第81話 かつ丼は出ません
堂々と正門から姿を現したオレに対して、近衛兵団の騎士たちは明らかに浮足立っていた。
まさかオレが自ら出頭するとは思っていなかったのか、あるいは、オレの風聞でも耳にしていたか。なんにせよ、ビビッて腰の引けた騎士など100人いたところで怖くとも何ともない。
たとえこちらが最低限の武装しかしていないとしても、だ。
「ここは畏れ多くもかのヘズメル将軍のお屋敷。いかにしてわたしがここにいるかを知ったのかはさておくとして、このように大人数、それも帯剣して押しかけるとはいささか無礼が過ぎるのではないか」
けっして大声は張り上げずに、それでいて、端々にまで聞こえるように声を発する。
主導権はこちらにある。このまま首根っこを話さないようにしておきたい。
「それで、このキリアン・シグヴァルトにいかようかな? 出頭と申されたからには、ただ事ではないのだろう?」
聞きたいことを尋ねるも、答えは返ってこない。
騎士たちは困った様子で互いに顔を見合わせ、それから、奥に控えている騎士の方を見た。
なるほど。この場の責任者はこいつか。
顔は覚えた。見た感じの体つきや立ち方からもあまり脅威は感じない。逃げる時は彼に人質になってもらうとしよう。
「君が責任者か? 質問は聞こえているはずだが?」
リーダーの騎士に狙いをつけて、揺さぶりをかける。
件の騎士は一瞬怯んで、それから勇気を振り絞って前に出た。
行動そのものは評価できるが、オレ程度の威圧に怯むようなら大した相手じゃない。
「し、シグヴァルト卿、あ、あなたは複数人の騎士の殺害容疑で告発されている……! ゆえに、我らの兵舎まで同行されたい!」
「騎士の殺害?」
身に覚えがあるどころか納得さえしてしまいそうな答えだが、あくまでしらばっくれておく。
これでこの連行騒ぎが誰の差し金かははっきりした。
オレがあの路地裏で襲撃をうけて騎士を三人殺したことを知るのは襲撃の現場にいた当事者に後から駆け付けたリーヴァと襲撃を指示した黒幕のみだ。
つまり、この近衛兵団の動きはその黒幕の意図だ。
オレを始末するための布石か、あるいは、オレをジークリンデの側から引き剥がすことそのものを目的としているのか。そこまではこの段階では読めない。
だが、ここは相手の策に乗るしかない。
相手の正体と目的を探るにはこれが最短の道ではあるし、敵の読み違いを利用する形にはなる。
黒幕はオレとブリュンヒルデを狙い撃ちにしたいのだろうが、その程度でジークリンデの地盤は揺るがない。
トモエ、メロディを筆頭にリーヴァもユリアもいる。ローレルという優秀な魔導士も確保できた。仮にオレとブリュンヒルデが倒れたとしても彼女たちがジークリンデを支えてくれる。
無論、簡単に死ぬつもりはないし、ブリュンヒルデも救う。
だが、オレが一時的に拘束されたとして、それだけでジークリンデに付け入る隙が思っているとしたら大間違いだ。
「まったくもって身に覚えのないことではあるが、わざわざここまで出向いた諸君らの手前もある。このキリアン・シグヴァルト、身柄をお預けしようではないか」
「か、かたじけない……!」
オレの返答に、咄嗟に礼まで言ってしまう近衛騎士。
殺人犯の確保に来たにしてはいささか情けなさ過ぎるありさまではあるものの、殺気どころか戦意さえ消えているというのは安心材料ではあった。
「こちらに……!」
「うむ。世話になる」
そうして近衛騎士に案内されて彼らの馬車に乗り込む。
一応鉄格子をはめた囚人護送用の馬車ではあるものの、オレへの扱い自体は丁寧だった。手枷や足枷の類もないしな。
そうして最後に、館の玄関で仁王立ちしているトモエに『よろしく頼む』と視線を送る。
なんだかんだでトモエは頼りになる。時には前線に出るのではなく銃後を守ることこそ最大の貢献になるのだと彼女は知っていた。
さて、オレはオレで虎穴に踏み入るとしよう。
なんやかんやで危険好きという意味ではオレもブリュンヒルデのことを言えないかもな。
◇
連行先である近衛兵団の兵舎までは一時間ほどの道のりだった。
目算通りではあるし、鉄格子越しに景色の確認は怠らなかったので間違いない。
妙に生真面目というか、四角四面な対応だ。
オレなら囚人の動揺を誘い、奪還の危険性を避けるため護送ルートをアドリブで変更したりするが、近衛兵団にその思考はないらしい。
……これもほかの騎士団の間で肩身の狭い思いをしているがゆえの処世術か。
なにか文句を言われても規則通りにやっていますと返せば、大事にはなりにくいし、責任も問われにくい。
そういう意味では近衛兵団には大いに同情の余地がある。
こんな内情では腰も重くなろうというものだ。
逮捕しに来たくせに、オレに対してイヤに丁寧な扱いをしているのもそれゆえか。
どこかから指示と告発があり、近衛兵団としては動かざるをえなかったが、第一皇統派のナンバー2を敵に回したくない。そんなところだろう。
……またしても、ブリュンヒルデの予想が的中したわけだ。
さすがと言いたいところだが、本人に言うと渾身のドヤ顔をされるので本人には絶対に言わないけど。
近衛兵団の兵舎があるのは以前訪れた帝国宰相府のすぐ傍だ。
この区画は皇帝崩御以来どうにも活気がないので区画に入るとすぐに分かった。
「到着です。お降りください、シグヴァルト卿」
「ご苦労」
しばらく後、騎士に促されて、オレは馬車から降りる。
目の前にあるのは、古ぼけた近衛兵団の兵舎だ。石造りで軍事拠点としての最低限の風格を保ってはいるものの、やはり、どこか物悲しい印象がぬぐえない。
「こちらに」
そのまま騎士たちに囲まれて兵舎に入る。
なんの拘束もされていないので連行されているというよりは、むしろ護衛されているような風情だ。
案内された先は、牢屋ではなく応接室。
容疑者相手にここまで気を遣わざるをえない近衛兵団に大いに同情しつつ、オレは用意された椅子に腰かけた。
…………なんとなくだが、少し黒幕の正体が見えてきた。
少なくとも帝都の現状や細かな内情には詳しくない。つまり、普段は帝都に軸足を置いていない人物がこの絵図を描いている。
しかも、第一皇統派の内部にいることもまず間違いない。
ここまでくれば容疑者を絞れて来そうなものだが、まだまだ候補者が多い。
一方で、動機は明らか。
オレとブリュンヒルデを排除することで、第一皇統派の主導権を握りたいのだ。
………………『長老』たちの誰か、か? だとすれば、少々厄介だぞ。
長老たちとは第一皇統派を支える門閥貴族たちの総称だ。
いずれも当主が老人ばかりで、頭が硬いのでなかば軽蔑も込めてオレはそう呼んでいる。
彼らはみな歴史ある貴族ではあるが、領地から滅多に出てこず、そのくせ第一皇統派の方針にはあれこれと口を出してくる。
しかも、日和見なうえに保身を優先するような老害なので彼らの助言(笑)が役に立ったことはない。
だが、長老たちが相手となると面倒が多い。一応は味方なせいで簡単には暴力に訴えられない点が特に面倒だ。
「…………しかし、遅いな」
それにしてもこの部屋に通されてからもう30分近く待たされている。
今更こっちを焦らしているにしては遅すぎるし、耳をすませばドアの向こうから何やら慌ただしい様子が伝わってくる。
どうやら何かトラブルが起きたらしい。しかも、そのトラブルはオレの方に少しずつ近づいてきているようだ。
襲撃ではないと思うが、さて……、
「――おお、シグヴァルト卿! 無事なようで何よりだ!」
数分後、扉を開けて現れたのはオレの予想の範疇にはない人物だった。
『帝国宰相』グスタブ・ソーンブルク卿。ここで彼が姿を現すというのは完全に想定外のことだった。
◇
『皇国ミナトガワ邸にて発見された文書、その2(真偽鑑定中)』
姉妹同盟緊急連絡
あの方がかどわかされた。
下手人は近衛兵団なるもの。許しがたいことに騎士の殺害などという些細な罪であの方を拘束しそうろう。
掛かる大事に際して『侍乙女』の名において姉妹同盟を緊急招集するものなり。
当人は大事なしと伝言するも、伴侶たるものいざ事ある時に備える事こそ肝要なり。
よって、各員に有事に際してあの方を奪還のための心得、および方策について共有するものなり。
一つ、当方『侍乙女』と『騎士娘』は軍を整え討ち入りの時を待つべし。ことあれば我ら心を一にして、いかなる敵をも打ち破るべし。
二つ、『使用人』はあの方の傍に潜み、身辺をお守りすべし。ことある時は身命を賭して守り通すこと役目と心得られたし。
また、これらの方針については同盟の存在を秘しつつも、すでにご主君からも了承をえたり。
各員、各々の役目を十全に果たされたし。
すべては伴侶がため。我ら不釈身命の覚悟を持って事に望む。
(この文書の内容を真とした場合、第一皇統派が『忠節公』一人のために近衛兵団、および帝室に対して弓を引くを辞せずと考えていた、ということになります。つまり、この文書からは当時の第一皇統派の者たち、および、『熱愛女帝』ジークリンデにとって『忠節公』の存在がどれほど大きかったか、ということを伺い知ることができるでしょう。帝国万歳)




