第83話 殴り込み大作戦
オレは約束通り、日が沈むころには近衛兵団の兵舎から解放された。
解放される際にも見張り役が恐懼して、目を泳がせていたのは情けないのを通り越して同情するほかない。
どうやら騎士たちの大半はオレに関する風聞をうのみにしているようで、腹を立てたオレに内臓を引きずり出されると思い込んでいるようだった。
まあ、面倒が少なくてすむのは助かる。悪名も使いようだな。
と、そんなことを思っていたのだが、本当の理由に気付いたのは監禁室から出た後のことだ。
「迎えに来たぞ、キリアン!」
兵舎から出るとオレを迎えたのはトモエと彼女に率いられた完全武装の騎士たちだった。
赫奕剣騎士団の騎士たちだ。顔ぶれにも見覚えがあるし、なにより、騎士団の紋章の入った旗を掲げているんだから誰が見ても赫奕剣騎士団だと分かる。
もはや、殴り込み寸前だ。オレが兵舎から出るのが少しでも遅れていれば押し入りかねない風情だった。
近衛兵団の騎士たちが動転しているわけだ。彼らにしてみれば喉元に剣を突きつけられているのに等しい。
「おまえら、一体何を……」
「だから、迎えに来た。我らが副団長をな」
トモエが声を上げると騎士たちが続く。完璧に統率されて、士気も旺盛だ。
非常に頼りになるが、ここでそれを発揮してもらっては困る。
「無論、姫御の許可は得ているぞ。というか、迎えに行くよう命じたのはあの方だ」
……ジークリンデの命令というのはなんとなく予想はついていた。
トモエは意外と政治的な判断力はある。こうした無茶をなさるのはどちらかと言えばジークリンデだ。
オレを案じてのことだ。最悪の場合、オレを奪回すべしという含みもあったに違いない。
ここまで気にかけていただけるとはありがたいことだ。ここはオレもよく半日もの間堪えたくださったと思うことにしよう。
「ご苦労。だが、その必要はない。すでに誤解は解けている」
「誤解?」
オレの言葉に、トモエが眉をひそめる。
彼女にしてみればオレを連行しておいて誤解もくそもないだろうという認識なのだろうが、近衛兵団の動きはきわめて政治的なものだ。
そう簡単に白黒はつけられない。こちらとしても一応、得るものがあった以上はこれ以上もめる必要はないのだ。
「ともかく、ここはオレの顔を立ててくれ。問題はない」
「…………キリアンがそういうのならそうしよう」
一応、こちらの判断には従ってくれるトモエ。
行動力の塊ではあるが、なんやかんやでブレーキがきくのがトモエだ。
リーヴァやメロディだと意外とこうはいかない。オレのこととなるとすぐにタガが外れるからな、あの2人は。
「ともかく、皆、ご苦労だった。近衛兵団の諸君も務め、大義であった」
用意されていた馬にまたがり、近衛兵団に対しても声を掛ける
。
我ながら態度の大きなことだが、今のオレには立場がある。それ相応の振る舞いというのはつねに意識せねばならない。
そうしてオレはトモエと赫奕剣騎士団の面々を率いて、悠々と帰路に就いた。
見ようによっては凱旋にも見えただろうが、忙しくなるのはここからだ。
◇
トモエと騎士団員に守られたまま、オレは大通りを赫奕剣騎士団の駐屯地へと進んだ。
大通りであれば夜であっても人目はある。そこにあえて身をさらすことで、オレの健在と赫奕剣騎士団に揺らぎがないことを誇示しておくのが目的だ。
それともう一つ、今回の一件の黒幕である『フレキセン侯爵』の反応を探っておきたい。
彼にとってもオレの早期釈放は想定外のはず。大慌てで動こうとするだろうが、そこには必ず隙が生じる。
その隙を突いて一気呵成にひっくり返す。
フレキセン侯爵は有力貴族だが帝都内での勢力基盤は弱い。現有の戦力でも十分に対応可能だ。
「――猿芝居、だな」
馬上でオレからの情報共有を受けてトモエが言った。
まあ、当然の感想だな。
今回の連行はあくまで要請を受けた近衛兵団がその面目を保つためにやったものにすぎない。傍から見れば大捕り物でも、内情はただの政治的なパフォーマンスだ。
「うむ。しかし、それですんだのも宰相閣下のおかげだ。縁に感謝しなくてはな」
「それをいうなら、キリアンの手柄だ。宰相の命を助けたんだから」
「オレは命を下しただけだ。まあ、助けられたのは事実だが」
ゆっくりと馬を進めつつ、そんなことを話す。
本当なら一秒でも早くジークリンデの元に参上して安心させて差し上げたいところだが、無用に慌ただしくしてはそれこそ不要な誤解を生みかねない。
なので、早馬の代わりはリーヴァに任せた。
近衛兵団の兵舎を見張っていた彼女にはヘズメル家への急使を頼んだ。今頃、オレの無事と解放の経緯をジークリンデに報告しているはずだ。
黒幕の正体に関しては、今は伏せてある。
親しい相手ではないとはいえ、第一皇統派の身内だ。それに裏切られたと知れば、ジークリンデはお怒りになるし、傷つかれる。
心底口惜しいことに、もはやそれは避けることはできないが、せめてオレの口から伝えたい。
「そういえば、エイラ殿下への連絡はどうなった?」
「うん。姫の手紙を届けた。火急の用と伝えたから返書も早いはず」
「そうか。よくやってくれた」
さすがに皆優秀だ。
オレが指示した以上のことを実行してくれている。
ジークリンデの手紙だけでは従者や下の者が後回しにする可能性があるが、火急の用件だと伝えておけば最優先してくれる可能性は高い。
もしかしたら今頃エイラ殿下からの返事がヘズメル館に届いているかもしれない。
ブリュンヒルデの解呪に必要な『世界蛇の牙』に関してはエイラ殿下のネットワークが頼りだ。
それがダメとなると、ローレルの魔導士としての技量とブリュンヒルデの体力次第となるが……、
「そういえば、《《アレ》》の容態はどうだ?」
「アレ? ああ、アレは生きている。存外にしぶとい」
アレで通じているところにブリュンヒルデらしさを感じつつも、一応無事であることに安堵する。
まあ、トモエの言う通り限りなくしぶといのが、ブリュンヒルデだ。
そうだ、あのブリュンヒルデがこんなところで死ぬわけがない。アイツの運命はこんなところでは終わらない。
「随分とうれしそうだこと。まったく腹立たしい」
「……うれしそうにしてたか?」
「してる。許しがたい」
思わず頬に触れて緩んでいるのを確認する。
………そんなつもりはなかったのだが、オレにも幼馴染に対して掛ける情が残っていたらしい。
「アレは良妻にも賢母にもならないぞ。連れ合いとしては最悪だ」
「………勘弁してくれ」
トモエの言葉を聞いて、最悪の妄想が脳裏をよぎる
仮に、万が一、何かの間違いで結婚したとして、その結婚生活は地獄絵図だ。
絶対に尻に敷かれる。
今でさえ振り回されているのに一緒の屋敷に住んで四六時中、アイツの思い付きに振り回されることになる。
そういうのがいいというもの好きも世の中にはいるのだろうが、オレは違うし、なにより、ジークリンデが第一だ。あいつの世話になどにかまけてはいられない。
しかし、原作はともかくこの世界においてはオレとブリュンヒルデの婚姻はあながちありえない話ではなかった。
親戚筋であるうえに同年代。シグヴァルト家の地盤固めという観点で考えれば選択肢ではあるだろう。
……余計寒気がしてきた。
もう考えるのはやめよう。実現したらと思うだけでクラクラしてきた。
「む? 何か来る」
オレが自分を立て直そうとしていると、トモエが前方から近づくなにかに気付く。
闇の中から騎影が現れる。騎士たちが警戒態勢を取るが、すぐに解かせた。
味方だ。第一皇統派の紋章を掲げていた。
「副団長! トモエ教官! 急使として参りました!」
「うむ。役目ご苦労」
若い騎士の1人だ。
彼は馬から降りると、懐から二枚の書状を取り出し、オレへと手渡した。
一枚目はすでに封の空いた手紙だ。
こちらには皇族の紋章があるからエイラ殿下からジークリンデへの手紙で間違いない。
そして、二枚目は手紙とは対称的な走り書き。恐らくローレルが書いたものだろう。字こそ汚いが、文意は読み取れる。
そこには『ブリュンヒルデは今夜が峠である』と記されていた。
それを理解したうえで、一枚目の手紙に目を通す。
そちらにはエイラ殿下は現在『世界蛇の牙』を所有していないが、帝都内におけるその在り処について記されていた。
「――なるほど」
判断に要した時間は、ものの数秒だっただろう。
自分でもその果断さ、仮借のなさには驚くほかなかった。まさか自分がジークリンデに直接関与しない事柄にここまで攻撃的になるとは思ってもなかった。
だが、決めてしまった。
これからやるのは殴り込みだ。奪うべきものの所在地が分かり、それを為すだけの戦力も手元にある以上、もはや、ほかの選択肢は浮かんではこなかった。




