第二百三十一話 長い夜
間もなく消灯の時間だと巡回に来た看護師に言われて、俺の手を握っていた梨奈の手に力が込められた。
少し前に目を覚ました梨奈に、今夜からは消灯の時間には帰らなくてはならないと伝えていた。
梨奈はそれを聞いて、何も言わずに右手を差し伸べてきた。
俺はその手をそっと取り、指を絡ませる。
言葉もなく俺の目を見つめ、絡み合った指先に力を入れられた。
『帰らないで』と言葉にする以上に、側に居てほしいと願う梨奈の気持ちが真っ直ぐに俺の心に届く。
“帰りたくない。このまま、梨奈と一緒に居たい”
梨奈と片時も離れていたくないと、情動が沸き起こる。
だが、一分一秒でも早く梨奈が回復するためには帰らなくてはいけないのだと、頭の中の冷静な部分が俺を諭すように告げた。
組み合わせた梨奈の手を挟むようにもう片方の手を重ね、優しく摩りながら今は離れることが必要なのだと伝えた。
梨奈の長い睫毛が、その瞳に影を作る。
だが、その手を放そうとはせず、俺の手の中に収められたままだった。
そんな時、看護師が帰宅を促す言葉を掛けてきた。
『一緒に居て』と訴えるように力を入れられた梨奈の手に、愛おしさが込み上げて胸が熱くなる。
「明日、また来るから……」
僅かに伏せられた梨奈の目を見て言葉を紡いだ俺を、梨奈はしっかりと視界に捕らえ思いを声に出して口にした。
「……待って、いるから……」
おそらくは、梨奈も本能で自分の身体の状態を察しているのだろう。
ただ俺に甘えているだけではない、不安の色が混じる瞳で俺を見ていた。
俺は梨奈を安心させるように、挟み込んだ梨奈の手を持ち上げ唇で触れた。
「必ず来るから、待っていてくれ」
触れた唇を一度離し、『待っていてほしい』と言葉にしてまた口付けた。
俺たちの様子を少し離れた場所から見ていた梨奈の母親に、急かすように言葉を掛けられた俺は心を残しつつ座っていた椅子から立ち上がった。
それから、マンション『ベルフラワー』の俺たちの部屋へ戻った梨奈の両親と俺の間には、それぞれに梨奈の様子が気に懸かり重い空気が漂っていた。
俺はそれを振り払うように、梨奈の両親に声を掛けた。
「少し、時間をいただけませんか。大事な話があるのですが……」
ダイニングテーブルの椅子に座りお茶を飲みながら一息ついていた梨奈の両親に、俺は父との約束を果たすため、俺の両親が梨奈の両親に会いたいと言っていると伝えた。
最初、怪訝な表情をしていた梨奈の父親は、すぐに何かに思い当たった風に表情を変えて俺に向き直った。
「君の両親に会う前に、君の口から、なぜ梨奈が怪我をしなければならなかったのか、私たちに分かるように教えてくれないか」
元々、お互いの両親が顔を合わせる前に、俺の言葉で梨奈の両親に事情を話さなくてはと決心していた俺は、梨奈の父親の求めに応じて話し始めた。
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