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黒狐の精霊と、ひだまりの家 ~闇の大精霊は、小さな幸せを守りたい~  作者: 雅龍(がりゅう)
第二章 会いに行く場所

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自分で選ぶ靴

素焼きの器は、井戸でよく洗ってから返した。


エッダさんは受け取った器を光にかざして、裏まで見てから棚へ戻した。トマさんが葉の裏を見る手つきに、どこか似ていた。


「さあ、行こうか。荷物持ちさん」


渡された籠は空だった。空の籠を持って歩く荷物持ちは、まだ荷物持ちとは言えない。ミアはエッダさんの隣を歩き、古い靴の踵が石畳でぱかぱかと鳴った。


職人通りの靴屋は、間口の狭い店だった。中に入ると革と蝋の匂いがして、壁一面の棚に大小の靴が並んでいる。奥の作業台では、白い眉の長い爺さんが、靴底に小さな釘を打っていた。


「子供の、普段履きを」とエッダさんが言った。


爺さんは釘を咥えたまま顎で右の棚を指した。


*


右の棚を見た瞬間、俺の中の受発注担当が目を覚ました。


耐久性。価格。修理のしやすさ。前の会社で、取引先の作業靴をまとめて仕入れたことがある。あの時は、とにかく底の厚さと縫い目の数を見ろと先輩に教わった。


棚の真ん中に、焦げ茶色の革の、足首まで覆う深い靴があった。底が厚い。縫い目が二重になっている。爪先に補強の革まで当ててある。


「これがいいと思います」


俺は手に取って、エッダさんに見せた。


「底が厚いし、縫いがしっかりしてる。森の道でも石畳でも長持ちします。足首まであるから、捻りにくいし」


エッダさんは「そう」とだけ言った。ミアは、俺の手の中の靴を見上げた。


「はいてみるかい」とエッダさんが聞いた。


ミアはうなずいて、木の腰掛けに座った。古い靴を脱ぐと、靴下の爪先に小さな穴が開いていた。焦げ茶の靴に足を入れ、紐を締める。立ち上がって、一歩、二歩。


歩き方が、ぎこちなかった。


重いのだと思う。踏み出すたびに、爪先が少し遅れて持ち上がる。それに、足首の上の縁が当たるのか、ミアは歩きながら一度だけ顔をしかめた。


「どうだい」とエッダさんが聞いた。


「……だいじょうぶ」


ミアはそう言った。言いながら、目は棚の別のところを見ていた。


エッダさんは何も言わずに待った。俺も、さすがにここで「丈夫だから慣れる」とは言えなかった。


爺さんが、ようやく釘を吐き出した。


「そりゃ樵の家の子が履くやつだ。山道を毎日歩くなら別だがね」


樵の家の子用だったらしい。俺の仕入れ基準は、この店では山向けだった。


「ほかに、はいてみたいのはあるかい」とエッダさんが聞いた。


ミアは少し迷ってから、棚の下の段を指さした。


「あれ……はいてみても、いい?」


浅い靴だった。足の甲を一本の革帯で留めて、横に小さな木のボタンがついている。色は、若い葉のような明るい緑。梨の木の、新しく出た葉の色に似ていた。


ミアはそれを履いて、ボタンを留めて、立ち上がった。


爺さんが作業台から立ってきて、ミアの爪先を親指で押した。指一本ぶん余っている、ちょうどいい、と短く言った。


一歩目から、さっきと違った。踵が浮かない。足首が自由に動く。ミアは店の中を端から端まで歩いて、くるりと回って、また戻ってきた。


「これ、足が、かるい」


それから、声を小さくした。


「それに、色が、すき」


エッダさんは爺さんに、底の厚さを聞いた。爺さんは、普段履きなら二年はもつ、足が大きくなったら一度だけ縁を伸ばしてやれると言った。エッダさんはうなずいて、値段を聞いた。五十二銅貨。神殿から預かっている保護費の袋から、エッダさんが払った。


俺は腰の小袋に手をやりかけて、やめた。これは、ミアの暮らしのために神殿から預かったお金で払うものだ。俺が横から出せば、靴に余計なものがくっつく気がした。


焦げ茶の靴は、棚に戻した。


「ごめん。俺、先に決めてたな」


ミアは緑の靴を見下ろしたまま、首を横に振った。


「ユウのも、かっこよかった。……おもかったけど」


最後の一言が正直すぎて、爺さんが鼻で笑った。


*


店を出ると、ミアは石畳の上で立ち止まった。


一歩踏み出す。こつ、と乾いた音がした。古い靴のぱかぱかとは違う音だった。


もう一歩。こつ。


それから、ミアは両足を揃えて、ぴょんと小さく跳んだ。着地した足元で、緑の靴が揃って鳴った。


自分でも驚いたみたいに足元を見て、それから、俺とエッダさんのほうを振り向いた。何も言わなかったが、言わなくても分かる顔だった。


脱いだ古い靴は、爺さんが紙で包んでくれた。


「それ、捨てる?」と俺が聞くと、ミアは包みを見つめて考えこんだ。


「あんたが決めていいんだよ」とエッダさんが言った。


ミアは長いこと考えて、答えた。


「お庭用にする。豆の畑に入るときに、はく」


エッダさんは「それはいいね」と言った。俺は、なるほど、と思った。俺だったら捨てるか、捨てないかの二つしか考えなかった。


片方は、林道の泥の中から拾い上げた靴だった。泥だらけの足を押しこんで、あの日ミアはこれで歩いた。それが今度は、豆の畑に入るための靴になる。


市場では、エッダさんの言ったとおり荷物が多かった。芋、玉葱、塩、蝋燭、裁縫用の糸、ミアの新しい靴下を二足。籠はすぐに一杯になり、俺は籠を片腕に、麻袋をもう片方の肩に担いだ。荷物持ちとしては、ようやく本領だった。


ついでに、ミアが抱えている古い靴の包みにも手を伸ばした。


「それも持つよ」


「これは、わたしが持つ」


ミアは包みを胸に寄せて、半歩さがった。重いものではない。重くないから、自分で持ちたいのだと思う。伸ばした手の行き場がなくなって、俺は麻袋の紐を握り直した。


「荷物持ちさん、塩が落ちそうだよ」


エッダさんに言われて籠を見ると、塩の包みが端からはみ出していた。持つと言った荷物を落としかけているのだから、世話はない。


帰りの坂道で、ミアは俺たちより少し先を歩いた。こつ、こつ、と靴が鳴る。ときどき水溜まりの跡をよけて、ときどきわざと踏んでみて、そのたびに足元を確かめている。


坂の途中で、ミアが振り返った。


「ユウ。これ、なんの色に見える?」


緑の爪先を、片方だけ前に出している。


「……梨の葉っぱ」


ミアは目を丸くして、それから、ちょっとだけ悔しそうな顔をした。


「わたしが言おうと思ってたのに」


こつ、と踵を鳴らして、ミアはまた先を歩きだした。


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