第百十五話 隠された罠
達樹の家へ着いた時にはある程度、気持ちも鎮まり、表面上は平静さを保てるようになっていた俺を達樹が迎え入れ、いつもの和室へ通した。
時刻は夜の九時半を回っていたが、和室の中では達雄先生も定位置に座り待っていてくれた。
遅い時間に訪ねたことを詫びた俺に、達雄先生は『気にしないように』と言葉を掛け、俺の席となっていた場所に座るようにと促した。
勧められるままに座椅子に落ち着くと達樹が湯気の立つグラスを差し出し、座卓の上を見ると焼酎のビンと電気ポットが空いている席に置かれ、座卓の中央にはナッツ類とチョコレートが用意されていた。
俺は車の運転があるからと断ろうとしたのだが、『どうせ遅くなるのだから、泊まっていけ』と達樹に言われて簡単に済む話ではなかったなと思い直しグラスを受け取った。
すると、達雄先生が待ち兼ねたように問い掛けてきた。
「黒木弁護士と会ったそうだね」
「母は、完全に嵌められたようです」
「どんな話をされたんだね」
達樹から受け取ったグラスを座卓の上に置き、応えた俺に達雄先生が質問を重ねた。
俺は、改めて母が念書を取られたところから話し始め、樫山専務が既にマンションや家具を買い揃え、父が家を売って弁済しようとしていることまで話した。
「なるほどな……。よく考えたものだ」
厳しい表情で俺の話に応じた達雄先生に、俺は父に家を売ることを思い留まらせなければと、黒木弁護士から渡された母の念書のコピーを手渡して話を続けた。
「俺には母の念書があるとは言え、樫山専務が勝手にしたことに対して弁済する必要があるとは思えないのですが……」
樫山専務がマンションや家具を購入した件については、母の念書があるにしても両親や俺に一言の相談もしなかったのだから弁済の必要はないのではないかと主張した俺に対して、達雄先生は念書を達樹に差し伸べながら根本的な問題を指摘した。
「どうやら、この念書には齟齬があるようだ」
「どういうことでしょうか」
これ以上まだ何かあるのかと問い返した俺の視界の端で、念書に目を通した達樹がきつく眉を寄せていた。
「おそらくは、黒木弁護士が意図して入れなかったのだろうが『子供が尚哉君の子供だった場合』という文言が一言も入っていない。これでは、子供の父親が尚哉君ではなく他の誰であっても、樫山専務のお嬢さんとの結婚を確約したと受け取れなくもない」
胸が急激に締め付けられ、気持ちの悪さに胃の中のものが逆流しそうだった。
達雄先生の説明で事態は俺が考えていた以上に悪化していたのだと知り、黒木弁護士によって俺の逃げ道は全て塞がれてしまっていたのだと気が付いた俺は、『助けて欲しい』と必死の思いで言葉を搾り出した。
「……どうにか……、なりませんか」
「打つ手はある。だが、簡単にはいかないだろう」
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