第84話 6秒数えろ
エイラ殿下からの返書によれば、『世界蛇の牙』は、帝都に、それも第一皇統派の貴族の館に現存している。
その貴族の名は『《《フレキセン侯爵》》』。なんと、ことの黒幕であるフレキセン侯爵の館に世界蛇の牙は所蔵されているのだ。
渡りに船だが、考えてみれば当たり前のことではある。
そもそもブリュンヒルデの暗殺未遂から始まる一連の事件の黒幕がフレキセン侯爵であるのなら呪いの元となる世界蛇の牙をフレキセン侯爵が所有しているというのは当然だ。でなければ魔導士に依頼して呪いをかけるなんてことはできない。
……正直、都合がよすぎるという思いがなくもない。
これが何らかの罠、例えば第一皇統派内の離間を意図したものであればその見事さに感心するほかない。
だが、今はこの情報を精査する時間も、手段も、余裕もない。
なので、行動する。
報告も相談もあえてしないのでこの行為の責任はオレの身に帰する。あとでなにがあったとしてもジークリンデに類が及ぶことはないように最大限の配慮はした。
オレは彼女の盾であり、槍だ。血にまみれ、泥に沈むことを厭いはしない。
「頼もう! キリアン・シグヴァルトである! 火急のように手参上した! 開門されたし!」
そういうわけでオレはトモエと騎士たちを引き連れて、帝都の郊外にあるフレキセン侯爵邸を尋ねた。否、殴り込みに来た。
目的は『世界蛇の牙』の強奪と一連の事件の報復。
ブリュンヒルデを殺しかけ、ついでにオレの暗殺を試み、挙句の果てに、ジークリンデを悲しませた。
許しがたいことだ。
本当なら殴り込みどころか、館に火を付けて一族郎党をさらし首にしてやってもまだ足りないくらいだが、今日のところはこれくらいで済ませてやるとしよう。
「返答なきは了承と解釈する! 行くぞ皆の衆!」
「応!」
怒号と共に、館の門を蹴破る。右足の一撃に鉄格子の扉が吹き飛んでいった。
そのままオレを先頭にして赫奕剣騎士団はフレキセン侯爵邸へと乗り込んでいく。
トモエは無論のこと騎士たちにも事情は言い含めてある。もしこの件で何かあったとしても責任を問われるのはオレであるし、仮に累が及ぶとしてもシグヴァルト家ならびに第一皇統派が親類縁者の面倒を見るという約束もした。
もっとも、騎士たちはそんな保証をするまでもなく士気旺盛、つまりはやる気満々だった。
やられたらやり返す、根絶やしだ、というトモエの理念が教え子たちの骨の髄にまで染みついているらしい。
「御免!」
続けざま、館のドアも蹴飛ばす。
いい加減応戦してきてもいい頃合いだが、反応が鈍い。
罠、というわけではないだろう。使用人たちが慌てて逃げ回っているのを視界の端で捉えた。
「な、なにごとだ! 貴様ら! なんのつもりだ!」
そうして正面ホールまでもを制圧されて、ようやく騎士が出てくるが、ここまで制圧できた時点で決着はすでについている。
といっても、今回の目的は館の制圧や住人の皆殺しではなく物品の奪取だ。
隅々まで制圧する必要がある以上、これで終わりではない。
「キリアン・シグヴァルトである! 火急の用で来たと告げたはずだが、耳が遠いのか?」
「なっ!? シグヴァルト!?」
オレの再びの名乗りに、フレキセン家の騎士たちがどよめく。
帝都に常駐しているだけあってオレの噂も耳に入っているらしい。
騎士の数は、二階に3人、一階に2人か。
ほかに潜んでいる可能性はあるにはあるが、そいつらが出てきたとしても制圧するのはそう難しくない。
おっと、間抜け発見だ。
下の階の奥の扉、そこから身を隠してこちらを伺っている騎士はあの時取り逃がした二人の内の一人に間違いない。
一石二鳥どころか、三羽目の鳥がノコノコ飛んできたわけだ。
…………どうにもうまくいきすぎている気はするが、今ばかりは日ごろの行いがよかったと割り切っておく。
騎士たちに仕掛けてくる様子はない。
おそらく指示する者がいないせいだ。家令か、あるいは城代を待っているのだ。
もしくは、もっと大物がいるということも考えられるが――、
「――な、なにごとだ! なにがあった!」
中央階段からドタドタと降りてくるのは、寝間着姿の貴族だ。
丸顔の小男。シミ一つない白い肌をしていて、額から汗を流していた。
完全に泡を食っている。
奇襲を受けたのだから当然の反応ではあるのだが、かの大貴族の跡取りにしては役者不足もいいところだ。
この人物の名は、おそらく――、
「フレキセン家ご嫡男、ルーゴ・フレキセン殿とお見受けしますが、いかに?」
オレはあえて声を張り上げず、なんでもないかのような調子で話しかける。
相手は混乱の極みにある。そういう時は存分に振り回してやるに限る。冷静に考える時間など与えてやるものか。
「い、いかにも、私はルーゴ・フレキ――」
「――キリアン・シグヴァルトです。さっそくですが、談判と参りましょうか!」
「し、シグヴァルト!? あ、あの!?」
今にも腰を抜かしそうなルーゴを捕まえて、無理やりに肩を組む。
というよりはほとんどヘッドロック状態で階段を上がっていく。
「いやはや、あのフレキセン侯爵のご令息とこんなところでお会いできるとは、幸運なことあるものだ、なあ、ルーゴ殿」
「い、いや、ここは、当家の館なのだから――」
「そういえばシグヴァルト家とフレキセン家は遠い遠い親戚なのだそうで。であれば、応接間ではなく書斎で話をいたしましょう。そうしましょう」
ルーゴを引きずるようにして館の奥へ。
フレキセン家の騎士たちは手を出して来ない。自分達の若君を人質にとられているのだから当然ではあるが、そもそもこんな状況になっていること自体が落ち度。同情の余地はない。
こういう館の構造は大抵どこも同じだ。
一番大事なものは書斎か、蔵に保管してあるもの。蔵の方はトモエに任せてあるので、オレは書斎だ。
書斎も蔵もあるのは館の奥と相場が決まっている。
「おお、ここが書斎ですね! では、ご無礼!」
ひときわ堅牢で、豪華なドアを見つけたので突撃する。
重たいドアを全力で蹴破り、内部へと。金属製の扉はちょうつがいごと外れて、室内に倒れた。
やはり書斎だ。だが、予想外の人物がこちらを見ているのに気付く。
今オレがわきに抱えているルーゴとよく似た中年貴族だ。
フレキセン侯爵その人、ではない。侯爵は確か今年で70歳。彼にしては若い。
となると、親戚の誰かか……、
「ルーゴ!? なにごとだ!?」
慌てて立ち上がる中年貴族。見れば見るほどルーゴとそっくりだ。
「お、叔父上た、助けてぇ!」
叔父上か。
……となると、フレキセン侯爵の兄弟だな。確かバルゴだったか。爵位は確か伯爵。高齢のフレキセン侯に代わって帝都での仕事を代行しているのが彼だったはず。
…………やれやれ。都合よく揃いすぎだ。黒幕と実行犯との間の、いわば、指示役というわけだ。
「どうも! キリアン・シグヴァルトです! ご無礼をお許しを! 甥御殿と若者同士親睦を深めているのです!」
「た、たすけてぇぇぇぇぇぇ!」
「し、シグヴァルト!? な、なぜ貴様がここに!?」
ルーゴを捕まえたまま、部屋の中に視線を走らせる。
フレキセン家の祖がかつて『世界蛇』を討伐した勲章として持ち帰ったという『世界蛇の牙』。まさか呪いの源として用いたものを部屋の中に飾っているなんてことはないと思うが……、
「――マジかよ」
飾っていた。それも一番目立つ書棚の上に。
幾重にも連なった鋭利な牙。
蛇の死骸からはぎとられてすでに千年近くが経過しているだろうに、まるでまだ生きているかのような威圧感があった。
間違いなく本物だ。
根拠は直感のみだが、貴族として備わった本能、神々から授かった恩寵がそう言うのだから信じられる。
「おお! 素晴らしい品だ! フレキセン家の家宝たる『世界蛇の牙』ですね!」
「へ!? い、いや違う! それは違う!」
慌てふためくバルゴ卿。その否定がオレの確信を後押しした。
よし、やっちまおう。ここまで押し入った以上、ついでに強盗してもそんなに罪状に違いはない。
「いやあ! 素晴らしい品だ! 大変気に入りました! 少しお借りしても? よろしい? ありがとうございます!」
「なっ!? ま、まだ何も言っていないぞ! やめろ!」
「ぐへっ!?」
ルーゴを放り投げ、書棚の上の牙を強奪する。
ふむ。実際にこいつを手にして確信を得られた。確かに本物だ。
これがあればブリュンヒルデの命は助かる。
ジークリンデも安心してくれることだろう。
フレキセン侯爵家は今回の件を訴訟するなり、報復するなりしてくるだろうが、やれるものならやってみろだ。
そのときはこっちもブリュンヒルデとオレの暗殺未遂を証拠付きで持ち出すまでの事だ。
となれば、ここに用はない。
あまりやりすぎてもジークリンデの名に傷をつけることなりかねないし、他派閥の付け込む隙にもなる。ひき時だ。
まあ、少しスッキリもした。今世紀最大クラスの間抜け面も拝めたことだし、今はよしとしよう。
「ば、蛮族めが! 貴様のようなものは熊の毛皮を着て辺境に閉じこもっておればいいのだ!」
「ええ。自分でもそう思います。では、失礼」
負け犬の遠吠えを背にして、オレは堂々と出口へと進む。
左手には『世界蛇の牙』。借りるとは言ったが、返すつもりはない。
そもそも、こんな小物にこれ以上使う時間はない。
ジークリンデを悲しませた報いはいずれ受けてもらうが、今はまず、ブリュンヒルデの命を――、
「第一皇女殿下も殿下だ。こんな輩を重用するなど、あの噂もあながち嘘でも――」
「噂だと」
瞬間、血液が氷になった。
心底から激怒した時はいつもそうだ。理性が冷たい怒りに席を譲った。
頭の中で、俯瞰している自己がやめろと叫ぶ。
だが、すでに行動を決定している。右の拳はすでに握られていた。
……確かこういう時は6秒数えるんだったか。
…………無理だな。こんなのは本気の本気で怒ったことのない人間のたわごとだとオレは思う。
「ふん! なんだ貴様、知らんのか! そんなことでよく従者が務まるな!」
「やめろ。その先を口にするな」
「は! よほど都合が悪いのか! なぜ、わしが貴様のような若造の言うことを聞かねばならんのだ!」
オレの警告を間抜けが曲解する。もう間合いに入った。
どうやら命が惜しくないらしいが、殺してはジークリンデのためにならない。
そうささやく理性の声もあるが、体と心はもう覚悟を決めていた。
「皇太子であった第一皇子殿下、『トーリン』様が亡くなったのは、第一皇女殿下のせ――グヴォア!?」
踏み込みと共に、渾身の右拳を間抜けの顔に叩き込む。
顎を粉砕する確かな感触。バルゴの体が吹き飛んで背後の窓を突き破った。
だが、まだ生きている。それを許した覚えはない。




