第13話 足止め
トリフォニアは、荷造りの最終確認を済ますと室内を確認してから部屋の鍵を閉めた。
ボストンバッグを片手に、玄関に向かい廊下を歩く。
「ニアっ!!」
目の前に現れた人物に驚いた。
急いで走ってきたのか、ルクセインは肩で息をしている。
何か、書類に重大な不備でもあったのだろうか?トリフォニアは、不意にそんな事を考え青ざめる。
「ど…どうしたんですか!?閣下」
慌てて、駆け寄る
「何か書類に不備でもありましたか?」
「―――ある!大有りだ!!」
ルクセインのそのただならぬ雰囲気に、トリフォニアは驚き身をすくめる。
私は何をやらかしたのだ!?
直属の上司でなく、ルクセインが慌てて駆けつけるレベルの大失態とは――トリフォニアはパニックになった。これは、お見合いどころではないかもしれない。
不意に手首を掴まれる。
「こっちに」
そのまま連行された先は、面会用の談話室。
ルクセインは、『空室』の札を『使用中』に変える。
「入って」
苛立った声で入室を促される。
トリフォニアは、記憶を巡らすが副宰相に激怒される程の大失態に心当たりがない。
テーブルに向き合って座る。
「…どういう事?」
ルクセインが、腕組みしたまま口を開く。
「…あの…私何をしましたか?」
恐る恐る、トリフォニアは返事をする。
「心当たりないの?」
もう一度考える。なんだ?ルクセインを―副宰相を激怒させる程のことって何なのだ…。
考えても考えても分からない…。
「心当たり…ありません」
暫くの間、沈黙が落ちる。
「有給…」
「…えっ?」
「有給の理由!お見合いって何!?」
バンッとルクセインが机を叩く。
「えっと…お見合いで有給って不味いんですか…」
トリフォニアは就業規定を思い出す…別に…悪くないと思うのだが…。
「ニアがお見合いしたら、俺はどうしたらいいの?」
それは叱責ではなく、まるで子どもが縋るような声だった。
その声色に、胸がちくりと痛む。
――でも
その質問に、トリフォニアは首をかしげる。
「私のお見合いと…閣下に何か関係が…?」
ルクセインは、それを聞くと机に顔を伏した。
「…え?…か―ルーク?」
思わずトリフォニアは、ルクセインに手を伸ばす。
「…何が足りない?」
ルクセインは顔を上げ、その手を両手で掴む。
「え…?」
「だから!俺に足りないものって何?」
切羽詰まった、真剣な眼差しにトリフォニアは言葉の意味を探す
「足りない?ルークに足りてないものなんて無いんじゃない?」
「じゃあ!なんで!?」
話が読めない、さっきから彼は何を言いたいのか
「ごめん、ルーク落ち着こう?」
なだめるように訊くと、トリフォニアを掴む手が少し緩んだ。
「待ってと言ったのに…ニアとの婚約話。時期は考えるって。なのに何で、他の男に会おうとする?」
心臓が、大きく跳ねた。
「…え?」
ルクセインの言葉が飲み込めない。
今、何と言った。
婚約?
誰と誰の?
ルクセインが自分との婚約を望んでいるようにしか、聞こえない。
まさか。
断られたはずだ自分との婚約は。
胸の奥が熱くなる。
そんなはずがないと、違う意味があるはずだと言い聞かせる。
だって、あの日、私は振られたのだから。
それに、ルークの婚約話はどうなる―王女殿下との。
二人並んで、微笑み会う姿が脳裏に浮かんだ。
「ルークには……王女殿下がいるよね?」
混乱する頭はなかなか整理が出来ない。
「なんで殿下が出てくるんだ!関係ないだろ!俺が一人前になるまで、ニアの理想の男になれるまで!婚約を保留してと話してる!16歳の婚約話をした夏の日に!」
「んん?」
そんな話は聞いていない。
断られた、父はそう言った。自分は…振られたはずだ。
ルクセインは、立ち上がりトリフォニアの手を握ったまま横に立ち見つめる。
「ああ…ニア」
ルクセインが、情けない声を出して崩れ落ちる。
その姿は、普段は完璧なはずの副宰相とは別人だ。
幼い子どものような顔で自分を見上げている。
その姿に、混乱しているはずなのに胸がきゅうと締め付けられた。
「俺もっと頑張るから…ニアの理想に近づけるように…だから…だから、他の男と結婚するなんて言わないで」
どういうことだ…トリフォニアの思考は停止した。




