳴り響く。
パァンと王女の真正面に花火が上がった。
そして、音楽隊が軽快な旋律を奏で出す。
噴水の水量が一気に減り、視界の先に庭園が広がる。
噴水の中央にはレッドカーペットの敷かれた橋が作られている。
その橋の上に
「…え?セドリック?」
王女は目をまん丸にして、想い人の名を呼んだ。
「殿下、お久しぶりでございます」
セドリックが、爽やかに微笑む。
王女は、セドリックの姿に思わず駆け寄り手を取った。
「セドリック!!無事なの!?何か大変なことに巻き込まれてない!?」
「大変なことには……巻き込まれています」
「やっぱり!!それは一体何なの!?私に解決出来る!?」
セドリックは、微笑んでまっすぐ王女を見つめる
「はい、殿下にしか解決出来ないことです」
セドリックは、王女の手を取ったまま跪く。
笑みが消え、騎士の顔になる。
「身分違いの恋だと、己の心を殺してお仕えしておりました。ですが、貴女への想いは募るばかりでした。」
中央庭園には、セドリックの声だけが響く。
「そんな時に、ある方がチャンスを下さいました。本当に殿下と共に歩む覚悟があるのなら、死に物狂いで成果を出せと」
そっと手を離すと、小さな箱を取り出した。
「陛下には、私のこの一年の功績をお認めいただきました。そして『我が娘が承諾するなら』と、お許しをいただいております」
箱が開かれた。
中に覗くのは、王女が憧れていたダイヤモンドの指輪だった。
「殿下、生涯をかけて貴女をお守りします。護衛としてではなく、貴女の夫として並び立つ栄誉を私に下さい」
王女は、口元を手で押さえた。
驚きと喜びで瞳は潤んでいた。
「――っ!セドリック…」
王女は、大きく息を吸うと、意を決したように口を開いた。
「分かりました。貴方にその栄誉を与えます。
ただし―― 一生私の側を離れずに護ってよ。途中でやめさせないわよ。絶対…絶対に離さないわよ!」
「勿論です!」
そして、二人は固く抱き合った。
わぁぁっと歓声が上がると、同時に花火が上がった。
それを合図に、噴水前にいた100人近い見物人は祝福の歌を歌い出した。
軽やかな歌声が、庭園いっぱいに響き渡る。
―――王宮歌唱隊だった。
唖然とその様子を見ていたトリフォニアは、あることに気づいた。
セドリックが着ている礼装の意匠は、驚くほどぴったりと王女のドレスと対になっていた。
(…公開プロポーズって、殿下のだったんだ)
ふと、王女がこちらに視線を向けた。
ルクセインは、軽く一礼した。
王女はルクセインを睨みつけるように、一瞬だけ頬を膨らませた。しかしすぐに、喜びを隠せないと最高の笑顔を見せた。
そして、ルクセインの顔を見ると
――幼い頃に見た、イタズラが成功したような顔で笑っていた。
「ニア、行くぞ」
トリフォニアの手を取る。
王女とセドリックのプロポーズ成功に沸く群衆を背にして、二人はその場を離れた。




