第77話 お気の毒
オレとローレルを乗せた馬車が襲撃を受けたのは第一皇統派の勢力圏の内側、ヘズメル邸との中間地点でのことだ。
走行中の馬車の客車側面に何かが衝突した。
おそらくは騎乗した『騎士』による突撃だ。そうでもなければ数百キロはある客車が三度も横転して、城壁に激突するなんてことはありえない。
客車内部はさながらミキサーの中だ。何度も壁や天井に叩きつけられたものの、この程度でどうにかなるオレじゃない。
ジークリンデを守るための訓練でいかなる状況でも受け身を取れるように断崖から飛び降りたことがある。
その時に比べれば、これくらいは危機の内にも入らない。守らなければならないものがあったとしても傷一つ着けずに守り切れる。
「怪我はないな、ローレル」
「え、ええ。少しくらくらするけど」
横転した馬車の中でローレルに尋ねる。彼女がいるのはオレの腕の中だ。無事に守りきるために抱き抱えて、全身でカバーした。
その甲斐あってローレルには傷一つない。よかった。
「そ、その、ありがと。助かった、かも」
珍しく素直にそんなことを言ってくるローレル。だが、オレとしては礼を言われる筋合いはない。
ローレルにはブリュンヒルデ治療という大事な役目がある。それを果たすまでは万全の状態でいてもらわねば。
「じ、事故? でも、馬車が横転するなんて……」
「襲撃だ。必ず守るが、馬車からは出るなよ」
馬車内に隠しておいた大盾を手に、ドアを蹴破って外に出る。
向こうはこっちが無防備なタイミングを狙ったつもりなのだろうが、そう上手くはいかない。
オレは馬車での外出時にはかならず武器を備えておく。
暗殺対策だ。ジークリンデを守るため、そして、彼女の夢半ばでオレが倒れないために、用心を怠ったことはない。
「囲まれてるな」
周囲の気配は、五つ。
すでに馬を降りて客車の周りを包囲されてしまっている。
だが、甘い。せっかく突っ込ませるなら火を付けた馬車でも突っ込ませるべきだった。
それならばこっちも少しは慌てただろうに。
「随分な挨拶だな。どこの家中の者か知らないが礼儀作法くらいは習っておけよ」
堂々と姿を現して注目を集める。
危険ではあるが、戦えるのがオレ一人である以上はこれが最適解だ。
強引に突破しての逃亡も選択肢にはない。
オレはともかくとしてローレルが危ない。守り切る自信がないわけではないが、この状況下ではより確実な手で行くべきだ。
オレの挑発に応じて、襲撃者たちが姿を現す。
数は感覚通りに5名。それも騎士だ。ローブで顔を隠し、黒い甲冑で素性を隠しているが、身のこなしを見れば訓練された貴族の騎士だと分かる。
さて、どこの連中だ。候補はいくつかあるが、絞り込むには情報が必要だ。
「――おおっ!」
騎士の1人がこちらにつっかける。10メートルほどの間合いを一瞬で詰め、剣を振り下ろした。
大盾で受け止める。
確かな感触。なかなかの膂力だが、この程度であれば押し切られることはありえない。
むこうもそこは想定の内。一人目の攻撃と同時に、二人目がオレの側面に走り込んでいる。
狙いは盾で守っていない側だ。獲物は槍。急所を貫かれればさすがにきつい。
まあ、大人しく刺されてやるつもりなど毛頭ないわけだ。
「っ!」
一人目の動きを盾で封じたまま、二人目に正対する。
踏み込みそのものは早いが、槍の穂先はオレの動体視力でも捕捉できるレベルだ。
タイミングも逸している。これならば対処は容易い。
「なにっ!?」
繰り出された突きを空いた右手で掴んで止める。刃が指の肉に食い込んで血が流れるが、握力で引くも押すも許さない。
そのまま槍ごと二人目を引き寄せ、蹴りを叩き込む。
甲冑を着ているが、オレの蹴りにもそれなりの威力がある。まともにみぞおちに食らった二人目は吹き飛ばされて昏倒した。
「くっ!?」
勢いに任せて盾で一人目を弾き、その場で待つ。
このまま一人目を仕留めたいところだが、ここで追っては残る三人目、四人目、五人目を自由にさせてしまう。
オレの強さは勝つため、殺すためのものじゃない。
あくまで主を守り、主の道を拓くための武。殺人や勝利はその付属品でしかない。
もっともこの血のたぎりばかりは誤魔化しようがない。
前世が現代日本人だとしてもオレの肉体はやはり野蛮な『辺境貴族』だ。精神の方も肉体に適応してしまって久しい。
だから、こんな殺し合いが楽しくてたまらない。
「油断するな。絶対に1人で戦うな、全員で囲んで仕留めるぞ」
奥の四人目がほかの騎士たちに指示を出す。
よく鍛えてはいるが、戦い慣れはしていないな。堂々と声を出してくれたおかげで、誰が指揮官かまるわかりだ。
トモエであれば即座に『頭』を討ち取るのだろうが、オレの戦闘スタイルではそのやり方は難しい。
多少効率は悪いが、1人1人確実に始末していくとしよう。
「オレ一人に五人とはな。過大評価に感謝するよ」
大盾で右半身をカバーしつつ、左手で腰の長剣を抜く。
剣はそう得意ではないが、そんなことも言ってはいられない。
三人目の騎士と左側にいた五人目がじりじりと間合いを詰めてくる。
どちらも得物は剣だ。初見の武器がないのは助かる。対処が容易い。
「――来い!」
盾を剣で叩き、大声を張り上げる。石造りの壁に声が反響し、大気をビリビリと揺らした。
原作でいうところの『咆哮』だ。その効果は相手を威圧し、自らに注目を集めるというものだが――、
「はっ!」
しびれを切らした三人目の騎士が斬りかかってくる。
大振りの一撃。自分がカウンターを受けてでもオレの動きを止めようという魂胆だ。
この世界でも『咆哮』の効果は健在だ。おかげで相手がこちらの望み通りに動いてくれた。
大上段に振り上げられた剣に対して、あえてこちらから間合いを詰める。
そうして、がら空きになった相手の体に大盾での体当たりをぶちかました。
トモエのように相手を即死させるほどの威力はない。だが、戦線復帰までは数秒かかる。その隙にほかの騎士を仕留めてしまえばいい。
「きさまっ!」
仲間をやられたことで五人目の騎士が慌てて斬りこんでくる。
左手の剣で受け止めるが、両手での斬撃にわずかに押し込まれた。
やはり、よく訓練されてはいる。
それと反比例するかのような実戦経験の薄さには奇妙な印象を受ける。今だって数の有利に任せて押し切れるという判断ができずに、指揮官がまごついてしまっている。
外征騎士や傭兵の類ではないが、素人でもない。
となれば、各貴族が領地に囲っている騎士団か、あるいは帝都内にあるほかの派閥の騎士の可能性が高い。
いや、決めつけるのは早いな。こいつを叩きのめしてそれから尋ねるとしよう。
「なっ!?」
鍔迫り合いの最中、オレは回り込むように力を逃がして相手を前へとつんのめらせる。
バランスを崩した背中に、オレは大盾のふちを叩き込む。
これで二人目。いかに貴族が身体能力に優れるといっても、背骨を砕かれては絶命だ。
「よくも!」
「ま、待て!」
その様を見て戦線復帰した五人目が激昂する。
剣を低く構えての特攻。差し違えるつもりなのは見ればわかる。
付き合ってやる気はない。
相手の呼吸を読み、歩幅を感じ、踏み込みの瞬間に合わせて前に出る。
「ふっ!」
右手の大盾を拳と共に突き出すと、クロスカウンターのように盾が五人目の喉元に突き立った。
肉を裂き、骨を砕く感触。仕留めた、と経験で分かる。
三人を仕留めた。残るは二人だが、さて、どうでるか。
「……ここは退くぞ!」
どうにか立ち上がった三人目の騎士を連れてリーダー格の騎士は逃走を開始する。
背中を見せての逃避だ。追撃は容易いが、リスクは取れない。
もし六人目の刺客が潜んでいたりしたら、みすみすローレルを危険にさらすことになる。
それに、だ。わざわざ追わなくてもここには死体が三つある。そこから得られる情報で今は十分だろう。
いや、それ以前にこんなピンポイントな場所と時間に襲撃された時点で容疑者は絞れている。
「もう出てきていいぞ」
周囲の安全を確認してからローレルを呼ぶ。彼女は周囲の惨状を確認すると、それからこう言った。
「アタシ、仕官先間違えた……?」
まあ、否定はしがたい。
普通に司書をしていれば命を狙われることなんてないだろうしな。
…………しかし、《《同じ派閥》》の身内に命に狙われるとは。オレもブリュンヒルデのことを言えなくなってきたな。
だが、裏切りは裏切りだ。この始末はきちんとつけさせてもらうぞ。




