第百十三話 懺悔
「ごめんなさい……。私が、よく考えもせず、勝手なことを……、してしまったから……。こんな、大変なことになってしまって……。本当に、ごめんなさい……」
母が涙声で、言葉を詰まらせながら謝っていた。
その瞳からは、堰を切ったように大粒の涙が流れ出ていた。
“いったい、どうしてこんなことになっているんだ”
『理不尽』という言葉で片付けるには余りある樫山専務や美咲の仕打ちに、俺は身体が震え出してしまいそうなほどの怒りを感じていた。
母が念書を差し出し、やっと事態が好転しそうな兆しが見えていたものを後戻りさせ、以前よりも状況を悪化させたことで母に抱いていた反感の感情も、その矛先が、俺だけに留まらず両親をも苦しめようとする美咲へと向かい怒りを増幅させていた。
俺は目の前で打ちひしがれて自分を責める母を、これ以上苦しめないためにも家を手放すことは止めさせないといけないと思った。
「父さん。父さんの気持ちは嬉しく思うけど、家を売るのは止めてくれないか」
「家はなくなっても蓄えもあるし、父さんだってまだまだ働ける。食べていくのに困ることはないから、お前は何も心配しなくていい」
感情が昂ぶり抑えようとしても声が震えてしまった俺に、父は優しく諭すように『心配は要らない』と応じた。
だが、このまま家を失うことになれば母はこの先一生、自分がしてしまったことを後悔し続け自分を責め続けるだろう。
そんな母の姿を見続けることは、俺にとっても耐え難い精神的な苦痛を味わうことになるのは分かり切っていた。
それより何より、両親と一緒に過ごしてきた大切な思い出が詰まった大事な家が、樫山専務や美咲の得手勝手な行いによって、なくなってしまうことは俺自身が我慢ならなかった。
しかし、俺の将来を思い、既に腹を括っているような父を説得するのも難しそうに思えた俺は、父が先走った行動を取らないように、今は説得するのではなく待ってもらえるように言葉を重ねた。
「父さん。樫山専務との問題に、達雄先生や達樹の力を借りていることは父さんも知っているだろ。それに、ハリス部長や佐伯課長の理解を得て協力もしてもらって、監査委員会へ訴え出る準備も始めている。ここで、達雄先生や達樹の意見も聞かずに行動することで、良い結果が出るとは限らないんじゃないかな」
父は、俺から達雄先生にも助力してもらっていると聞いた後、個人的に昔馴染みでもある達雄先生と会い、改めて俺に力を貸してくれるようにと頼んでいた。
「達雄先生か……」
「すぐに連絡をして、どうすることが一番良いのか相談してみるから、行動を起こすのはその後にしてくれないかな」
「……分かった」
少し考えた後、了承の返事をしてくれた父に母を任せ、俺は急いで達樹の家へ向かった。




