第二話 初級剣術と若返った俺
ゴブリンアーチャーを一体倒した。
頭の中にはまだ、先ほどの機械的な女性の声が残っている。
だが戦闘は終わっていない。
ふくちーぬは改めて街道の様子を観察した。
「あれ?」
冒険者たちの戦っている周囲を見回す。
すると、また一本の矢が森の中から飛んできた。
「まだいるのか……」
どうやら弓を持ったゴブリンは一匹ではなかったらしい。
放たれた矢は盾を持った冒険者の横をかすめ、地面へ突き刺さった。
位置は大体分かった。
街道から少し離れた森の中。
木々の陰に潜みながら射撃を続けているようだ。
ふくちーぬは足元に転がるゴブリンアーチャーの死体を見た。
弓。
矢筒。
どちらもまだ使えそうだ。
「弓なんて使ったことないけど……」
そう言いながら拾い上げる。
そして先ほど聞いたアナウンスを思い出した。
「まあ、スキルが生えたんだから何とかなるだろ」
妙に楽観的だった。
夢だと思っているからだ。
そのまま森の中を回り込み、もう一匹のゴブリンアーチャーの斜め後方へ移動する。
木の陰に隠れているゴブリンの姿が見えた。
こちらには気付いていない。
矢をつがえる。
「当たるかな?」
まるでゲームセンターの射的でもするような感覚だった。
弦を引く。
離す。
シュッ。
矢はまっすぐ飛んだ。
そして。
ドスッ。
ゴブリンアーチャーの肩に突き刺さった。
「おお」
思わず声が漏れる。
初弓にしては上出来だ。
もっとも、相手もこちらも止まっている。
さすがにスキル補正があれば当たるらしい。
ゴブリンアーチャーは悲鳴を上げながら振り向いた。
「ごめんな」
ふくちーぬは二本目を放った。
今度は胸。
正確には心臓の辺りだ。
矢は狙い通りに突き刺さる。
ゴブリンアーチャーはそのまま崩れ落ちた。
直後。
例のアナウンスが響く。
「おお?」
ふくちーぬは目を丸くした。
「レベルアップ?」
一匹倒しただけで?
ずいぶん簡単だな。
「ひょっとして百匹くらい倒したら中級弓術になるのかな?」
ゲーム感覚でそんなことを考えた。
もっとも。
実際にはそんな単純な話ではない。
レベル2から3にするには二倍。
3から4はさらに二倍。
高レベルになるほど必要経験値は跳ね上がる。
その事実を知るのは、まだ先の話だった。
◇
再び冒険者たちへ目を向ける。
状況は決して良くない。
大剣を持った大柄の男。
どうやら先ほどの弓にやられたらしく、地面に倒れている。
戦闘継続は不可能そうだった。
一方で大型ゴブリンも一体倒れている。
つまり数は減った。
だが依然として不利だ。
盾と剣を持った男が二匹の大型ゴブリンの相手をしている。
双剣使いらしい女性冒険者は、小型ゴブリンたちを抑えていた。
しかし完全に膠着状態だ。
「うーん……」
助けるべきだろうか。
正直、弓なら奇襲できた。
だが動き回る相手へ矢を当てる自信はない。
そう考えていた時だった。
ふくちーぬの目が光る。
倒れている大型ゴブリンの近く。
そこに剣が転がっていた。
「お」
自然と足が動く。
森の陰を利用して接近する。
冒険者もゴブリンも戦闘に集中しており、こちらには気付いていない。
剣を拾う。
ずしりと重い。
「木刀よりは重いな……」
合気道の稽古で素振りくらいはやったことがある。
剣術経験はない。
だが全くの素人でもない。
そして何より。
相手は背中を向けていた。
ふくちーぬは深呼吸する。
一歩踏み込む。
そして。
袈裟斬り。
剣が振り下ろされた。
大型ゴブリンの首筋から胸元にかけて深い傷が刻まれる。
ゴブリンは悲鳴を上げる間もなく崩れ落ちた。
再び声が響く。
「やった!」
思わずガッツポーズをする。
ゲーム好きだったら絶対に喜ぶ場面だ。
その勢いのまま、残る大型ゴブリンにも襲い掛かる。
今度は盾の冒険者との挟撃だ。
大型ゴブリンはあっけなく倒れた。
さらに双剣の女性冒険者の元へ駆け寄る。
混戦になっている小型ゴブリンたち。
そのうち一匹を後ろから斬り伏せた。
だが。
何も聞こえない。
「ん?」
もう一匹倒す。
それでも聞こえない。
「初級棒術とか生えないの?」
ちょっと残念だった。
どうやら全てのモンスターが新スキルをくれるわけではないらしい。
◇
そして。
ようやく戦闘が終わった。
最後のゴブリンが倒れる。
静寂が戻った。
「ふう」
ふくちーぬは空を見上げた。
「さて」
そろそろだろう。
夢イベント終了。
現実世界へ帰還。
自宅の椅子の上で目を覚ます。
そうなるはずだ。
一秒。
二秒。
三秒。
何も起きない。
「……あれ?」
景色が変わらない。
風も吹いている。
森の匂いもする。
手に持った剣の重みも残っている。
「おかしいな……」
すると。
一人の冒険者が近づいてきた。
盾を持った青年だ。
「お兄さん、ご助力感謝する」
「うん?」
ふくちーぬは眉をひそめた。
お兄さん?
いやいや。
こっちは還暦だ。
どう考えても嫌味である。
そう思った時。
青年の鎧に自分の顔が映っていることに気付いた。
「え?」
ふくちーぬは固まる。
そこに映っていたのは。
二十代前半ほどの青年だった。
黒髪。
若々しい顔。
肌にシワひとつない。
「……誰?」
いや。
自分だ。
どう見ても自分だった。
若返った自分だった。
「ええぇぇぇぇっ!?」
心の中で絶叫する。
◇
「いや、偶然通りかかっただけで」
何とか平静を装いながら答える。
冒険者は笑った。
「そうか。兄さん、どこへ向かってるんだ?」
「太陽系第三惑星の地球の日本から来たんだけど……」
「?」
「ここどこ?」
「…………」
一瞬の沈黙。
冒険者は本気で考え込んでいた。
やがて口を開く。
「ここはラスベルの町へ続く街道だ」
「ラスベル……」
「日本という町は知らないな。ずいぶん遠くから旅してきたんだな」
話が噛み合っていない。
だが一つだけ確かなことがあった。
この男は演技をしているようには見えない。
本気で日本を知らないのだ。
ふくちーぬの背筋に冷たいものが走る。
「まさか……」
異世界。
本当に?
そんな馬鹿な。
だが現実は容赦しない。
冒険者たちは倒れた大男の応急処置を始めていた。
その光景を見ながら。
ふくちーぬは人生で初めて、本気でこう思った。
「俺……帰れないのか?」
還暦の誕生日を迎えるはずだった夜。
その人生は終わった。
そして、新しい人生が始まろうとしていた。
第二話 完




