第80話 怪奇! 帝都殺人事件!
近衛兵団は『赫奕剣騎士団』や『翠槍騎士団』と違い、皇族個人にではなく、『宰相府』および帝都全体の執政を司る『帝都鎮守府』に仕えている。
そのため、彼らの管轄は帝都内で起きる事件全般だ。
昨日起きた『槍の冠強奪事件』および『帝国宰相殺害未遂事件』においても事件の捜査と帝都の封鎖は彼らが行っていた。
一方で、近衛兵団が有能かと聞かれれば答えはノーだ。
まず近衛兵団には実戦経験がない。ここ100年ほどは帝都が大規模な戦に巻き込まれていないから仕方なくはあるのだが、それにしても練度が低い。まともな訓練をやっているかも怪しいほどだ。
くわえて、普段の業務でさえ各派閥の騎士団が幅を利かせているせいで雁字搦めだ。
職権を行使しようにも方々から横やりが入る上に、挙句の果てには邪魔者扱いされる。そんなありさまではやる気を出そうにも出すだけ無駄というものだ。
そのため本来ならば最精鋭でなくてならないはずの近衛兵団に集まる人材もそれ相応の者ばかり。
田舎に帰る前に箔をつけたい辺境貴族の次男か三男辺りが大半の構成員で、能力値の平均はせいぜいが50前後だろう。
そんなわけで近衛兵団に仕事が早いというイメージは皆無だ。
ましてや彼らがオレの身柄を確保しに来る理由なんて皆目見当が…………つかないわけでもない。
恨みも買いまくってるし、帝国の法も破るときは破るしな。
それこそついさっき襲撃してきた騎士を返り討ちにして殺したのも、法律違反と言われれば法律違反だし。
「どうする、蹴散らす?」
一緒に窓についているトモエがそう尋ねてくる。
ヘズメル邸の正面玄関に押しかけてきた騎士の人数は10人ほど。おそらく裏口にも5人ほどが配置されているはずだ。
……トモエの言う通り、この程度の数ならば彼女とオレの2人でどうとでも突破できる。
「ダメだ。近衛兵団と正面切ってやり合うのは予後が悪い」
今は玉座が空席とはいえ、本来近衛は神聖にして不可侵たる皇帝の直属だ。
そこと干戈を交えるということは帝国に弓を引いたとみなされかねない。
今の状況下でそれは避けたい。
少なくとも、他勢力に付け込まれるような隙は作れない。
「ヘズメル邸の用人たちには外に出るなと指示を出しているな?」
「無論。キリアンの判断を待つように伝えてある」
さすがはトモエだ。
ヘズメル家の人間に嘘を吐かせるわけにもいかないし、一方で、こちらが方針を決める前に本当のことを言われてしまうのも困る。
だから、今は居留守をしてもらうのがベストだ。
一方で、表の近衛兵団に焦れている様子はない。
オレを強行で逮捕しに来たわりには落ち着いているし、館に押し入るような気配も感じない。なんというか、殺気に欠けている。
単なるやっつけ仕事と片付けることもできるが、どうにも違う気がする。
そもそもオレを連行しにきたと主張しているが、罪状はなんだ?
そこを確認するには直接騎士たちと話をしないとどうにもならないか……、
いや、違う。考えるべきはなぜ近衛兵団がオレの居場所を知っているか、だ。
オレがここにいることを把握しているのは赫奕剣騎士団の一部と裏切者だけ。つまり、裏切者、ないしはそれを操っている黒幕には近衛兵団のコネクションがあるということだ。
となると、容疑者は……いや、絞り込めない。
近衛兵団の内情を考えれば、
ええい、面倒なことになった。
近衛兵団にコネのある人間の差し金であることは間違いないし、一連の襲撃と無関係ということもありえないだろうが、いかんせん後手に回っている。
これもブリュンヒルデのせいだ。アイツが死に掛けてさえいなければ自分で対処させていたのに、それもできない。
「ともかく、オレが表で対処する。トモエは中で待機してなにかあったら援護を頼む」
「了解した。でも、本当に連行された場合は――」
リスクはいろいろとあるが、このまま籠城を続けていても手づまりなだけだ。
それよりもオレが表に出ることでトモエやリーヴァ、メロディが自由に動けるようにした方がいい。
幸い、ブリュンヒルデの治療に関して残るタスクはオレがいなくても実行可能だ。
エイラ殿下にコンタクトを取り、そこからどう『世界蛇の末裔』とやらの牙を入手するかは皆に任せるしかないが……、
「――だめです」
そうして方針を定めたところで、鶴の一声が冷たく響いた。
振り返ると、ジークリンデが寝室へと続くドアのところに立っている。
看病の疲れからか、瞳に光がない。けれど、彼女の発する気配はいつもの清澄なものではなく、夜の暗闇のように背筋を寒からしめるものだ。
…………揺るがしがたい拒絶の意志。何に対してダメと言っておられるのかはこの際聞き返す必要はない。
「ジークリンデ様。お気持ちはもったいなき事と思います。ですが、ほかに策がないのです。お許しを」
動じずに一歩前に出て、オレはそう言上する。
実際には強硬策はいくらかあるが、どれもリスクが大きすぎる。オレとしても命を粗末に扱うつもりはないが、一時身柄を拘束されるくらいなら大した問題はない。
いざとなれば、強行突破して逃げるくらいのことはできるだろうしな。
「……いや、です」
しかし、そんな理屈はジークリンデに一言で跳ね除けられる。
理屈に理屈で返されるのではなく、感情を持ち出されたのでは返すことが言葉がない。
……どうしたものか。
いやな理由は、まあ、理解できる。ジークリンデは一時とはいえオレの身柄が拘束されるという事実そのものを嫌がっておられるのだ。
「貴方を渡すくらいなら、戦いも辞しません」
しかも、オレの予想よりもはるかに強く嫌がっておられる。
本来戦嫌いのジークリンデが武力行使をもいとわないと口にするのは相当のことだ。
…………ますます困った。
親友であるブリュンヒルデが死に掛けている状況で、その上側近であるオレを失うなど耐えがたいと彼女の決意が物語っていた。
………………仮に、ここで表に出ずに時間を稼ぐ、あるいは、武力を用いて近衛兵団を追い払うとしよう。
そうすると、今はよくとも第一皇統派は表立って帝国の法を犯し、帝都全体を敵に回してしまうことになる。
オレ個人としてはそれがジークリンデの望みならば殉ずるにやぶさかではないが、政治的にはあきらかに不正解だ。
であるならば、臣下としての務めを果たさねばなるまい。
「ジークリンデ様。ご無礼をお許しください。ですが、このキリアン・シグヴァルト。此度ばかりはお言葉を容れること叶いませぬ」
「……なぜ、ですか」
「御身のため。そして、御身の夢のためです。王道を行かれるのなら、わたくしのようなもののことは使い捨てる覚悟をお持ちください」
オレの言葉に、ジークリンデが息を呑む。
後ずさりし、今にも倒れてしまいそうな様子の彼女からはショックのほどが痛々しいほどに伝わってくる。
けれど、ここはオレも臣下として譲れない一線だ。
「ジークリンデ様。此度はこのキリアンの覚悟を、どうか汲んでくださいませ」
決然と、ジークリンデの瞳をまっすぐに見て、オレはそう迫る。
ジークリンデの慈悲深さと高潔さこそが、彼女の最大の長所であり、武器であることは誰よりも理解しているつもりだ。
だが、皇帝を目指すのなら冷徹さと計算高さも必要だ。車輪も翼も片方だけでは機能しない。
普段であればオレがジークリンデを補助すれば済む話だが、今回の場合はそうもいかない。
これもいい機会だ。一度は実践しておいた方がいい。今回の場合は危険性も低い、はずだしな。
「わたしは、そんなことは――」
「――ジークリンデ、そうキリアンを困らせるものではないよ」
なおも、ジークリンデが食い下がろうとするも、思わぬ援軍が現れる。
ブリュンヒルデだ。彼女はベッドの上に横たわったまま、状況を完全に把握しているようだ。
さすがの地獄耳。話の蚊帳の外にいるようにしておいて実際には誰よりも正確に状況を把握しているのがブリュンヒルデという女だ。
だが、今日ばかりはこちらの味方のようなのでよしとしよう。
「相手が、キリアンを害するつもりならこんな間抜けな手は使わないよ。黙って館に火を付けて、慌てて出てきたところを囲んで仕留めればいい。ぼくならそうする」
「オレもそうする」
「トモエもだ」
意図したわけではないが、ブリュンヒルデとオレ、トモエの意見が一致する。立て籠もっている相手を引きずり出すのに火と煙ほど有効な手段もない。
まあ、それだけポピュラーということは当然、それをやられることもこちらは想定しているわけだが。
「……野蛮人ばっかりね」
ローレルが言った。
なるほど。反論のしようのない正論だった。
「それに、向こうもバカばかりじゃないはずだ。第一皇女の従者を正当な手続きをえずに罰した、なんてことになればどうなるかは想像できるはず。手荒な真似はしないよ」
気を取り直して、ブリュンヒルデが付け加える。
「同意見です。近衛兵団にそんな度胸はありません」
まあ、わざわざ処刑という形を取らずとも毒殺でも何でもやりようはあるわけだが、そこはオレが警戒しておけば問題はない。
捨て石になる覚悟はあるが、だからといって、ジークリンデの野望半ばでやすやすと倒れるつもりは一切ないぞ、オレは。
「どうしてもご心配でしたら、リーヴァが戻り次第、あれに自分を影から守るようにお命じください。いざとなれば協力して、いかな敵中からも御身の元にはせ参じましょう」
「本人もこう言っているし、ここは任せようじゃないか。それに、君の最も信頼する騎士と友が同じことを言っているんだ。保証としてこれ以上のものはないんじゃないかい?」
二人がかりの説得に、ジークリンデのかたくなな心も解けたようで目に光が戻る。
彼女は深くため息を吐いてから、ゆっくりと頷いた。
「キリアン。必ず戻ると約束してください。それもできるかぎり早く」
「はい、ジークリンデ様。我が魂に誓って」
さすがはジークリンデだ。
彼女の情け深さが骨身に染みる。やはり、万人の上に立ち、象徴となるのは、この方しかいない。
「じゃあ、いざという時は頼むぞ。トモエ」
エイラ殿下への連絡を含めて大まかな指示出しを終えてから、オレはトモエと共に正面玄関に向かう。
ヘズメル家の家人には深く礼を言っておいた。今回の一件で一番迷惑をこうむっているのは彼らだ。いずれ恩賞も含めて報いてあげなければなるまい。
「いざという時などない。けど、任された」
限りなく頼りになるトモエに見送られて、オレは玄関から外に出る。
姿を現した瞬間、門前に集っていた騎士たちに緊張が走る。しかし、武器に手を掛ける者がいないことからも殺意がないことは明らかだった。
「任務ご苦労! わたしがキリアン・シグヴァルトである! 用向きを伺おうか!」
なので、ダメ押しによく通る声で気勢を挫いておく。
練度の低さを露呈するように騎士たちは動揺をあらわにしていた。
さて、帝国の諺に曰く『竜の宝を盗むには洞窟に潜らねばならない』だ。今回の黒幕の正体、逆に探らせてもらおうじゃないか。




