違う葉っぱ
トマ薬種店の中は、今日も乾いた草の匂いがした。
壁一面の引き出しには、どれも字を書いた札が貼ってある。札は読めないが、天井から吊るされた草の束の並びと、引き出しの並びが同じ順番になっていることだけは分かった。この店には、俺に読めない理屈がたくさんある。
俺は麻袋をカウンターに置いた。昨日一日、共有採集林を歩き回って集めた銀葉草だ。両手で抱えるほどある。
トマさんは乳鉢を脇へ寄せ、何も言わずに袋の口を開けて、中身を布の上に空けた。それから一枚ずつ、指で裏返していった。
速かった。裏返して、右へ置く。裏返して、右へ。裏返して、左へ。
左の山が少しずつ増えていく。俺はその山を見ないようにしたが、見ないようにすると余計に気になった。
最後の一枚を裏返して、トマさんは手を止めた。
「買わない」
全部、という意味だった。
「左の分だけ除けて、ってことには……」
「ならない」
トマさんは右の山から一枚、左の山から一枚をつまんで、俺の前に並べた。
「裏を見ろ」
二枚とも、表は同じような緑色をしている。縁が波打っているところまで似ている。裏返すと、右の一枚には白い細かな毛がびっしり生えていて、指でなぞると柔らかい。左の一枚は、白っぽいだけで、つるりとしていた。
「偽銀葉だ。毒じゃないが、薬にもならん。混ざってたものを、混ざってないと言って売るわけにはいかない」
トマさんの声は乾いていて、怒っても呆れてもいなかった。それが、かえってこたえた。
最初の何株かは、俺もちゃんと裏を見ていた。そのうち、見なくても分かる気になっていた。白っぽければ全部同じだと思っていた。
前の人生で、仕様違いの品を取引先へ納めてしまったことがある。電話の向こうの担当者は今のトマさんと同じくらい落ち着いた声で、「全数、返品で」と言った。あの時は俺が発注書の型番を一文字読み違えたのだった。今回は、読み違える字すら読めていない。
「もう一つ」と、トマさんは付け足した。「自分で弾けるようになるまでは、陰干ししてから持ってこい。偽銀葉は乾くと黒ずむ。乾かせば、お前にも分かる」
最初から干して持ってくれば、自分で弾けたということだ。
「どうしたら、早く見分けられるようになりますか」
トマさんは布の上の葉を払いながら、少しも考えずに答えた。
「早く見分けようとしないことだ」
それは答えなのか、と思ったが、言い返せる材料が何もなかった。
俺は左の山の葉を一枚もらって、本物の一枚と並べて見本袋にしまった。トマさんは止めなかった。
*
その足で、北門から森へ戻った。
昨日採った場所は、北門から歩いて一時間ほどの、沢の近くの斜面だった。区域のずっと手前で、赤い布を巻いた境界杭はここからは見えない。あの杭を確かめに行った日のことを思い出しかけて、やめた。今日は葉っぱの日だ。見本袋から、トマさんに最初に借りた見本の葉と、さっきの二枚を出す。
斜面を見回して、俺はしばらく黙った。
生えている。同じような緑の葉が、斜面いっぱいに。日の当たる上のほうにも、湿った沢の縁にも。昨日の俺は、途中からこれを全部同じものだと思って、片っ端から摘んでいた。
影を伸ばせば、この斜面の葉を一度に全部摘むこともできる。たぶん、昼までに袋が十個は埋まる。そして、その十個は全部、さっきと同じ二つの山に分けられる。
俺はしゃがみこんで、一株ずつ葉を裏返した。
白い毛。つるり。白い毛。白い毛。つるり。
しばらく続けているうちに、偽銀葉は沢に近い湿った陰に多く、銀葉草は日の当たる上のほうに多いことが分かってきた。分かってきたが、上のほうにも偽物は混じっている。結局、一株ずつ裏を見るしかない。
影の指を何本も作って、葉を裏返す手伝いをさせた。裏返すところまでは影にもできる。白い毛があるかどうかを見るのは、俺の目だ。目は二つしかない。
*
昼を過ぎた頃、袋の底がやっと隠れるくらいの量になった。
昨日の、両手で抱えるほどの量とは比べものにならない。でも、この袋の中には、裏を確かめていない葉は一枚も入っていない。
沢をもう少し上ると、別の群生があるのが見えた。あれを全部確かめていたら日が暮れる。森で夜を明かして、明日の朝に続きをやれば、袋はもう一つ埋まるかもしれない。
俺は袋の口を縛りながら、指を折って数えた。
今日は、これを乾かす場所を探さなければいけない。明日は荷揚げ場で働かないと、財布が持たない。そして明後日は、昼過ぎから鈴蘭通りへ行く日だ。森に泊まって明日も葉を摘んでいたら、明日の稼ぎがなくなる。明日の稼ぎがなくなると――いや、それより。
明後日、遅れずに行きたかった。
前の人生では、予定は仕事が決めていた。納期と会議と、たまに帰省。誰かとの約束のために、ほかの何かを切り上げた記憶は、あまり多くない。
俺は沢の上の群生を見上げてから、背を向けた。あれは次でいい。草は逃げない。
*
町へ戻って、荷揚げ場のガストンさんに頭を下げた。
「葉っぱを干す場所? 倉の軒下なら空いてる! 樽の上は駄目だぞ!」
荷揚げ場中に響く声で許可が出た。それから、ガストンさんは吊るす前の葉を一枚つまんで、鼻に近づけた。
「食えるのか、これ」
「熱冷ましになるそうです。トマさんの店で使う草で」
「トマか! あいつ、俺が腰を痛めたとき、湿布の葉っぱを三回も選び直してから売りやがった。三回だぞ!」
三回選び直したのは、たぶん湿布の質のためだ。言わないでおいた。
ガストンさんは葉を俺の手に戻して、「樽の上は駄目だぞ!」ともう一度言った。大事なことは、二回とも同じ大きさで言う人らしい。
俺は軒下に麻紐を張り、葉の裏を上にして一枚ずつ吊るした。風が通ると、白い毛の面がいっせいに揺れて、日暮れの光を返した。
夕方から雨になった。麦わら亭で六銅貨を払い、屋台のパンに三銅貨。革の小袋の中は二十九枚になった。昨日も今日も、一枚も稼いでいない。
藁布団に横になると、雨が屋根を叩く音が強くなった。倉の軒は深かったから、たぶん大丈夫だ。たぶん、と思った途端に気になって、意識だけが荷揚げ場の方角を向いた。狐の姿だったら、耳もいっしょに回っていたと思う。ここから雨の当たり具合が聞こえるわけもないのに。




