第三話 ラスベルへの道
とりあえず戦闘は終わった。
ゴブリンの死体が街道に転がり、周囲には緊張が解けた空気が流れている。
改めて冒険者たちを見る。
大剣を持っていた大男は、どうやら動きやすさを重視した装備らしく皮鎧だった。
盾を持つ男は金属鎧を部分的に使った重装寄り。
その中間とも言える装備だ。
一方、双剣使いの女性はさらに軽装だった。
身軽さを優先した装備で、おそらく斥候も兼ねているのだろう。
ふくちーぬは負傷した大男の近くへ寄った。
皮鎧が外される。
「うわぁ……」
思わず声が漏れる。
肩、腕、脇腹。
矢傷が何本も刻まれていた。
出血量もかなり多い。
医療知識があるわけではないが、それでも重傷だと分かる。
(これ、日本だったら救急車案件だよなぁ……)
下手をすれば縫合三十針コース。
そんなことを考えていると、馬車の中から二人の男が降りてきた。
そのうちの一人が腰のポーチから小瓶を取り出す。
「ポーションを」
そう言って傷口へ液体を振りかけた。
傷口が淡く光る。
「おおっ!」
ふくちーぬのテンションが上がった。
(ポーションだ! 本物のポーションだ!)
異世界といえばポーションである。
ゲームやライトノベルで何度も見た憧れのアイテムだ。
傷口はみるみる塞がっていく。
だが完全ではなかった。
大男は顔をしかめながらも、よろよろと起き上がる。
「助かったぜ……」
どうやら命に別状はなさそうだ。
その様子を見て安堵していると、一行の視線が再びふくちーぬへ向けられた。
◇
馬車から出てきた中年の男が一歩前へ出る。
どうやらこの集団の代表らしい。
「私はルベルク商会のルベルクと申します」
丁寧な口調だった。
「本来この街道に現れるのはコモンモンスターのゴブリン程度です。しかし今回はアンコモンモンスターであるゴブリンソルジャーやゴブリンアーチャーまで現れました」
ルベルクは困ったように笑った。
「いやはや、本当に貴方に偶然出会えて助かりました」
そして深々と頭を下げる。
「お名前をお聞かせ願えますか?」
「ふくちーぬです」
「ふくちーぬ殿ですか」
ルベルクは頷く。
「もしよろしければ、ラスベルの町までご一緒しませんか?」
「ラスベル?」
「この先にある町です。お礼もお渡ししたいですし、私の商会もありますので、何かとお力になれるかと思います」
ふくちーぬは少し考えた。
右も左も分からない世界だ。
断る理由がない。
「お願いします」
こうして異世界で初めての縁ができたのだった。
◇
馬車は再び走り始めた。
車内にはルベルクと冒険者三人、そしてふくちーぬが座っている。
自然と自己紹介が始まった。
まず大剣使い。
「俺はゴンザレスだ」
大柄な体格に負けない豪快な声だった。
続いて盾を持った戦士。
「バルカンだ」
こちらは寡黙そうな男だ。
最後に双剣使いの女性。
「私はアルメル。よろしくね」
気さくな笑顔を見せる。
ふくちーぬも軽く頭を下げた。
「よろしくお願いします」
ひと通り紹介が終わると、ふくちーぬは当面の問題を口にした。
「実は、どうやら俺は迷い人みたいなんです」
一同の視線が集まる。
「この世界の常識も分からないし、お金もありません。もしお礼をいただけるのなら、この国の歩き方と少しのお金が欲しいです」
アルメルが頷いた。
「さっきの話を聞いていたけど、とても遠い場所から来たみたいね」
「まあ……そんな感じです」
「意図して来たわけではないのよね?」
「はい」
「なら問題ないわ」
アルメルは微笑んだ。
「今回の件のお礼と、町までの護衛報酬ってことで、一週間くらい生活できるお金なら用意できると思う」
「本当ですか!」
「ええ」
ふくちーぬは心から感謝した。
財布も身分証もない状態だったので助かる。
◇
「ところでよ」
ゴンザレスが口を開く。
「さっきは本当に助かったぜ。お前さんが来なかったら俺ぁ死んでたかもしれねぇ」
「いえいえ」
「それで何が聞きたいんだ?」
ふくちーぬは気になっていたことを尋ねた。
「まず、この国で冒険者になるにはギルドが必要なんですか?」
「おう。ラスベルには冒険者ギルドがある」
ゴンザレスは頷く。
「登録料を払ってスキル鑑定を受けりゃ冒険者だ」
「なるほど」
「ただな」
ゴンザレスは首を傾げた。
「お前さん、冒険者になりたいって言うが、何か戦えそうなスキルあるのか?」
「えーっと……」
ふくちーぬは少し考える。
「今日、生まれて初めて魔物と戦って、初級弓術と初級剣術をもらいました」
「ほう」
「あと、棒を持ったゴブリンも倒したけど、棒術はもらえませんでした」
するとゴンザレスは納得したように笑った。
「そこを勘違いしたか」
「え?」
「ゴブリンアーチャーとゴブリンソルジャーはアンコモンモンスターだ。だから倒せばコモンスキルが手に入る場合がある」
「へぇ」
「だが普通のゴブリンはコモンモンスターだ。コモンスキルは落とさねぇよ」
「そういう仕組みなんだ」
「知らねぇのも無理はねぇな」
◇
「コモンとかアンコモンって?」
ふくちーぬの質問にゴンザレスが指を折りながら説明する。
「モンスターにも格がある」
そして順番に数えた。
「コモン」
「アンコモン」
「レア」
「エピック」
「レジェンド」
「弱い順ですか?」
「そうだ」
ふくちーぬは真剣に聞く。
「そのモンスターを倒すと?」
「持っていないスキルなら、一つ下の階級のスキルが手に入ることがある」
「なるほど」
「まぁそれだけじゃない。普通は稽古して熟練度を上げてスキルを覚えるんだ」
「スキルって生えるんですか?」
「生えるぞ」
ゴンザレスは当然のように答えた。
「剣を振り続ければ剣術が生える。魔法を練習すりゃ魔法スキルが生える」
「へぇ……」
「だがなぁ」
ゴンザレスが腕を組む。
「普通の人間は一生かけてもレアスキルを取れりゃ大したもんだ」
「そんなに?」
「今回倒したアンコモンモンスターだって中級冒険者が相手にする程度だからな」
さらに続ける。
「レアモンスターだと、ゴブリンキングやオークジェネラル級になる」
「強そう……」
「普通は勝てん」
ふくちーぬは素直に頷いた。
どうやらかなり危険な世界らしい。
「棒術が欲しいなら、棍棒持ちのアンコモンオークでも狙うんだな」
ゴンザレスが笑う。
「いや、欲しかったわけじゃないんです」
「ん?」
「倒したらもらえるのかなって思っただけで」
「ああ、そういうことか」
◇
会話が一段落したところで、ふくちーぬは窓の外を眺めた。
(熟練度でスキルが生える……)
その言葉が頭から離れない。
(おいら、日本では還暦だったんだよな)
合気道二段。
気功師。
占い師。
チャネラー。
六十年生きてきた経験もある。
(その辺りのスキルは生えていてもおかしくないよな……?)
すると、その時だった。
頭の奥で、かすかに何かが反応した気がした。
まるでシステムが何かを確認しているような感覚。
ふくちーぬは思わず姿勢を正した。
(まさか……)
彼はまだ知らない。
前世で積み重ねてきた六十年という歳月が、この世界でどのように評価されるのかを。
第三話 完




