第二百三十三話 道半ば
「話は、分かった」
梨奈の父親の考えが纏まるまで待っていた方が良いのだろうということは分かっていたが、待っている時間がもどかしく俺の方から問い掛けようとした時、梨奈の父親が閉じていた口を開いた。
自然に話を聞こうと俺が姿勢を正したのを見た梨奈の父親は、一度妻の顔に目を向けた。
黙って夫の様子を見守っていた梨奈の母親は夫と目が合うと、以前目にした時と同じように柔らかく微笑み、『あなたの思う通りでいいのよ』という風に頷いた。
妻の様子を目にした梨奈の父親の雰囲気からは、幾らか固さが取れていた。
「君が巻き込まれた問題は、単純なものではないのだろう」
妻から俺に視線を向けた梨奈の父親は、俺の目を見て話し始めた。
「それだけに、自分たちだけで問題を解決することは、到底無理な話だ」
「俺も、そう思います」
厳しさの中に俺を案ずる思いが感じられる口調で話された梨奈の父親の言葉に、俺はこれまでの経緯から実感をもって同意した。
「第三者の力を必要とする以上、間に入った第三者の判断しだいで、この先の状況が右へも左へも動くことになる」
梨奈に怪我を負わせた美咲に対する警察の判断や、監査委員会が下した審判の内容によっては、この先も問題が尾を引く可能性を否定できなかった。
「今はまだ、警察の判断も下されず、君が訴えた監査委員会も調査している段階なのだろう」
俺の考えをなぞったような話を向けられ、ここで問題を解決してしまいたいと強く望んでいながらも、俺は渋々頷いた。
「先が見通せない状況で君のご両親と会ったとしても、その場限りの対応しかできないだろう。だが、それでは、君のご両親が求めているものとは異なるものとなるのではないか」
梨奈の両親は、これまで俺の両親や俺に対して言葉を荒げて詰ることも、責め立てることもしていなかった。
しかし、梨奈の父親の『その場限り』という言葉にその心情が表れ、心の内には複雑な思いがあるのだろうと知れた。
本来なら、娘を大事に思う父親として俺を罵倒したいところなのだろうが、おそらくは梨奈の気持ちを第一に考え、紳士的に対応してくれているのだと理解が及んだ俺は、梨奈の両親に心から感謝した。
「それに、将来を視野に入れてということであれば、話し合いの場には梨奈もいた方が良いだろう。だが、君もよく知っている通り、梨奈は今、動けない状態にある。だから、君のご両親と会うのは、もう少し先にしたいと思う」
あくまでも、自分たちの娘である梨奈を信頼し尊重しようとする態度を貫こうとする梨奈の父親に、俺は含むものなど何もなく素直に『分かりました』と応えていた。
そして、それとは別に、梨奈の両親には俺と梨奈の結婚に同意してもらい、俺たちを支えていってほしいという思いが沸いた。
「両親には、今言われたことを伝え、もう少し待ってくれるように話します」
俺は両親へ梨奈の父親から言われたことを伝えると話しながら、頭の中では梨奈との結婚の話をどう切り出そうかと考えていた。




