買い取ってもらえた日
軒下の葉は、二枚だけ黒くなった。
荷揚げ場の倉の軒に吊るして八日。毎朝、荷運びの前に一枚ずつ見て回った。緑の葉が乾いて、裏の白さだけが際立っていくなかで、三日目に一枚、五日目にもう一枚、端から墨を吸ったように黒ずんでいった。
裏を確かめたはずの葉だった。たぶん、裏返したあとで隣の株の葉と取り違えたのだろう。俺はその二枚を外して、見本袋の偽銀葉の隣にしまった。トマさんの言ったとおり、乾かせば俺にも分かった。分かったが、二枚分の悔しさは残った。
残りの葉を十枚ずつ麻紐で束ねると、十二束になった。
*
トマ薬種店のカウンターに十二束を並べると、トマさんは一束ずつ紐をほどき、前と同じ速さで葉を裏返した。裏返して、右へ。裏返して、右へ。
左の山は、できなかった。
俺はそのあいだ、ずっと息を止めていた気がする。息をしなくても平気な身体でよかった。
最後の束を戻して、トマさんは秤に十二束を載せた。
「買う」
それから、カウンターの引き出しから銅貨を数えて出した。
「一束三銅貨。三十六だ」
布の上に、銅貨が三十六枚並んだ。荷揚げ場の二日分にも足りない額だ。でも、この三十六枚は、どこの荷を運んだ分でもない。俺が裏を見て、俺が摘んで、俺が干した葉の分だった。
トマさんは受取書を一枚書き、字の読めない俺のために声に出して読み上げた。品名、量、値段、日付。最後の欄に、俺は指で印を押した。
「前と、何が違いましたか」と俺は聞いた。
「全部、裏が白い」
トマさんの答えは、相変わらず短かった。
俺は見本袋から、黒くなった二枚を出して見せた。
「干しているあいだに、これが出ました。抜いておきました」
トマさんは二枚をつまんで、窓の光にかざした。それから、カウンターの脇の屑籠に落とした。
「それでいい。黒いのを自分で抜ける奴は、次から楽になる」
褒められたのかどうかは分からない。分からないが、帰り道で何度か思い出したので、たぶん褒められたのだと思う。
*
それから、トマさんは次の話をした。
「また持ってくるなら、五日おきに、十五束まで。それ以上は今は要らん」
「もっと採れますけど」
「採れても要らん。それと、一株から摘むのは葉の三分の一まで。同じ斜面ばかり採るな。沢の上の群生は、今年は手をつけるな。来年もあそこで採りたいならな」
沢の上の群生のことを話した覚えはない。トマさんは採集林のどこに何が生えているか、俺よりずっとよく知っているらしい。
「あと、葉を爪で千切るな。切り口が傷んで、そこから先に黒くなる。刃物を使え」
言われて自分の指先を見た。爪の間が、うっすら緑に染まっていた。
「夏の盛りになると葉が固くなって、質が落ちる。そうなったら別のを頼むかもしれんし、頼まんかもしれん」
毎月これで食べていける、という話ではないということだ。
「これは、何になるんですか」
聞いてみると、トマさんは乳鉢を引き寄せながら答えた。
「熱冷ましの煎じ薬だ。大人にも使うが、子供の熱によく出る。苦いから、蜂蜜を足して飲ませる」
子供の熱。俺は二週間前の雨の待避所を思い出した。濡れた毛布にくるまって眠っていた、四人の子供の寝息を。偽銀葉が混ざっていたら、あの中の誰かが熱を出したときに、効かない薬を飲むことになっていたかもしれない。
「それでも、この質なら、次も買う」
トマさんはそう言って、受取書の控えを引き出しへしまった。引き出しの中には、ほかの採集人の控えらしい紙が何枚も重ねてある。俺の一枚が、その上に載った。
*
店を出て、通りの端で革の小袋を開けた。
昨日までの分と合わせて、百三十五枚。
荷揚げ場のガストンさんが、前に大声で言っていたことを思い出す。職人通りの小さい部屋なら、月に百二十ってとこだ、前払いでな。あの時は聞き流していた数字が、急に手の届く高さまで降りてきた。
部屋があれば、葉を自分の窓辺に干せる。ガストンさんの倉の軒を、いつまでも借りていなくて済む。森の端で夜を越すこともなくなる。誰かが俺に用があるとき、どこへ来ればいいか分かる場所が、町の中にできる。
同じ通りの金物屋で、採集用の小刀を見せてもらった。刃渡りが指二本ぶんほどの、柄に麻紐を巻いた小さなものだ。八銅貨。
八枚出しても、百二十には届く。ただ、部屋代を払ったあとに残るのは七枚だ。住み始めてからの汁物もパンも、そこから出る。俺はしばらく小刀を握ったまま、店の中で突っ立っていた。
前の人生でも、似たようなことで迷った覚えがある。仕事用の鞄が擦り切れて、買い替えるか、旅行の積立に回すか。結局、鞄の底が抜けて書類をぶちまけるまで買わなかった。あの時の書類の散らばり方は、今でも思い出せる。
小刀を買った。これは贈り物でも贅沢でもなく、次の十五束のための道具だ。
それから、隣の露店で麻の小袋を一つ、二銅貨で買った。革の小袋から百枚を数えて、新しい袋のほうへ移す。口をきつく縛って、腰の内側に結びつけた。こっちは部屋の分だ。こっちには手をつけない。
前の人生でも、給料日にはこうしていた。家賃の分を先に別の口座へ移しておかないと、月末に必ず困った。世界が変わっても、やっていることは同じだった。
屋台の汁物を四銅貨で一杯だけ頼んだ。いつもの汁物と同じ味のはずなのに、少しだけ塩が効いている気がした。
*
午後、荷揚げ場に戻ると、ガストンさんが倉の軒を見上げていた。
「葉っぱはどうなった!」
「売れました。全部」
「全部か! そりゃいい!」
ガストンさんは俺の背中を一度叩いた。荷揚げ場中の荷役がこっちを振り向いた。
「なら、次の葉っぱもそこに吊るせ! 樽の上は駄目だぞ!」
「分かってます」
軒下には、四日前に摘んできた二回目の葉が、まだ半乾きのまま吊るしてある。俺は一枚ずつ裏を見て回った。白い。白い。白い。
それから日暮れまで麻袋を運んで、十銅貨をもらった。
その晩は、晴れていたが麦わら亭に泊まった。部屋が見つかるまで、これからは毎晩そうすることに決めた。誰かが俺を探すなら、まずここに来ればいい。帳場の親父にもそう言っておいた。親父は「お前さんを探しに来る奴がいるのか」という顔をしたが、口には出さなかった。
六枚払って、藁布団の上で二つの袋を並べた。財布のほうは二十五枚。部屋の袋は百枚。百二十までは、あと二十枚。
次の納品で四十五。荷揚げ場が二日。宿代が――。
指を折りかけて、やめた。
買ったばかりの小刀を、枕元に置いた。柄に巻いた麻紐が、まだ新しい匂いをさせていた。




