第78話 ひかげもの
オレとローレルが襲撃されたのは、第一皇統派勢力圏の内部、それも昼日中であっても人目につかない路地でのことだった。
これだけであれば身内以外の犯行ということも考えられる。
いくら第一皇統派のお膝元とはいえ人の出入りを禁止しているわけじゃない。襲撃者が地理条件を把握していたとしてもそこまでおかしなことではないのだ。
問題はそこではなく、襲撃者がオレたちの馬車がこのルートを通ってヘズメル邸に向かうと把握していたことだ。
そうでなければ走行中の馬車に絶好のタイミングで横から突っ込むなんてことはできない。待ち伏せしていたのだ。
オレの移動は公的な予定には入っていないし、ローレルが魔導士だと分かったのも偶然だ。当然、予定そのものも突発的なので外部からオレの動きを把握するのはまず不可能といっていい。
一方で、内部に協力者がいればその限りではない。
馬車の用意が始まった段階で早馬を飛ばせば連絡は間に合うし、行き先を聞きだすのもそう難しくないだろう。
身内に裏切者がいるのはまず間違いない。
しかも、その裏切者が通じているのは他派閥ではなく第一皇統派内の敵対勢力だ。
そうでなければ第一皇統派の勢力圏内で、裏切者からの報告に間に合わせる形で戦力を動かすことなどできやしない。
つまり、今回の襲撃は身内の犯行だ。
目的はオレの暗殺か、あるいは別にあるのか。こうなるとブリュンヒルデに呪いをかけた連中も怪しくなってくるな。
結局、どれだけ外敵に備えても問題を起こすのは身内というわけだ。
古今東西、ありとあらゆる組織に共通する頭痛の種とはいえ、情けない限りだ。
「キリアン様っ!」
死体を検分しながらそんなことを考えていると、リーヴァが駆け込んでくる。
予定より、オレの戻りが遅いことに気を揉んでヘズメル邸から駆けてきたのだろう。せっかちだが、今回はナイスだ。
「うむ。よく来た」
「これは……! 遅くなり申し訳ございません!」
すぐさま状況を察して、その場に跪くリーヴァ。
身体はがたがたと震え、呼吸も落ち着いていない。
走ってきたから、ではない。
オレの危機に間に合わなかったことに恐怖し、罪悪感に打ち震えているのだ。
律儀な奴め。多少病みやすすぎるきらいこそあるが、こいつのこういう部分をオレは好んでいる。
老若男女に関わらず、忠誠心を持つ者は尊敬に値する。むしろ、人間としての価値の大半はそこにあると言っても過言ではないとオレは思っている。
逆に言えば、不忠な裏切者ほど見下げ果てた存在もない。
例えば、原作でのキリアンとかな。我が事じゃなければ何百回殺しても飽き足らない。
今回の裏切者とてそうだ。
特定し次第、生まれてきたことを後悔させてやる。無論、そいつに指示を出したやつらも同罪だ。
「そう怯えるな。お前にヘズメル邸に詰めるように命じたのはオレだ。お前に責任はない」
「ですが……またも主の危機に間に合わぬとは……面目ありません……」
「だからよい。それに、オレもたまには盾を振るって戦わねば腕が錆びつく」
ついでに言ってしまえば、今回の襲撃はタイミングこそクリティカルだったものの、ほかはお粗末なものだった。
特に、暗殺狙いにしては実行役の質が悪い。
5人がかりでせいぜいが武勇70あるかないかでしかないオレにかすり傷1つつけられないようではやる気がないとしか言いようがない。
さすがに襲撃までしておいて殺す気がないなんてことはありえないと思うが……急なことだったのでまともな戦力を集められなかった、そんなところか?
「そんなことより、だ。よい時に来てくれた。頼みたいことがある」
「はっ! なんなりとお申し付けを!」
本人は今回のことを失態だと思っているので、今は士気旺盛だ。
こういう時のリーヴァはいつも以上に頼りになる。
「この死体、どちらか片方で構わないから第三区の代官府まで運んで隠しておいてくれ。あとで検分する」
「はい。ですが、キリアン様の護衛は……?」
「不要だ。敵がまごついている間に、ヘズメル邸までいく」
「そちらの女性をお連れになって、ですか」
リーヴァがローレルを一瞥する。
何を考えているのかはなんとなく予想できるが、勘違いさせていると面倒なことになりかねないので正しておく。
「探していた魔導士だ。ブリュンヒルデの呪いを解けるやもしれん」
「……御意」
端的な説明にリーヴァが頷く。
リーヴァとて現状における最優先事項は理解している。
そういう意味でもリーヴァが来てくれてよかった。
討ち取った刺客の死体を放置するわけにはいかないが、やはり、最優先はブリュンヒルデの解呪。裏切者は特定しましたが、ブリュンヒルデが死にました、では本末転倒だしな。
それに本当に身内に裏切者がいるなら、その捕捉はリーヴァの本業だ。
自分の活躍の場が控えていることは彼女とて理解している。だから、いつもよりは素直だ。
「そういうわけで慌てず目立たずに走るぞ」
「……はぁ」
リーヴァが作業に入ったところで、オレはオレで動き出す。
再度の襲撃の可能性は低いが、用心に越したことはない。
ローレルは困惑しているが、オレが歩き出すとおっかなびっくりだがついてくる。
気丈な性格で覆い隠しているつもりなのだろうが、こういう状況の経験がほとんどないのは透けていた。
「もっと近づいて歩け。離れられるといざという時、守れない」
「わ、わかってる……!」
しかし、勝ち気な性格は健在。少し煽れば一気に距離を詰めてくる。
……ちょっと、近いか。具体的には約10cmほど。手が触れあいかねない。
まあ、守りやすくて助かるのは助かる。変な勘違いをされかねなくもあるが、今は見ている奴もいないから問題はない。
そのまま路地裏から大通りへ出る。日の光にわずかに眼がくらんだ。
一応は帝都内の主要街道というだけあって、人通りは多い。これならうまく紛れて逃げ出すこともそう難しくない。
だが、そこで自分一人だと気付く。
日の下にいるのはオレだけで、ローレルは路地裏の影に留まっていた。
「どうした?」
「す、すぐに、行く」
本人は強がっているが、気後れしているのは明らかだ。
その理由はなんとなくだが、わかる。
ローレルは魔導士だ。魔導師にとり、市井の人間、いや、自分以外の人間は全て敵のようなものだ。
それを思えば、ローレルは常日頃から敵中に取り残されているようなもの。
人ごみの中にまぎれることに心理的な抵抗感を覚えることも理解できる。
ましてや、間接的にとはいえ命を狙われた直後のこと。通常の精神状態でないことは確かだ。
だが、今は動いてもらわねばならない。
そのことはローレル本人もわかっているようだから、強引な方法はとりたくないが……どうしたものか……、
「…………致し方ない、か」
ローレルの状態を鑑みて、作戦を変更する。
人ごみにまぎれて再度の襲撃をすかすのがベストではあるが、路地裏を最高速で駆け抜けるのも悪い選択肢ではない。
もっとも、そっちはそっちでやらねばならないことはあるのだが。
「よし、別の道を使うぞ」
「え?」
路地裏の影へと戻る。なんだかんだで日の光よりもこっちの方がオレの性にはあってる。
ローレルは困惑と安堵が入り混じった顔をしている。
「こ、こっちにいくんじゃないの? だって人ごみにまぎれたほうが……」
「いや、それはやめた。このまま裏路地を行く」
「……そんな、気遣い、いらない。人ごみくらい少し休めば平気よ」
強がるローレル。
付き合いが薄くてもその方が彼女らしいのは分かる。それに時間があれば覚悟が決まるのもそうだろう。
だが、今はその時間が惜しい。
「気を遣ってるわけじゃない。急ぎたいだけだ。だから――」
ローレルに右手を差し出す。
この手を彼女が取るかどうかは半々だが、先ほど守り切った功績があるので多少の信頼は得ているはずだ。
断れた場合は、その時は人ごみにまぎれる方を強制するしかあるまい。
はたして――、
「――そ、そういうことなら」
ローレルの細い指がオレの掌に重なる。
少し安堵する。気難しい彼女の信頼を勝ち取れたのならオレも頑張った甲斐があるというものだ。
「でも、あれよ、あんまり速くしないでよ! アタシ、あんまり激しいの苦手だし……!」
「おう。ちゃんとつかまってろよ!」
言い終わるより先に、ローレルを抱きかかえて、一息に隣家の屋上へと跳び上がる。このまま屋根の上を走っていけば最短距離でヘズメル邸に向かえる。
ローレルが抗議の悲鳴を上げるが、一度同意した以上は中断はしない。
どうしてもクレームを入れたいのなら、ヘズメル邸に到着してから聞いてやるとしよう。
◇
ジークリンデの日記から抜粋。
ブリュンヒルデの治療には魔導士の助けがいる。
だけど、皇族であるわたしに魔導士の知己などいるはずもなく、こればかりはキリアンとバルドに託すほかない。
でも、あの二人なら、特にキリアンなら間違いはない。必ず優秀な魔導士を見つけ出して、ブリュンヒルデを助けてくれる。わたしはそう信じている。
正直なことを言えば、魔導士を活用することに抵抗がないわけじゃない。心の奥底ではそんなものに頼るべきでないと思う自分が確かにいる。
浅ましいことだ。民のためと言いつつ、わたしはその民の一部である魔導士を偏見の眼で見ている。
皇族としての教育のせい? あるいは、この帝国社会そのものにわたし自身が影響受けているから?
それもあるだろうが、わたし自身の器量が狭いせいだ。結局のところ、心根が明るくないのだ。
キリアンやわが友ブリュンヒルデは違う。
2人はつねに公平で、公正な目で人を見ている。わたしのことを理解してくれているのも、2人がそういった澄んだ視野を持っているからだ。
わたしにはない長所を、ブリュンヒルデがキリアンと共有している。
そんなことにまで、わたしは嫉妬している。
なんて浅ましく、なんて愚かなんだろう。皇族としての責務がなければ今すぐこの喉を掻き切ってしまいたいと、そんなことさえ思う。
でも、キリアンが常日頃から言っているように、学ぶことは強さだ。
過ちを犯すことが罪なのではなく過ちを犯しても改めないことが罪なのだ、と建国帝も仰せられていた。
わたしも、これを機に魔導士への偏見を改めねば。
さっそく、キリアンを補佐するために魔導士を雇うことを考えておこう。もちろん、その際雇うのは男性に限るけども。
(本頁には後に設立された『帝国魔導院』および『帝国技術省』の前身となる『帝国技術・魔導工廠』の設立構想が記されています。『熱愛女帝』の功績の中でも特に大きなものとされる『魔導技術大国』としての帝国改革の礎ともいえるでしょう。帝国万歳)




