第十話 ヒーローは叫びたい
鳥居をくぐった瞬間、景色が一変した。
ふくちーぬが想像していたダンジョンは、石造りの地下迷宮だった。
昔のゲームに登場するような暗い通路。
方眼紙を片手にマッピングするような場所。
そんなイメージである。
だが実際は違った。
目の前に広がっていたのは青空の下の大平原。
風に揺れる草原。
遠くの森。
小川まで流れている。
「ダンジョンって何だっけ……」
ふくちーぬは思わず呟いた。
どう見ても異世界の大自然である。
しかも異世界の中に、さらに異世界があるような不思議な感覚だった。
◇
「先に説明しておこう」
ゴンザレスが歩きながら講義を始めた。
「以前にも説明したが外の魔物とダンジョンの魔物は違う」
「どう違うの?」
「外の魔物は倒すと死体が残る」
「うん」
「ダンジョンの魔物は残らない」
「うん」
「倒すと魔石になる」
なるほど。
だからダンジョンでは素材狩りではなく魔石集めが主流らしい。
でも、ダンジョンの魔物は本当に生き物なのだろうか。
外の魔物は死体が残る。 ダンジョンの魔物は魔石になる。
そう考えるとまるで別物だ。
龍神様が魔石から魔法で生み出している存在なのだろうか。
そんな疑問が頭をよぎった。
◇
「魔石は通貨になる」
「お金?」
「ああ。ダンジョン内でも使えるし、外へ持ち出して換金もできる」
「便利だな」
さすが龍神様である。
ダンジョン経済まで整備されていた。
◇
「それから」
今度はアルメルが説明を引き継ぐ。
「ダンジョンの中には祠があるの」
「祠?」
「そこへ魔石を奉納すると、別の階層へ移動できる」
「便利!」
「入口にも帰れるわよ」
「さらに便利!」
◇
「セーフティースペースもある」
バルカンが珍しく長めに喋った。
「宿屋」
「食堂」
「風呂」
「ある」
「マジで?」
ふくちーぬは驚いた。
冒険というより旅行である。
◇
さらに説明は続く。
低階層に出るのはコモンモンスターだけ。
コモンモンスターからスキルは得られない。
代わりに熟練度は手に入る。
宝箱から出るのは保存食や水、初級ポーションや初心者向け装備が中心。
そして何より重要なのは、
「龍神様は人類を育てたい」
という前提だった。
◇
「だからな」
ゴンザレスが言う。
「ダンジョンに入った人数以上の魔物の群れには襲われない」
「えっ」
「四人パーティなら四体程度」
「親切設計だ」
ふくちーぬは感心した。
本当に人類育成プログラムである。
至れり尽くせりだ。
◇
「あとスライムは放置な」
「モンスターなのに?」
「掃除屋だから」
アルメルが答える。
「ゴミを食べてくれるの」
「益虫みたいなもの?」
「益モンスターね」
「私たちの拠点のトイレにもダンジョン産のスライムがいるわよ」
「へぇ」
そこでふと疑問が浮かぶ。
ダンジョンの魔物って、外へ持ち出してもいいのだろうか。
顔に出ていたのかもしれない。
アルメルが苦笑した。
「変なこと考えてるでしょ?」
「ちょっと」
「大丈夫よ。ダンジョン産スライムは普通にギルドで売ってるから」
「なるほど」
◇
一通り説明を聞き終えたふくちーぬは感想を漏らした。
「龍神様、すごく面倒見いいな……」
「だからといって油断は禁物だぞ」
ゴンザレスが釘を刺す。
「自分の実力を見誤って死ぬ冒険者もいる」
「身体の一部を失う奴もな」
アルメルも真面目な顔になる。
そこだけは現実らしい。
◇
スターファイターは普段アンコモンモンスターの出る階層で活動している。
だが今回は違う。
ふくちーぬとの連携訓練。
そして全員の熟練度上げ。
そのため低階層でしばらく活動する予定だった。
◇
そんな話をしていると。
草むらの奥が揺れた。
身長一メートルほどの緑色の影。
ゴブリン。
一体。
二体。
三体。
四体。
きっちり四匹だった。
「なるほど」
ふくちーぬは納得する。
確かに四人パーティなので四体だ。
◇
ゴンザレスが言った。
「連携訓練の前に」
「うん」
「まずフクチーヌ一人でやってみるか?」
「えっ」
アルメルも頷く。
「危なくなったら助けるから」
バルカンも親指を立てた。
「問題なし」
◇
こうして。
ふくちーぬのダンジョン初陣が決まった。
相手はコモンゴブリン四体。
油断と慢心は禁物。
ついさっき教わったばかりの言葉を心で唱える。
◇
ふくちーぬは前へ出る。
距離三十メートル。
ゴブリンたちはまだ気付いていない。
◇
そこで龍神の柄を高く掲げた。
「チャッピー!」
『はい!』
「精霊パワーメークアップ!」
◇
チャッピーは一瞬固まった。
だが意図を察したらしい。
精霊術を流す。
龍神剣が輝く。
水色の刀身が現れた。
◇
そして。
叫んだ声でゴブリン達に気付かれた。
「ギャッ!?」
「ギギャー!」
四体が一斉に走ってくる。
◇
「しまった」
ふくちーぬは思った。
まだ戦闘開始前だった。
だがもう遅い。
◇
先頭が飛び掛かる。
龍神剣が一閃。
袈裟斬り。
一体目撃破。
◇
続く二体。
ふくちーぬは左手を向ける。
「気功砲!」
ドンッ!
片方の膝に当たり、ゴブリンが転倒する。
◇
残る一体が接近。
これも龍神剣で斬り伏せる。
◇
転んでいたゴブリンが起き上がろうとする。
その瞬間。
ふくちーぬは左手を突き出した。
「シャボンブラスター!」
◇
ぽん。
ぽぽん。
ぽぽぽぽん。
大量のシャボン玉が飛ぶ。
◇
ゴブリンの顔面で一斉に破裂。
視界を塞ぎ。
音を散らし。
ゴブリンは混乱する。
「ギャッ!?」
「ギェッ!?」
◇
その隙に最後のゴブリンを斬り伏せる。
さらに転倒したままのゴブリンへ近付き。
一撃。
戦闘終了だった。
◇
ふくちーぬは龍神剣を振る。
ブゥン。
水の刀身が空気を裂く。
そして気を止める。
刀身を構成していた水が地面へ落ちた。
ぱしゃり。
◇
「チャッピー!」
『やったね!』
「初陣成功だ!」
『すごくヒーローっぽかった!』
「だよね!」
二人で盛り上がる。
◇
そこへスターファイターの三人が歩いてきた。
ふくちーぬは褒められる準備をした。
顔がにやけそうになる。
必死で真面目な表情を作る。
「どうだった?」
◇
沈黙。
◇
さらに沈黙。
◇
やがてアルメルが口を開いた。
「……なんで叫ぶの?」
◇
「え?」
「バカなの?
◇
ゴンザレスとバルカンも無言で頷く。
◇
「え?」
ふくちーぬは困惑する。
必殺技を使う前に技名を叫ぶ。
戦隊ヒーロー。
魔法少女。
少年漫画。
常識ではないのか?
◇
「おいらのいた世界では」
ふくちーぬは説明する。
「戦う時のお約束みたいなもので……」
◇
アルメルが即答した。
「いらない」
◇
ゴンザレスも頷く。
「戦う前に相手へ居場所を教えてどうする」
◇
バルカン。
「問題あり」
◇
初めて否定された。
◇
ふくちーぬは反省した。
少なくとも異世界では。
技名は心の中で叫ぶことにしよう。
◇
するとチャッピーから思念が届く。
『私は今後も付き合うわよ?』
『精霊パワーメークアップ!』
◇
ふくちーぬは思った。
どうやら一番の理解者は、この小さな水の精霊らしい。
第十話 完




