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電脳ハンター[アーバンクロノス編]  作者: 秋野PONO(ぽの)
おまけ章

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33/35

たとえすべてを失ったとしてもー中

「腹がいたい……」

 飛行機の機内、先ほどから、唸りっぱなしの総務省長官、相澤政宗あいざわまさむねにオトギリはひっそりため息をついた。

 1つ飛ばした隣の座席に座っているのだが、秘書がおろおろと座席と機長室を往復するせいで、全く持って落ち着いて資料が読めない。

 相澤政宗、年は57歳、いわゆる二世議員で、現政権になってからとんとん拍子に出世し昨年総務省長官まで登りつめた男だ。総務省といえば日本の通信総括の要である。

 しかし、相澤自身には、もちろん通信の技術や知識すらない。

 

 それどころか、常識も怪しい。

 先ほどから、うきうきと高級な機内食を食べきり、デザートだと言って持ち込んだ高級果物を秘書に剥いてもらいながら次々と平らげていた。

「どうです、オトギリさん?高木フルーツの高級オレンジですよ」

 笑顔で差し出されたが、オトギリは礼だけ言って固辞する。

「そうですか」と言いながらうきうきと手に持ったオレンジも平らげ「いやー最近会食続きでこういった素朴な味に飢えてましてな」と楽しそうにつぶやいている。


 そしてその10分後、腹痛に顔を真っ青にして呻いているというわけだ。食べすぎである。

 オトギリは本日何度目か分からないため息をついた。

 こいつはダメだ。

 なぜ連れて来たんだっけな。

 言うまでもなく中国重鎮への顔つなぎである。

 相澤はこう見えて大変顔が広い。

 そういう意味では顔さえついてればいいか。


 もうコメントするのもあきらめて資料をすべて読み終わったオトギリはアイマスクをして少し目を休めることにした。


 * * *

 オトギリと相澤は到着してすぐさま中国政府に赴き、1時間後には中国国家情報通信局の最高幹部、魏 定嶺ウェイ・テイネイと会見していた。

 ウェイは、床がきしみそうな巨体を揺らしながらやってきて、二人に握手を求め、豪快に応接室の扉を開いて招き入れた。

「お会いできて光栄です。ミスター、オトギリ」

 がはは、と豪快に笑ってオトギリと握手をする。相澤とウェイはすでに既知なので初対面なのはウェイとオトギリだけである。

 オトギリは丁寧に応じる。

 

 ウェイは秘書の男性に「最高級の茶と、流行の菓子を持ってこい」と命じて、応接室の立派な椅子に腰かけて二人に着席を進めた。

 世間話もそこそこに、ウェイは聞いてくる。

「で、本日のご用向きは?何やら緊急であると上から通達でしてな。要件をご教示願えますかな?」

 

 豪快に笑うウェイにオトギリは切り出す。

 「はい。実は時間的猶予がないのです。単刀直入に申し上げます。貴国のスーパーコンピュータ神路シェンルゥを、我が国に、お貸しいただきたい」

 交渉事ではオトギリに任せ、相澤は口を出さないように言ってある。押し負ける可能性が高いためだ。

 

 それまで豪快な笑みを絶やさなかったウェイは、その笑みの形のまま、数秒、時をとめた。

「……今なんと?」

神路シェンルゥを、一定期間お貸しいただきたい。すべてとは言わない。半分程度使わせてくれればよいです」

 オトギリはそのまま、現在日本の置かれている事情をできるだけ正直に話す。

 海底ケーブルが破損し、通信断絶の危機であると、宇宙通信に切り替える処理の演算に、スーパーコンピュータが必要であると。

 実は日本にもスーパーコンピュータはある。しかし、伝送路演算に特化したものが無い。

 周辺国で二十台以上のスーパーコンピュータを保有し、なおかつ伝送路演算専用機まで持つ国は中国しかない。

 話を聞き終えたウェイは気の毒そうな表情を作り、なるほど、と言った。

「お話は分かりました。……が、それは難しいですな。ご存じかと思いますが、神路シェンルゥは我が国の伝送路内で新しく進めているサイバー空間高速輸送「永路」計画の要機でしてな。今計画は要点に差し掛かっている、ここで神路シェンルゥを欠くことはできん」

 

 うそつけ。

 神路シェンルゥは兆速演算型だ。サイバー空間高速鉄道「永路」計画がいくら巨大とはいえ、性能の半分程度は眠っているはずだ。

 とはいえ、万が一の不測の事態に取っておきたいというのは中国側の本音だろう。

 

 幾度か言葉を変えて交渉するが、ウェイは折れない。

 

 ここまでか。

 オトギリはため息をつく。

 やはり何も失わずに得られるものなどない。

 オトギリは交渉方法を変えることにした。

 

「ウェイ殿、ごもっともです。しかし、今から先の話をお聞きになれば、間違いなくお考えも変わるでしょう」

 静かに言うオトギリに、ウェイは目を細める。

「なんですかな?」

 ウェイも海千山千の怪物を従えて荒波を渡る猛者だ、めったなことでは心揺らがない。

 オトギリはウェイの目を見て一拍置く。

 

 沈黙の後、口を開いた。

「今回の我が国の事件について調査していく中で、我が国の研究機関の一部『AI研究所』が興味深い事実を突き止めました。こちら、見ていただけますかな」

 オトギリは鞄から小さな封筒を出す。

「今回調査の過程で見つかったものです」

 ウェイは眼鏡をくい、と持ち上げるとそれを見る。

「ふむ。センサーチップですな」

 しげしげと眺めて、裏返してようやく気付いたようである。「これは……」と呟いて、それ以上告げられずにいるようだ。

「お分かりいただけたろうか。ウェイ殿……場所を変えましょう。『誰の目も耳もない場所』をお持ちかな」

 意味ありげに言うオトギリに、ウェイの口元がぴく、と動く。

 相澤は訳が分からないという顔で途方に暮れている。

 オトギリは気づいていた。この応接室にごまんと仕掛けられている『誰かの目と誰かの耳』の存在に。


「……よろしい。こちらへ」

 ウェイは二人を伴って応接室を出ると、広い館内を右へ左へ二人を先導して歩き出す。

 やがて、行き止まりの一角に大きな鉄の扉が見えてくる。

「さあ、こちらへどうぞ」

 招かれるままに二人は部屋へ入った。

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