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電脳ハンター Cyberpunk Network SF[アーバンクロノス編]  作者: 秋野PONO(ぽの)
おまけ章

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ハートのクイーン

 昔は、夢を夢と気づく瞬間は好きだった。

 ぼやけた視界。

 無理にじいっと見つめようとすると、歪んでにじんでいく景色。焦点を合わせようとすればするほど儚く崩れ落ちる視界が、やけに明るい。

 やがて理性の敗北を感じて、ただ感性だけを働かせて目の前の景色を「観る」

 普段ことさら左脳を働かせて深層に潜るIT系の仕事をしている身にとって夢は脳の箸休め、心地よい残響のような世界だった。


 けれどそんなプロジェクションマッピングのようなおぼろげな光景の中で今、ヒロユキは確かに戸惑いを覚えていた。

 

「えっ……と」

 隣ですやすやと眠る存在に。

 黒髪のくせ毛を自分の肩口に寄せて時々「うぅーん」とグリグリ頭をひねるせいで、せっかくのツヤツヤの髪の毛は無残にボサボサになっている。

 そのうち、その存在はパチ、と、目を覚まして言った。

「ごめん。寝てたわ、せっかくのデートなのにね」

「で……ででで……デート?」

 ヒロユキは混乱する頭の中で、視界のど真ん中に入って来て主張するその人を、ただ困惑して眺めた。


 彼女は、エイコ・ヤン・風上。

 フラッシュバックの様に記憶が蘇ってくる。

 初めての出会いは研修だった。

 教壇に立ったエイコはにっこり笑うとクセのつよい中国語でまくしたてるように研修生に語りかけた。

 研修生たちが戸惑いの声を上げている間に、次は滑らかな英語で歌うように言葉を滑らせる。

 

 ざわざわと混乱する研修生達ににっこり笑って日本語で優しく語りかけた。

「……ということで、皆さん。言葉、印象、口調などによって同じ人間でも受け取り方は極めて異なります。でも印象に惑わされないで本質を見極めること。それでは私の相棒を紹介しますね」

 圧巻の研修だった。

 しかし、そのなかでたった1人、中国語も英語も全て内容は同じであることに気づいていたヒロユキだけが、その後エイコを自分の教官としてゲットしたというわけだった。

 その後はもう無我夢中でアピールした。

 そして、恋人の地位をゲットした。

 そういう記憶だった。

「そうだっけ……」

 非常に戸惑うのだが、そういうことのようだ。

 

 映画館のエンドロール、控えめなフラッシュで眩しそうに目を細めていたエイコは、しずしずとはける観客に混じって扉をすり抜け、ポップコーンの残りを豪快な仕草で脇のゴミ箱に捨てた。少しゴミ箱からはみ出たポップコーンはヒロユキが拾って、ゴミ箱へ戻してやる。

「ほんっと『らしい』」と知らず声を出してヒロユキは苦笑する。

 エイコはいつもそうだ。猫のように行動が素早く軽快、そして豪快で最後の詰めが甘い。

 

 夢だなこれ。

 と思うものの、どうしても戸惑いは消えない。

 昔はこの軽快さに憧れていた。けれどどうも……何時からか、自分には難しい女のような気がして、付き合っていても違和感が拭えなくなっていたのは『現実の』感覚として正しい。

 そうは思うのでやはりこれは違和感の光景なのだが。

「……でもまぁ、言うても夢だし?」

 楽しむのが吉だろうと。


 近くのレストランで食事して、併設のショッピングモールで気になった店を2人で回る。

 デートというものはやっぱりそれなりに楽しい。

「ねぇねぇ。俺たち付き合って何年だっけか」とか、たわいない会話を仕掛けて返ってくる反応を楽しむ。

 

 午後のショッピングモールは人がたくさんで、行列の店を避けながら当てもなくブラブラしているが、そのうち人の熱気でなんとなく喉が渇いてくるような気がする。

 自販機でお茶を買ってエイコに軽く手渡すと「ありがとう」と笑顔が眩しい。

 ふいに、手をつないでいたエイコが「あっ」と呟き、たちまちぱっと手を離して駆け出した。

 ガチャガチャコーナーだ。

 壁に一面ガチャガチャの機械が積まれ、ほかの区画より一層白い照明が、キラキラした機械の光を反射している。

 

「いやこれ。リアルな夢だな」

 ガチャガチャコーナーに足を踏み入れたヒロユキは眩しそうに目を細めた。

 白い照明にかき消されたように、すでにエイコを見失っている。

 だが、すぐに見つかった。

「あー、これ」

 しゃがみこんでキラキラした目で一基の機械を見つめているエイコに、ヒロユキは苦笑して隣にしゃがむ。

 ――電脳ハンター七種の神器

 とハイライト横文字で記された1基の前に釘付けのエイコに、小銭を4枚渡す。

「え、いいの?!ありがとう!」

「いーえ。一回でいいん?」

 

 今は4枚しか財布に無いため、追加の小銭のために両替機に向かおうとするヒロユキを押し留めて「大丈夫ー!」とエイコが裾を引っ張る。

 勢いよく4枚投入して、硬いハンドルを力任せに回し、緑のカプセルが転がり落ちてきた。

「まさか……」

 回し切ったエイコが、カプセルからのぞく影を見て表情を歪める。

 

「えっ?あー……サークレット、と、指輪型通信機……あ、すげ、半径3メートルガチで通信できんの?あとは静電ブーツとかか。しっかし電脳ハンターも市民権、得たな」

「うん。これ、あれよね。アニメ化したしね去年。でもさぁ……」

 パカリとカプセルを開いて、嬉しそうだったエイコの口調が徐々に沈む。

 気持ちは、分かる。

「モニター……は七種の神器じゃねぇよな……」

 ヒロユキは、エイコの手のひらに乗っている四角い物体に呆れ顔で目を向けた。

 白と黒の無骨なモニター。画面には顔みたいな丸が3つついていて中央に『モニターくん』とかいう可愛げの欠片もない文字が印字してある。

「これなんかイメージキャラクターらしいんだけどさ、なんでか、私がやるとこればっかりでるの……」

 

 しょんぼりと肩を落としたエイコはキーホルダーになったそれを片手でブラブラと弄んだ。もう片手でポケットから取り出されたポーチには、全く同じ無骨なキーホルダーが3体入っている。

「ぷっ」

 その3体並んだ間抜け顔のモニターくんの様子が何ともおかしくて、不謹慎とは思いながら笑いが隠しきれないヒロユキ。

 その後、もう一度、今度はヒロユキが回すが、またもやモニターくん。

「……これしか入ってないんじゃね?」

 もう笑いが堪えきれず機械の隙間から片目で中を覗き込んだ。

 

 肩越しにそれを見ていたエイコは低い声で「もういいよぉ……行こ!」と呟いてさっさとブースをあとにした。

 夢って思い通りになるもんでもないんだな。

 と新しい知見を得た気持ちでヒロユキも続いて外へ出た。


 公園の大きな池のそばのベンチで、買ってきたばかりのデザートパンの封を開ける。袋の空気が一気に抜けて、大げさな、パン、という音がした。音に驚いたのか、近くの鳩が一斉に飛び去った。

 快晴だった。人は多いが、奇跡的に涼し気な池の前の特等席が空いている。

「人が多いと、疲れるね」

 ベンチの背もたれに体重を預けたエイコが呟く。

 噴水の水が光の粒になって頬を打った。

「……ねぇ。もう、気づいてる?」

 エイコがそっと呟く。

 

「うん、夢だろ?」

 こともなげにヒロユキが答える。

 にっこりと、エイコが微笑むが、その笑みは見慣れたものではない。

「夢なんだけど、夢じゃあない。ここはね……」

 一息に息を吐き出すエイコが眩しい。

 

「あなたと、そして私が選ばなかった、未来」

 

 その声が少しだけ寂しそうで、思わず手を伸ばしかけたヒロユキは、ふと、脇の池に映った彼女の、シルエットを見つけて息を止めた。

 そこには2つの顔が反転して映っていた。

 美しいエイコと、そして。

 斜めに境界を取って池の底にいたのは、別の女だ。

 切りそろえた髪の毛に冷えた青い目が美しい。

 上下で向き合うように、ぴたりと噛み合っている。

 ちょうどトランプの、12を表すクイーンの絵札のように、綺麗に反転していた。


 ヒロユキは、その池の底の女に釘付けになった。引き寄せられるように手を伸ばす。


 名前が、出てこない。

 目を上に映すと、もう一人のクイーン、エイコが透明な微笑みを浮かべている。

 ああ、違う。

 ようやくそれに気づく。

「ごめんな」

 ヒロユキはやっとそれだけ言った。

「いいの。私も、そうだから」

 それだけで、通じる。


 と、そのとき。

 鋭く空気をきり裂く破裂音が上空で巻き起こった。

 咄嗟のことで顔を覆ったヒロユキは、音が止んだ後の池を見てあんぐりと口を開けた。

「べ……ベラ……」

 青い目の彼女は青い目の男性に、変わっていた。

 冷えた目が、ヒロユキをにらみつける。

「やっと見つけた」

 底冷えのする目で震え上がるような声を上げる。

 にゅる、と空間が歪んでその男性はあっという間に立体になる。

「ifの世界線と言えど、許せません。私のマスターに手を出す輩は」

 暗く青い炎を映したような瞳の前でも、ヒロユキはひるまない。

 

「はん。そんなに大事な女なら、もっと早くこいよ」

 煽るのは、彼の習性のようなもので、悪意は無い。

 青い目の男も挑発にはそうと知りつつ、安易には乗らない。

「ふん。よく言う。名も、忘れた癖に」

「うるせ」

 ヒロユキが、返すやいなや、景色は絵の具を混ぜたような奇妙ならせんに歪んでいく。

 ゆっくり、確実に景色は失われていく。

 

 茶番だな。

 

 ため息をつきながらも、冷静なヒロユキは夢の終わりを正確に理解していた。

 が。


「おっと」

 不意に暗い声が頭上から響き、手に持っていたものが闇に引かれる。

「返しなさい。例えおもちゃであろうともマイマスターの持ち物を持っていくことは許さない」

 手には四角いキーホルダー。

 ヒロユキは不満そうに鼻を鳴らすが、深くは言わない。

「おれには、もっと大切なもんがあるから、もってかねーよ」

 減らず口だけを残して、自らの意思を深層から起こすため、身を揺すった。


 * * *

「あー、疲れた……」

 次の日の出勤後、駐車場からゲートを潜り、ヒロユキは誰にともなく呟いた。

「なんですか、朝から」

 呆れたようなコリンダーの声が後ろからかかる。

 コリンダーの青い目がヒロユキを正面から見据える。

 その輝きが今日は一層心地よい。

「なんでも……」

 

 いいかけたヒロユキの体が瞬時に1メートル後ろに後ずさる。

 後ろから遅れて出勤してきたエイコとベラケレス組の、特にベラケレスのバッグに引っかかったキーホルダーを見据えて。

「そっ……それ」

 ヒロユキが声にならない声を上げる。

 

「これ?」ベラケレスは怪訝そうな声を出してそれをつまみ上げた。

「知りません?去年放送された電脳ハンターのアニメ版の、ガチャガチャですよ」

「お、おう。それは……知ってる」

 答えるヒロユキの声は小さい。

「あ、知ってました?なんか、私がやるとこればっかり出るんですよねぇ」

 ベラケレスの残念そうな声がひびくが、ヒロユキは「そ、そう」と取り繕うのにいっぱいだった。

 

 果たして、夢なのか、夢じゃないのか。

 

 お昼過ぎくらいまで疑心暗鬼にエイコとベラケレスの行動を追いかけて、コリンダーの隣に知らず1日中くっついていたのは、ヒロユキの絶対バレたくない秘密の一つだった。 

 

 

 

 

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