第十二話 セーフティーエリアの夜
アンコモンモンスター二体。
コモンモンスター二体。
そんな出現地点でひたすら熟練度上げをしているうちに、空が赤く染まり始めた。
「へぇ……」
ふくちーぬは空を見上げる。
「ダンジョンの中でも昼と夜があるんだ」
異世界の中にさらに異世界が広がるような場所だ。
太陽まで再現されているとは思わなかった。
するとゴンザレスが声を掛けてくる。
「そろそろセーフティーエリアへ行くぞ」
◇
ふくちーぬは少し期待していた。
(異世界の宿屋かぁ)
しかし現実は少し違った。
近くの祠へ移動。
魔石を人数分奉納。
そして転移。
到着した場所は大きな広場だった。
屋台。
浴場。
商店。
確かに安全区域だ。
だが。
「宿屋じゃないの?」
そう思っていると。
ゴンザレスたちは荷物からテントを取り出し始めた。
◇
「いやいやいや」
ふくちーぬは思わず突っ込む。
「そのポシェットサイズの鞄から何でテントが出てくるのさ」
だが異世界である。
どうせマジックバッグなのだろう。
聞く前に答えは分かっていた。
◇
それより気になった。
「そういえば何で宿屋に泊まらないの?」
すると珍しくバルカンが答えた。
「高い」
「どのくらい?」
「一泊」
「うん」
「一人につきレアモンスターの魔石一個」
◇
「高っ!!」
ふくちーぬは叫んだ。
アルメルが補足する。
「アンコモンなら十個」
「コモンなら百個ね」
◇
計算する。
四人パーティー。
一泊。
コモン換算で四百個。
いやその他の経費を考えると五百個近い。
今日一日の成果は到底及ばない。
◇
「そりゃテントになるか……」
納得だった。
◇
さらに。
屋台。
浴場。
補給。
全部魔石が必要だった。
宿屋に泊まるのは、
高ランクモンスターを安定して狩れるようになってから。
あるいは宝箱で当たりを引いた時。
それくらい贅沢らしい。
◇
そう。
宝箱だ。
実はふくちーぬには不満があった。
「今日さ」
「うん?」
「宝箱一個も見てない」
◇
アルメルが笑う。
「だって今日何しに来たと思ってるの」
「熟練度上げ」
「そういうこと」
ふくちーぬにはまだピンと来なかった。
◇
そこでゴンザレスが説明する。
「宝箱はその辺に転がってない」
「そうなの?」
「そんな目立つ場所にあったら他の冒険者が取ってる」
確かにその通りだ。
◇
「モンスター倒したら出るわけでもないし」
「えっ」
てっきりそうだと思っていた。
◇
アルメルが続ける。
「レアモンスターが出る領域へ行く」
「うん」
「見つからないように探索する」
「うん」
「そして宝箱を探す」
「危なくない?」
「危ないわよ!」
◇
アルメルは即答した。
「私なんか何回もレアモンスターに見つかって命からがら逃げたんだから!」
◇
ゴンザレスも笑う。
「それでも儲かるんだ」
「そんなに?」
「武器や防具」
「拠点」
「スキル付き装備」
「大当たりなら人生変わる」
◇
アルメルがゴンザレスを指差す。
「その大剣も宝箱産」
「え?」
今度はバルカン。
「盾も」
アルメル。
「私の双剣も」
◇
(宝箱探索してみたいなぁ)
ふくちーぬは少し憧れた。
◇
するとゴンザレスが言う。
「まだ早い」
「え?」
「お前まだ初心者だろ」
◇
そして一言。
「魔物に見つかる前に技名叫ぶ奴をレア領域へ連れて行けるか」
◇
全員うなずく。
◇
ふくちーぬは赤面した。
確かにその通りだった。
今の自分は時限爆弾みたいなものである。
◇
テント設営を終え。
浴場へ行き。
屋台で夕食を取る。
そんな時だった。
◇
「君たち見ない顔だね」
中年冒険者四人組が声を掛けてきた。
◇
「いつ冒険者になったんだい?」
どうやら若返ったせいで新人扱いされているらしい。
ふくちーぬが素直に答える。
「昨日です」
◇
「昨日!?」
おじさん達が驚く。
◇
「今どの辺りで活動してるの?」
「アンコモン二体、コモン二体の辺りですね」
◇
今度は全員固まった。
「無茶だな!」
「死ぬぞ!」
「俺たち十年以上やって、やっとその辺りなのに!」
◇
そして。
「良かったら明日一緒に行動しないか?」
◇
ふくちーぬは返答に困った。
そこでゴンザレスが前に出る。
「ありがたいですが遠慮しておきます」
「そうか……」
◇
その後。
一行はテントへ戻った。
◇
アルメルが焚き火を見つめながら口を開いた。
「さっきのおっさんたち、どっちだと思う?」
ゴンザレスは少し考えてから答える。
「本当に親切だったのかもしれん」
一拍置いて続けた。
「だが八割方、良からぬことを考えているだろうな」
ふくちーぬは首を傾げた。
「良からぬことって?」
アルメルは呆れたような顔になる。
「あんた、そういうところ鈍いわよね」
「え?」
「私たちはもう中堅冒険者になったから最近は無いけど、若い頃は結構あったのよ」
そう言って焚き火の向こうを見た。
「親切そうに近づいてきて、見返りを求める奴ら」
「見返り?」
「そう。守ってやるとか、稼がせてやるとか、色々理由は付けるけどね」
アルメルはため息をつく。
「結局、自分の欲を満たしたいだけの連中もいるのよ」
ふくちーぬは眉をひそめた。
(それって犯罪じゃないのか?)
そう思ったが、どうやらこの世界の価値観は違うらしい。
アルメルは淡々と続ける。
「ダンジョンの中では殺人や追い剥ぎは重罪よ」
「それはそうだろうね」
「でも恋愛は自由」
「いや、それ恋愛かな……?」
思わず本音が漏れた。
アルメルが苦笑する。
「そう思うでしょ?」
「思う」
「でも相手が同意したことになってれば、そこで話は終わり」
なんとも後味の悪い話だった。
現代日本で生きてきたふくちーぬには納得しがたい。
しかしここは東京ではない。
異世界だ。
それも封建制度の色濃く残る世界である。
権力も、力も、身分も、日本とはまるで違う。
アルメルはさらに続けた。
「被害者は男も女もいるわ」
「男も?」
思わず聞き返した。
「そっちの方が多いかもね」
アルメルはあっさり答えた。
「新人冒険者の頃に年上の冒険者の庇護を受ける代わりに、って話は珍しくないもの」
「へぇ……」
「もちろん全員がそうじゃないわよ。でもそういう話は昔からある」
そう言われて、ふくちーぬは少し考える。
古代ローマの記録。
戦国時代の武家社会。
似たような話を聞いたことがある。
必ずしも善悪だけで割り切れない、人と人との力関係。
異世界もまた、そういう社会なのだろう。
アルメルは肩をすくめた。
「女の場合は妊娠の問題もあるしね」
「なるほど」
「だから新人の男の子の方が声を掛けられることは多いかも」
「うわぁ……」
思わず本音が漏れる。
そんなふくちーぬを見て、ゴンザレスが豪快に笑った。
「まあ安心しろ」
「ん?」
「俺たちは見た目こそ若返ったが、腐っても中堅冒険者だ」
バルカンも頷く。
「問題なし」
「それに」
ゴンザレスはふくちーぬを指差した。
「お前はアンコモンジョブ持ちだろ」
「うん」
「もし本当に面倒なことになっても、逃げ切るくらいは余裕だ」
その言葉で場の空気は少し軽くなった。
ふくちーぬも苦笑する。
確かにゴブリン相手なら普通に戦えるようになっていた。
昨日まで一般人だったことを考えると恐ろしい変化である。
やがて話題も尽きた。
焚き火の火も小さくなっていく。
一行はそれぞれテントの中に入った。
寝袋へ潜り込みながら、ふくちーぬは思う。
異世界は夢見た冒険の世界だ。
だが同時に、人間の欲や打算も存在する現実の世界でもある。
そう簡単に「優しい世界」ではないらしい。
そんなことを考えながら目を閉じる。
ダンジョンでの最初の夜は、静かに更けていった。




