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電脳ハンター[アーバンクロノス編]  作者: 秋野PONO(ぽの)
おまけ章

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34/35

たとえすべてを失ったとしてもー後

 中は先ほどの応接室など比ではないほど豪華なつくりだ。

 明らかにビンテージものの机と椅子。ぽつんとアナログ電話機が置いてあるが、純金で装飾されている。


 ここが、密談室だな。

 オトギリは息をつく。あるだろう、とは思っていたが実際に目にすると改めて驚く。

 ウェイは鷹揚に頷くと、二人を上座側へ進めた。

 「さて、先ほどのチップですが、見せていただけますかな」

 ウェイは虫眼鏡を使ってチップを観察する。中国のネットワーク通信機器大手メーカーの『アンフェルミア』の使う記号が見受けられることに気づいたのだ。

「今回の日本の出来事ですが、サイバーテロです。しかも、敵側は日本の研究所の内部事情を驚くほど正確に知っている。さすがにおかしいとなり、調査を進めたところ、それに行き当たりました」

 オトギリは淡々と進める。

 

 それはAI研究所と日本公社が超速で掴んできた情報だ。盗聴器の内部チップである。

 

 それがどこに仕掛けられていたか?

 報告書を読んでオトギリはのけぞった。

 研究所1人1人が業務で日常的に使うヘッドセットだった。プラスチック部分の中に、盗聴チップであるそれが埋め込まれていたのだ。

 これでは、日本のAI研究所の全情報が筒抜けな訳である。

 解析を進めるとそれは、通信手段として今までにない方法を使っていた。

 中国が開発を進めていると噂はあったか、当時オトギリはジョークだと一蹴していた。

 

「非」降雨減衰型ミリ波通信技術。

 

 通常、ミリ波、マイクロ波は降雨などの自然現象に著しく左右される。しかし、非降雨減衰型ミリ波通信技術は、その弱点を改善する特殊な周波数帯をつかって通信する技術だ。

 その通信帯域は日本の観測帯域として設定されていない。

『存在しない周波数帯』だ。

 これでは日本に検知できるはずがない。

 では、どうやって仕込まれたのか?

 これはもう簡単だ。

 購入した当初から入っていた。

 この通信機器は、AI研究所が関西の業者から購入したものだったのだ。

「安かったから」と。

「くそ!」その事実を聞いた時、オトギリは吐き捨てた。平和ボケの研究者共め。購入経路はこれからしっかり閉めねばなるまい。

 

 それはともかく、購入元、生産元を辿れるだけ辿り、最終的には中国の半国営企業、アンフェルミアに突き当たったというわけだった。

 これが何を意味するか。

「盗聴器の通信を探りましたところ、いくつかの通信が貴国に行き当たりました」

 ウェイは絶望的な表情をしている。

 当然である。事実であれば、国家ぐるみのサイバー犯罪と取られてもおかしくない。その尻尾を握られてしまった形だ。

 オトギリは続ける。

「当方としても、その件は調査中ではあります。が、ここで提案です。神路を貸していただけるなら、この件は一切表沙汰にしないでおいてもいい。よい条件でしょう?」

 オトギリはゆっくりとウェイの顔を見ながら言う。

 ウェイは時が止まったように固まっている。

 やがて、オトギリを睨みつけるウェイ。

 

「ミスター。この件を交換条件にするとは大したものだ。しかし、忘れていないか。この件が公表されれば、貴国のサイバーセキュリティーに対する信頼はガタ落ちになるだろう。あっさりと国家機密を流出させた国としてな。さて、そのとき君の立場はどうなるのかな。サイバー技研社長、弟切殿?」

 

 想像通りだ。

 オトギリは息を吐く。

 黙るオトギリにウェイは畳み掛けるように続ける。

「知っているよ。奥様も、サイバー技研の社員だろう。秘書さんだったかな。子供さんには来年初のお子さんも生まれるらしいね。御親戚も多数サイバー技研にお勤めだ。弟さんは、日本公社で殉職されたらしいね。お悔やみ申し上げる」

 さすが食えない男だ。全て調査済みか。

 ウェイはなおも続ける。

 「おう、そんな顔をしないでくれ。悪いようにはしない。この件は幸い、まだだれも気づいていない。穏便に済ませるに幸いなことにね」

 オトギリは何も言わない。

 ウェイの独壇場だ。

「安心したまえ。君も大切な奥様や御親戚を非難の矢面に立たせたくないだろう。お互いうまくやろう」

 

 ニンマリとウェイは笑う。オトギリは言葉もないようだ。勝利を確信するウェイに、オトギリはポツリと言う。

 

「妻、ですか。ご安心ください。昨夜、離縁状を書いてまいりました」

「は?」

 と今度はウェイが言葉を失う番だった。

「一報すればすぐに届けて受理されるでしょう。ついでに、サイバー技研には退職届けを準備し、後任指名を終えております。私のことはどうぞ心配なさらぬよう」

 オトギリはこともなげに言う。

 ウェイは、「は?」と壊れたスピーカーのように繰り返す。

「あと親戚、ですか。やむなし、ですよ。

 日本の通信危機の瀬戸際だ。私はやれることがある限り、やるだけだ。みな分かってくれるでしょう」

 

「いや……さっぱりわからん。何を言っているのだ。御親戚や奥様が大事だろう?大切な身内と、顔も知らん者たちの通信危機とやら、比べるまでもないだろう。君は身内を失いたいのか……家族、ファミリーを大切にしたまえ!」

 信じられないという面持ちでウェイが言い放つ。その声色はもはや叫びに近かった。

 オトギリはゆっくりと首を振る。

「……今日と変わらない明日。この事実を守る責務の前には、ファミリーなど些末な話です」

「なっ……」ウェイの呟きの先は虚空に消えた。

 沈黙が流れる。


 なんだこの男は。理解不能だ。

 

 家族の顔と責務と、目の前の惨事が同時に自身の内の天秤でぐるぐると回っているようだった。

 様々な言葉が駆け巡っている。

 

 しかし、どうもこの目の前の男の静かな目を見ていると、どんな脅しも通用しないように思えてくる。

 最後にウェイはため息をついた。

 

「……神路を貸し出せば、なかったことにしていただけるんだね?」

 頷くオトギリを目の端に留め、ウェイはアナログ電話機のコードを回す。

 様々な箇所に電話をかけては怒鳴りつけるように指示を飛ばす。ややあって、ウェイは乱暴に受話器を叩きつけると、オトギリに言い放った。

「……2時間だ。2時間、時間をくれ。準備が、必要だ。」

 オトギリは目を見開くと、深々と頭を下げる。

 

 体から力が抜けるようだ。これで日本の通信回路は首の皮1枚でつながった。

 息を吐くオトギリを睨みながら、ウェイはぶつぶつと文句を言う。

「全く……なんなんだ君たちは、実に不可解だ。自分の大切なファミリーと、業務などを秤にかけるなど、計算もできないのか。それか狂気の沙汰だ」

 よほど衝撃を受けたのだろう。文句が止まらない。


 ぶつぶつと文句を言うウェイを尻目にオトギリは思う。

 否、声にでていたようだ。

「ファミリー、ですか」

 オトギリは眩しそうに目を細める。

「日本というのは実に小さな島国です。貴国方の広大な大地と比べれば。あの島国に生まれて育ったものにしてみたら、国全体がファミリーのようなもの、とも言えるかもしれませんな」

 ポツリと言うオトギリにウェイは目を見張る。

 国が家族?

「あの小さな島国で家族が危機だ。日本国民全員が意識もしないような『今日も、明日も当たり前に繋がっている』その、事実を守るためならば、例え自分が全てを失ったとしても、助けなければならないだろう、と思うこともあります」

 ウェイはもはや言葉を失っていた。

「娘さんや息子さんが急病で救急車を呼ばなければ命の保障がない。他ならぬファミリーが。そんなことをしたくはないものでしょう?」

 オトギリの静かな言葉が部屋に響く。

 ウェイは、遠く離れた場所に留学に出ている可愛い姪のことを思い出す。

 急病で、救急車を。

 由々しき事態だ。


 沈黙が、部屋を支配する。

 ややあって、言葉を発したのはウェイだった。


「ミスター。私はいま『理解はできないが、共感は出来る』という世にも不可解な事態に見舞われている」

 ウェイは深く、海より深く息を吐きだすと、「やむなしかもしれんな」と言った。

 

「いいだろう。一刻も早く神路をもっていき、ファミリーを助けなさい。」

 オトギリは深々と頭をさげた。

「ありがとうございます。もうひとついいですか」

「なんだね」

「同行者の相澤を、お手洗いに案内させていただけますか。安心したら、腹調子が悪いのを思い出したようでして」

 オトギリは隣で赤くなったり青くなったりし、最後には土気色の顔色になった相澤を一瞥する。

 なんだそんなことか!とウェイは笑いながら秘書を呼ぶ。


 相澤がトイレに立った後、ウェイは1つの紙切れをオトギリに渡した。

「私の直通電話だ。この次、困ったことがあったら遠慮なくかけるがいい。最短で私につながるだろう」

 オトギリは驚いてウェイの顔をみる。

 そしてまた深々と頭を下げた。

「おっとそうだ。電話帳には国家情報局長官と登録しないでくれよ。これでもあちこちから狙われている身だ。そうだな、中国の友人、とでも入れておいてくれ」

 オトギリは笑いながら紙をしまった。代わりに自分の番号を紙に書いて渡す。

「では、私のことはなんと登録されますか?」

 ウェイは笑いながら答える。

「もう決めているよ。『日本のサムライ』これしかないな」

 屈託なく笑ったウェイは、最初に見たときよりもずいぶん幼い顔をしていた。これでも40に届かない年齢なのだ。


 飛行機から降りた後、夜明け前の空を見上げる。

 日本にまだ朝は来ていないことにほっとした。

 やることは山ほどある。

 今日と変わらぬ明日を守るため、弟切直人は一歩踏み出した。

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