第76話 条件闘争
騎士団の事務員として雇った『ローレル・ヴィットール』は魔導士だった。
しかも、本人曰くかなり優秀な魔導士だとのこと。にわかには信じがたいことだが、よくよく考えてみれば彼女がここで働くまでの来歴にもこれで説明がつく。
ローレルは赫奕剣騎士団で働く前は帝国最大の知恵の集積所である『帝国図書館』で司書として働いていた。
これは彼女が図書館の印章を携えていたことから疑いようはない。
帝国図書館に収蔵される本には帝国の国家機密や魔導書などの寄稿本が含まれているため、司書は基本的に終身雇用だ。
だというのに、ローレルは図書館から出ている。その経緯までは探り出せなかったものの、何かはあるとは思っていた。
だが、まさか魔導士だったとは驚きだ。これまで隠していた理由も理解はできる。
それを明かしたのは、褒賞に釣られたか、あるいは義侠心か。なんにせよ、本人の言う通りの優秀さならばこれを利用しない手はない。
「君が魔導士だったとは驚きだ」
まずは事実かどうかを確かめておきたい。
魔導士だという嘘を吐く必要はないから十中八九事実だとは思うが、ブリュンヒルデのことを明かすには証拠がいる。
「………まあ、言う必要なかったので」
そんなオレの内心を知ってか知らずか、ローレルは怪訝そうな顔をしている。
「であるなら、君に頼みたいことがある」
「…………あたし、ただの右筆ですけど」
右筆とは記録係、文書作成係を指す言葉だ。つまり、魔導士として働くのは職務外だと言いたいわけだ。
まあ、当然の主張ではあるか。だが、そんな真っ当な主張はこの貴族社会では通用しない。
「だが、騎士団としては魔導士と分かったものを騎士団においておくことはできない。特段の理由がなければね」
「黙っていてほしければ、協力しろって? 大した騎士道ね」
急に口調を変えるローレル。
なるほど、これが彼女の素というわけか。寡黙なキャラを装っていたのは魔導士であることを気付かれないためと見ていいただろう。
「なによ。この口調だと何か問題があるわけ?」
「いや。構わないよ。それよりどうするかを聞きたい。辞職するというなら残念ながら受け入れざるをえないが」
「…………ふん。困ってるのはそっちの癖に」
だが、こういうタイプの扱いは一応わきまえている。
そもそも今の職に未練がないならオレが脅しを口にした時点で自分から辞めると言い出していたはず。ローレルとしても今の騎士団での仕事はそれなりに気に入っているのだろう。
当然ではあるか。大抵の場合、午前中のうちに仕事を終えてあとは読書三昧なわけだし。
「もし君が協力してくれるなら、こちらとしても当然の褒賞を約束しよう。昇給でも、褒美でも、何でも言ってくれ」
そのうえで『飴』を提示する。
普段の行動を見ても、また、魔導士というアイデンティティを鑑みても、ローレルは名誉や金でなびくタイプじゃない。
だが、どんなに特異な人間にも、いや、特異な人間にこそ急所はあるもの。
その個々人にある急所をきちんと抑えておくのも上に立つ者のたしなみだ。
「例えば、そうだな。さきはどの金貨100枚に加え、騎士団の蔵書を増やす、ということもできるし、値の張る稀覯本を取り寄せることも可能だ。無論、どれだけの予算が付くかは君の協力の大きさ次第ではあるが」
不機嫌にしながらもローレルの瞳が一瞬輝いたのをオレは見逃していない。
やはり、たびたび見せていた活字中毒っぷりは嘘ではなかったか。まあ、オレも前世では似たようなものだった、同類は見ればわかる。
「じゃあ、魔導書の類も要求していいわけ?」
「構わない。教会やほかの派閥が何を言おうが、オレが責任を負うと約束しよう」
『魔導書』、つまり、魔術について記された書物は一般には流通していない。
そもそもが数が少ないというのもあるが、貴族と教会による迫害で多くが焚書されてしまったせいだ。
しかし、あるところにはあるものだ。しかも、そういった価値のある書物を所蔵しているのは大抵が貴族で、貴族と取引するには特別なコネが必要だ。
そのコネが第一皇統派にはある。ローレルのような人間には喉から手が出るほどに欲しいものだ。
「……それで、なにをさせたいわけ?」
乗ってきたな。
だが、即採用というわけにはいかない。彼女が魔導士として優秀かどうかをまず確かめねば。
「その前に、力を見せてくれ。君が優秀かを確かめないとここから先は話せない」
「ふーん。力を証明できれば、なんでもいいわけ?」
「かまわない」と頷くと挑戦的な笑みを浮かべるローレル。
相当に自信があるようだが、さてどうなることやら。
原作でもある『帝国物語』の描写においては魔術の腕前は大きいものに干渉する時ではなく、むしろ、小さなものに干渉するときにこそ現われるのだが……、
「『アルヴ』」
ローレルは短く呪言を呟き、右人差し指を立てる。
その次の瞬間、指先に半透明の球体が生じた。大きさはピンポン玉ほどだ。
目を凝らすと、ガラス玉のようなそれの内部で何かが渦巻いているのが分かった。
風だ。
圧縮された球体の内部で大気が渦巻いている。元がどれほその大きさだったのかはわからないが、内部の荒れ具合からしてかなりの威力があることは間違いない。
……確か、原作で優秀とされていた攻略対称の魔導士『ルキル』はバレーボールサイズの球を作ることができて魔導士として一人前だと言っていた。
となれば、ローレルはかなり優秀だ。
情報を共有するだけの価値はあるとみていい。
「どうする? このまま部屋を吹き飛ばせっていうなら、よろこんでやるけど?」
「見てみたい気もするが、片付けが面倒だ。話をさせてくれ」
そういうわけで、魔導士を探している理由を赤裸々にぶちまける。
個人としての信頼度はともかくとして、ローレルが優秀な魔導士であることに違いはない。まずは触診ではなく、二次情報からの所見を聞いておきたかった。
オレがあらかた話し終えると、ローレルは――、
「――そんなの、『蛇毒の呪い』に決まってるじゃない」
開口一番、そう言った。
「『蛇毒の呪い』……話を聞いただけで特定できるのか?」
オレが驚くと、ローレルは当然でしょという顔で応じる。
…………もう少し魔術や呪いについても知識をつけておくべきだったか。帝都にいるとそういうものとは縁遠くなってしまうとは盲点だった。
「まず首の痣。次に徐々に弱っていく霊障。決め手は聖女が解呪できなかったっていう点ね。『蛇毒の呪い』は呪いでもあり、毒でもある。解呪するにはどの蛇の毒なのかを理解する必要があるの」
呪いとはいえ魔術のことだからか、普段のキャラからはかけ離れた早口で語るローレル。
それはともかくとして、今重要なことを口走ったなこいつ。
「つまり、蛇の毒を特定すれば解呪は可能なんだな?」
「だからそういってるでしょ。まあ、蛇の種類によってはそう簡単でもないけど」
「呪いを直接見れば蛇の種類を特定できるか?」
「まあ。できるけど」
そこまで分かれば話は早いと、立ち上がりマントを纏う。
モルト卿を呼んで馬車を用意してもらう。ヘズメル邸までは馬車で一時間ほどだが、できるかぎり急ぎたい。
「ちょ、ちょっと! まだ仕事を受けるって頷いてませんけど!」
「そこまで見せておいて断る気なんてないだろ。ああ、それと事が済んだ後に情報を漏らしたら容赦しないからそのつもりで頼むぞ」
「や、野蛮人! やっぱり野蛮人よ、こいつ!」
何やらローレルが抗議しているが、断る気がないのは分かっているので問題はない。あとはなしくずしで彼女をヘズメル邸に連れ込むだけだ。
しかし、こんな身近な場所に優秀な魔導士がいるとは思わなかった。
ローレルをうまく誘導できれば第一皇統派に欠けていた対呪い、対魔術の専門家として運用できる。癖のある人物ではあるが勘所さえ理解できていればまあ、なんとかなる。
一時はどうなることかと思ったが、結果としての上手くいくのは何ともブリュンヒルデらしいかもしれない。
だが、そう何もかもがトントン拍子で進むほどオレの運はよろしくない。
「――む?」
移動中、人気のない路地に差し掛かったその時、馬車が衝撃を受けた。
車体が大きく傾いた瞬間、オレは襲撃を受けたのだと理解した。
どうやら敵はこちらの動向を事細かに把握しているようだ。
上等だ。生まれはただの悪役貴族でも、今のオレはジークリンデの従者。簡単に殺せるとは思うなよ。




