第二百二十八話 見果てぬ夢
今週もよろしくお願いします。
ここまで来てもまだ、母の念書は力を持ち続けているのかと歯噛みした俺は、手に持ったままだったマグカップを床に叩き付けたい衝動に駆られた。
辛うじてそれを思い留まった俺は、ことさらに注意してテーブルの上にマグカップを置いた。
「あの念書があったからこそ、樫山専務の娘はお前に依存して執着してしまったんだ。樫山専務の娘にとって、母さんの念書は心の寄る辺ともいえるものだったことは疑いようもない」
「……でも、だからと言って……」
父の言ったことに反論しようとしながら、言葉が出て来なかった。
感情では反発しながらも、頭は父の話を肯定していた。
「樫山専務の娘に、見てはいけない夢を見させてしまったのは、父さんたちの責任だ」
「たとえ、そうであったとしても、梨奈に危害を加えたのは樫山専務の娘の責任で、そこまで父さんたちが責任を感じる必要はないだろ」
あくまでも自分たちに責任があると言い続ける父に、俺は我慢できず感情が先に立ち理屈もなく声を荒げた。
「これは、けじめなんだ」
「えっ」
黒木弁護士と美咲に嵌められて念書を取られてから散々に悩み苦しんでいた両親に、これ以上の負担は掛けられないと冷静さを欠いた思考で考えていると、父から思いも寄らない言葉が発せられ、俺は反射的に聞き返していた。
「お前が梨奈さんと結婚すれば、これから先、梨奈さんのご両親とは長い付き合いになる。お互いに蟠りなく付き合っていくためにも、ここでけじめをつける必要がある」
俺の将来を見越し、自分たちの辛さを押してでも行動に移そうとしてくれている父に、まるで憑き物が落ちたように頭を熱くしていた熱が引いた。
「父さん……」
『そこまで俺のことを思ってくれているのか』と続けたかった言葉は音にならず、口の中に留まったままだった。
「尚哉。父さんも母さんも、梨奈さんが産んだお前の子供を憂いなく抱きたいんだ」
父の言葉に、俺たちの子供を前にして母が楽しそうに笑み、父が相好を崩している姿が頭の中に浮かんだ。
俺の中に、父の思いがすとんと落ちた。
耳の奥で、まだ見ぬ我が子が『じいじ』『ばあば』と両親を呼ぶ声が聞こえた気がした。
「分かったよ。父さん」
俺は父と、梨奈の両親に俺の両親と会ってくれるように頼んでみると約束をして電話を切った。
そして、俺は決心した。
今まで梨奈と俺たちの子供のことばかりに向けていた目をもっと周りにも向け、俺の口から梨奈の両親に事情を説明した上で、梨奈との結婚の許しをもらわなくてはと強く思った。




