第二百十五話 付き添い
「あの……。子供は、大丈夫なんでしょうか」
梨奈の母親が遠慮がちに言葉を差し挟み、子供の様子を尋ねた。
「強いお子さんです。梨奈さんのようなケースでは、母親が心身に受けた衝撃が原因で流れてしまうことも珍しくはないのですが、今もしっかり梨奈さんのお腹の中に留まり、お母さんと一緒にがんばっています」
「どうか、くれぐれも梨奈と子供のことを、宜しくお願いします」
梨奈と一緒に子供も頑張っていると聞かされた俺は、反射的に井川医師へ頭を下げ二人のことを頼んでいた。
「私共からもお頼みします。どうぞ、娘と孫のことを宜しくお願いします」
俺が頭を下げた後、梨奈の父親も俺に続く言葉を口にして梨奈の母親と一緒に頭を下げた。
「私も、あなた方のお子さんが、この世界に誕生する時に出会う者の一人であればと願っています」
湾曲にではあったが、梨奈の出産に立会い、生まれて来た子供を取り上げたいのだと口にした井川医師に驚いて顔を上げた俺の視界に、俺を見ていた井川医師の姿が映り込んだ。
「まだ落ち着かない時間が続くと思いますが、梨奈さんとお子さんをしっかり支えてあげて下さい」
「はい」
俺を真っ直ぐに見て掛けられた井川医師の言葉に、俺は井川医師から目を逸らさず下腹に力を入れて返事を返した。
いつの間にか息苦しさが消え、濡れていた手の平からも汗が引けていた。
「それで、これからのことなのですが、ここは完全看護の病院ですので、基本的には患者さんへの付き添いは必要としません。ですが、梨奈さんの場合、先程も申し上げましたが気持ちが落ち着くまでは、日中だけでも構いませんのでどなたか付き添うことは可能でしょうか」
深い慈愛に満ちた瞳で俺を見ていた井川医師が顔を正面に戻し、これからのことについて具体的に話し始めた。
「日中だけでいいのですか」
「今の梨奈さんにとっては、心の平穏と共に出血により落ちてしまった体力を取り戻すことも必要です。そのため、消灯後は十分な睡眠が取れるように、付き添いの心配はないだろうと考えています」
「分かりました。梨奈には、私が付き添います」
井川医師の『日中だけ付き添いが必要だ』という言葉に梨奈の母親が戸惑いを見せて問い返し、井川医師が改めて詳しく説明した。
梨奈には俺も付き添うつもりだったが、梨奈の母親が毅然と応えたのに対して、この場で口にしなくてもいいだろうと俺は言葉を控えた。
それから、井川医師がドアの前に立っていた看護師に何か問い掛け、また話を続けた。
「梨奈さんは既に病室の方へ移っていますが、体力を温存するために今は薬で眠っています。目覚めるのは、薬の効力が切れる明日の明け方以降となります」
「あの、今夜だけでも付き添うことを許可してもらえませんか。梨奈が目覚めた時、側に居てやりたいんです」
梨奈が病室に居ると知り、俺はもう二度と梨奈を一人にしたくないという強い思いが沸き上がり、それと同時に言葉を紡いでいた。
ここまで読んでいただきまして、ありがとうございます。
来週も宜しくお願いします。




