第15話 王女とルクセイン
「まず言っておく。俺と王女が婚約することは絶対にない。」
ルクセインは言い切った。
「何度でも言うけど、俺はずっとニア一筋だ」
そう言うとルクセインは、少し悩んでからこう言った。
「王女は…ずっとまえから知ってるんだ。俺がニアを想っていることを」
―――王女が会議の後、ルクセインと回廊を歩いていた時だった。書類を抱え廊下を小走りに移動する、1人の女性が目に入った。
「反対派の意見を取り入れるとなると…」
会議の内容を振り返りつつ、ルクセインの視線がその女性を追っていることに王女は気づいた。
「ふふ。ルクセイン、またそれ」
王女がクスリと微笑む。
見れば、ルクセインの手は、上着の胸ポケットのあたりにそっと添えられていた。
「本当に大切にしているのね。どこにいたって、絶対に手放さないのだから」
「……ええ。私にとっては、何よりも価値のある、唯一無二の幸運のお守りですから」
ルクセインは、珍しく柔らかな微笑を浮かべた。
布地越しに、かつて小さな手がくれた四葉のしおりの感触を確かめる。
「さっき、通りがかった彼女でしょ?クローバーのしおり」
王女はニヤリと笑う。
「……変なちょっかい、出さないでくださいよ」
「ちょっかいでもかけないと、全くアプローチしないじゃない。」
王女は呆れたようにため息をついた。
「いい加減に覚悟決めなさいよ。お前がウジウジしているせいで、父がお前との縁談を推し進めようとしているわ。何度お前に想う相手がいると言っても聞かないの。押さえるのもそろそろ限界なんだから」
王女はキッと睨む。
「それは…申し訳ありません」
切れ者の副宰相が、恋愛だけにはどうしてか不器用だ。気長に見守りたいところだが、周囲がそれを許さない。それに、例の彼女だって、そろそろ結婚を考えるお年頃だろう。もたもたしている間に、横から攫われはしないのか…王女はそちらも気になった。
尤も…誰かさんの陰謀で彼女の職場には既婚男性しかいないのだが。
――交流会当日
開始直前に、提出した提案書の内容の確認だと国王は王女とルクセインを呼び出した。
「交流会の時間だな。二人とも出席するように」
交流会が始まって暫くすると、国王は話を終えた。別に今、確認が必要な話でもなかった。
それでも呼び出された理由は、王女もルクセインも分かっていた。
わざと、少し遅れた時間に二人で交流会に現れる。
また、二人揃っての登場だ――そう周囲に意識付ける為だ。
国王が何かと王女の仕事のフォローにルクセインを付けるのも、二人の仲を進展させたい一心だろう。
遅れて交流会の会場に入ると、視線が二人に集まる。
ふと、王女はルクセインの様子をうかがう。視線の先には…やはり彼女の姿がある。入った瞬間に見つけているのだ。可笑しくなって、扇で口元を隠しルクセインに話しかける。
「お前は、彼女に発信器でも付けてるの?」
「なっ…!」
ルクセインの顔が真っ赤になる。
……まさか。王女は一瞬、不穏な想像をする。
「執拗に追いかけるのは、見逃せないわよ」
王女が鋭い視線を向ける。
「発信器…その手があったかと思いましたが、さすがにしませんよ」
ルクセインは眉をひそめてそう返事をした。
「安心したわ。まだ常識は捨てていないようね」
王女は笑った。
代わる代わる話しかけに来る、職員達の相手をしつつルクセインの視線は常にトリフォニアに向いている。
王女は小声でルクセインに話しかける。
「気になるなら、話に行きなさいよ」
「いえ…交流会と言っても、今は仕事中です。ニアが楽しそうにしているからいいんです…。ワインのペースが早いのは気になりますが」
「ペースが早いって、どれくらい?」
「…今、二杯目を終えて三杯目に手を伸ばしています」
「あはっ!どれだけ見てるのよ」
王女はクスクス笑う。
仲良く二人身を寄せ合い内緒話をして、王女が楽しそうにしている。ルクセインと話をしている王女は、常に笑顔で幸せそうだ。
――周囲にも、もちろんトリフォニアにも、二人の姿はそう見えていた。
そんな周囲の反応など、予想にない王女はルクセインの隙を見てトリフォニアに声を掛けた。
優秀だとの話だが、それを鼻にかける訳でも王女に媚を売るわけでもなく、冷静に返答する。
さらに、女性からみても可愛らしいと思えるその容姿。
「なるほど。ルクセインが放っておけない訳ね」
思わず口に出た。
「殿下!!」
慌てて、こちらに駆け寄ってくるルクセインが見えた。
「…ふっ!ルクセインなんだその顔はっ」
王女は弾けた様に笑う。
ルクセインは、王女とトリフォニアの間に立った。
「殿下、何を話していたんですか!」
王女は、悪戯を思いついた子供のように笑った。
「大した事ではない。お前から聞いた話を少し、ね」
「なっ…!!」
ルクセインが目を見開く
「ニア!何を聞かされた!」
まさか、発信器の話ではないだろうなとルクセインは慌てる。
「では私は失礼するわ。後は本人同士で話しなさい」
話をするきっかけになればと、ルクセインを置いて会場を去った。
…なのに。
「なんで、追いかけてきた。折角きっかけを作ってあげたのに」
王女はがっかりした。
「私には、私のタイミングがあります。それより、ニアとの会話が気になります。内容によってはニアへの返答を先に考えねばなりません」
珍しく、ご立腹なルクセインにまた笑いがこみ上げてきた。
――中央庭園お茶会後
ルクセインは、王女を執務室まで送り届けていた。
「殿下、なぜあのような目立つ場所にニアをよんだのです?」
「変な噂が立ってたのよ。だから、仲良しだとアピールしたら解決すると思って」
ルクセインは、ため息をつく。
「だからといって、殿下は目立つのですからあのような…」
「そもそも、お前がいつまでも婚約を固めないからこちらに火が飛ぶのよ!自覚あるの!?」
事の深刻さが分かっていない。愛人疑惑だぞ、お前の想い人に!王女は苛立つ。
「私のことはいいのです。殿下は、ご自身のお相手を考えて下さい」
「だから、お前が婚約者を決めないと周りが煩いんだって」
「セドリックは子爵家の出身ですが、優秀な近衛騎士で、アーカーソン侯爵家の遠縁です。彼に2、3手柄を立てさせて、侯爵家の後援を受ければ殿下の降嫁は可能ですよ。そのように段取りしますか?」
その言葉に王女は目を見開いた。
「…おま…お前。な…なんでそれ」
セドリックとは、王女の近衛騎士であり密かに思いを寄せる人物だ。誰にも言ってないはずなのに…
「見ていれば分かりますよ」
何ごとも無く言い切るルクセインに腹が立った。
ならば自分の事を早く片付けろ!と。
だから王女は黙っていたのだ。
トリフォニアが“自分とルクセインは恋仲なのだ”と勘違いし、身を引こうとしていることを。
少しくらい、ルクセインも慌てればいい。
その王女のほんのイタズラ心が、その後トリフォニアを昇進の女神にしてしまうのだが。




