第百十二話 家族会議
今週もよろしくお願いします。
黒木弁護士が帰った後、両親と俺は話し合いの場を和室からリビングに移した。
黒木弁護士の姿が見えなくなっても母の顔色は戻らず、青白いままで今にも崩れ落ちそうだった。
俺は母の気を紛らわせようと温かいコーヒーを三人分淹れ、ソファに座り込み身動ぎ一つせず硬く口を閉ざした母の前と、母の隣に腰掛けた父の前にそれぞれコーヒーカップを置いた。
それから、ソファの前に置かれたガラスの板が填まった籐のテーブルを回り込み、両親の正面の位置に残り一つのコーヒーカップを置き厚手の絨毯が敷かれた床に直接座った。
そして、母の様子を窺いながらコーヒーカップに口を付け、何から切り出せばいいのかと頭を巡らせていると母が声を震わせながら言葉を紡ぎ出した。
「……ごめんなさい。まさか、こんなことに、なるなんて……」
今になって漸く、黒木弁護士が用意してあった念書に署名捺印した意味の重さを理解できたらしい母は、後悔の言葉を口にした。
不意に、俺は美咲について好意的なことを言っていた母が、今はどう思っているのか気になり尋ねてみることにした。
「母さんは今、樫山専務の娘に対して、どう思っているの」
母はゆっくりと首を横に二、三度振りながらか細い声で応えた。
「分からない……。いくら考えても、分からないの……」
「どういうこと」
『分からない』と言った母に何が分からないのかと問い返した俺を、のろのろと顔を上げて見た母は、小首を傾げて自分の疑問を確かめるように言葉にした。
「子供の本当の父親と結婚できない事情ができて、一人では子供を育てられないと思うなら、無理に産む必要はないでしょ。そんなことをして、産んでしまった後でやっぱり育てられません、となったら大事じゃない。そうでなくて、どうしても産みたい理由があるのなら、嫌がる相手に押し付ける真似をしなくても、一人で育てればいいだけの話でしょ。それなのに、どうして尚哉を子供の父親にしようとするの……。お付き合いを、していたわけじゃないんでしょ」
母の口にした疑問は、そっくりそのまま俺の疑問でもあった。
応えようにも応えられなかった俺に代わり、父が母の話を聞きながら飲んでいたコーヒーが淹れられたコーヒーカップを手のひらの上に置き口を開いた。
「大方、自分が男に捨てられたことを認められないんだろう。そんな時、たまたま父親の部下で自分にも御し易そうな人物として、尚哉が樫山専務の娘の目に留まってしまったのだろうな」
「そこまで分かっていて、なぜ弁済なんて口にしたんだ。あれは、どう考えても言い掛かりの類の話だっただろう」
美咲の考えを読んだように話した父が、黒木弁護士を相手に『弁済』という言葉をなぜ口にしたのか、俺には理解できず詰るように言葉を投げ掛けた。
「お前には、真剣に結婚を考えている相手がいるだろ。向こうがそれを要求するなら身銭を切ってでも関係を断ち切ってしまった方が、今後のためにも良いんじゃないか」
「いくら、払うつもりなの」
「この家を売れば、ある程度の纏まった金額は手に入るだろう」
俺は、父が俺を守るために今住んでいる家を売ろうとしていることを知り、頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。




