第二百二十九話 消えない傷
父との電話を終えて梨奈の入院している病院へ戻ると、梨奈はまだ眠ったままだった。
朝に井川医師の診察を受けてから眠りにつき、そのまま一度も目覚めず眠ったままなのかと心配になった俺に、梨奈の母親が俺のいなかった間の梨奈の様子を教えてくれた。
短い時間ではあっても二、三度目を覚ました梨奈は、心配を掛けたことを両親に詫びて、俺の子供を妊娠していることを告げ、子供を産みたいのだとはっきり意思表示したらしい。
話を聞いてもう一度梨奈の顔を見やると、朝よりも顔色が戻っていることに気が付いた。
全快にはまだ遠かったが、それでもその変化は梨奈が頑張っている証だった。
梨奈はただ眠っているわけではなく、緩やかな歩みでもしっかりと前を向き確実に一歩一歩前進しているのだと伝わってきた。
俺はその梨奈の頑張りに力をもらえた気がして、それを無駄にしないためにも梨奈の思いに応えなくてはと心に誓った。
「少し前に、香田医師の診察を受けたんだが……」
梨奈の寝顔を見ながら心に誓いを立てていた俺に梨奈の父親が話しかけ、『座って話そう』とベッドの足元に置いてある椅子を勧められた。
怪我の治療に当たってくれている香田医師の話は俺も気に懸かり、俺は梨奈の父親に勧められた椅子へ移動し、枕元の椅子には梨奈の母親が座った。
「治療する時に、梨奈の傷を見せてもらった」
テーブルを挟んでベッドを背にして座る梨奈の父親の正面に腰を下ろした俺に、梨奈の父親が治療の時の様子について説明を始めた。
「傷口は数箇所に及んでいた」
『ドクリ』と、心臓が大きく蠢いた。
「香田医師の話では、傷口は綺麗な状態を保てているということで、来週には抜糸できるだろうということだった」
抜糸できると知らされても、気持ちは沈んだままだった。
それを口にした梨奈の父親の表情も曇ったままで、後ろを振り向き白い包帯が巻かれた梨奈の左手に視線を向けた。
梨奈の父親の目線を辿り梨奈の左手に巻かれた包帯に視線を止めた俺は、梨奈の父親の心情を察し俺の方から問い掛けた。
「傷は酷いのですか」
心臓は、嫌な音を立てて鳴り続けていた。
だが、達樹と真衣さんから梨奈が怪我をした時の状況を聞かされた時から、ある程度のことを覚悟していた俺は、自分でも意外に感じられるほど静かな問いを発していた。
俺の問い掛けに視線を戻し、そのまま膝の上で組んだ自分の手に視線を落とした梨奈の父親は、少し間を空けて重い口を開いた。
「小さな傷は、時間が経てば自然に消えるらしい。だが……」
そこで一度言葉を切った梨奈の父親は顔を上げ、俺の目を見据えて言葉を続けた。
「大きな傷は消えずに、痕が残るそうだ」




