第百十六話 難敵
今週もよろしくお願いします。
達雄先生に言われるまでもなく、簡単にどうにかできるなど夢のまた夢だということは分かっていた。
「俺は、どうすればいいのか、教えて下さい」
藁にも縋るような思いで、俺は達雄先生に尋ねていた。
「あくまでも、尚哉君が樫山専務のお嬢さんとの結婚を拒むのなら、尚哉君のお母さんに弁済の義務を負わせるということは、裏を返せば、尚哉君が結婚を承諾すれば、尚哉君のお母さんの借金を帳消しにするということになる。裁判を起こしてその点を主張すれば、この件は法律で禁止されている人身売買に当たると判断される可能性は十分にあるはずだ」
「それなら、裁判を起こせばいいということですか」
有効な対抗策と思える手段を口にしながらも、達雄先生の口調は重く表情は厳しいままだった。
俺は、達雄先生の態度に不安が胸に蟠ったまま確認のための言葉を口にした。
達雄先生は重い口を、さらに重くするように大きく息を吐き俺の問いに応じた。
「実際に裁判を起こすとなれば、他にもいろいろな可能性を模索することになるだろうが、問題は訴えを起こしてから判断が下されるまで時間が掛かるということだ。その間、訴えられた樫山専務、というよりは黒木弁護士が手を拱いたままでいることは有り得ないだろう」
俺は達雄先生が表情を崩すことなく黒木弁護士の名を挙げたことで、数時間前に両親と一緒に会った黒木弁護士とはどういう人物なのか気になり問い返した。
「黒木弁護士とは、どういう人物なのですか」
「黒木弁護士と私は同期でね。元は頭の切れる優秀な奴なのだが、『勝ち』に対する異様なまでの執着があるようで、依頼を達成するためにはどんな卑怯な手でも使うと、弁護士仲間では有名な人物なんだよ」
達雄先生の話から、俺が黒木弁護士に対して『厄介な相手』だと直感したことは正しかったと証明されたが、母にそんな人物の相手をさせてしまったことに悔しさが募った。
これからは、黒木弁護士の相手をする時には今まで以上の慎重さが必要になることを肝に銘じなければと考えていると、それまで嘗めるように焼酎のお湯割りを飲み、口を閉ざしていた達樹の声が聞こえた。
「尚哉。樫山専務の娘と、一緒に住め」
俺は、自分の耳に届いた達樹の言葉が信じられなかった。
ぎこちない動きで首を回して達樹を見ると、達樹はグラスの縁を覆うように五本の指で持っていたグラスを座卓の上に置き、伏せていた目線を上げた。
「今、何と言ったんだ」
「樫山専務の娘と一緒に住め、と言ったんだ」
聞こえた言葉が空耳であってほしいと願いながら聞き返した俺の目をしっかりと見据えた達樹は、はっきりと『美咲と一緒に住め』と告げた。
俺は達樹の言葉に、頼みの綱の達樹に見放されてしまったのかと絶望的な気持ちになり、目の前が暗くなりかけた。
だが、続けられた達樹の言葉で、まだ望みは断たれていないのだと知った。
「ここまで来てしまったら、そうする以外にお前の両親や梨奈さんを守る方法が見つからない」




