第二百三十四話 半身
梨奈と結婚したいのだという意思表示はこれまでにも何度かしていたが、いざ結婚の許しをもらおうと構えた途端に俺の心臓が慌てふためいた。
湯飲み茶碗の中のお茶を口に含み、気持ちを落ち着かせるためにゆっくりと飲み下した。
それから、腹を据えて口を開いた。
「お義父さん、お義母さん。梨奈との結婚を、認めてもらえませんか」
「君は、今それを言うのか」
梨奈との結婚の許しを求めた俺に、梨奈の父親は険のある物言いで問い返した。
梨奈の父親に言われるまでもなく、結婚の申し入れをするには時期が良くないことは分かっていた。
梨奈が怪我をしなければ、あるいは、俺たちの子供がもっと遅くにできていれば、問題がすっかり片付いてから梨奈の両親の下へ出向くつもりだった。
梨奈の父親に問われ思わず怯みそうになった心を、病院で別れ際に見せた梨奈の姿を思い出して押し留めた。
不安気に俺に助けを求めるように、『待っているから』と応えた梨奈の姿に力を得て挫け掛けた気持ちを引き締め、俺は言葉を紡ぎ出した。
「まだ何の問題も解決していませんし、梨奈も病院のベッドの上から動けず、時期が良くないことは分かっています」
「それなら……」
「だから、だからこそ、俺はこの先、梨奈の夫として、生まれてくる子供の父親として頑張っていきたいんです」
時期が良くないことを口にした俺に、今は我慢するように言葉を発しようとする梨奈の父親を遮り、俺は自分の気持ちのままに言葉を紡いだ。
「君は今、十分に荷物を背負っているのではないか」
「そうよ、尚哉さん。梨奈はどこへも行かないし、私たちもいつでも尚哉さんの話は聞くわ」
梨奈の父親に続いて、それまで黙って様子を見守っていた梨奈の母親が優しく言葉を掛けてくれた。
これ以上の重い荷物を無理に背負う必要はないと言われた俺は、梨奈の両親にはどうしても俺の偽らざる本心を分かってもらいたいと思った。
「俺には、梨奈が必要なんです。この二ヶ月、梨奈と離れてみてそのことが身に染みてよく分かりました」
梨奈の両親へ訴え掛けるように話す俺を見る、梨奈の両親の瞳には慈愛の色が見え隠れしていた。
その瞳に背中を押され、俺は心の中に仕舞いこんでいた気持ちを零した。
「今回の問題が持ち上がってから、いろいろなことが次から次へと起こり、自分が壊れていくような感覚も味わいました。でも、梨奈がいてくれたから、俺は自分を保つことができた。それに、梨奈のお腹の中に俺の子がいると知り、本当に嬉しかったんです。それが、俺には大きな励みにもなりました」
自分の両親にも何も言えず過ごした辛く苦しかった時間を改めて言葉にしてみると、梨奈の存在が俺にとってどれ程に大きなものだったのかよく分かった。




