第75話 魔導士求む。条件は応相談
帝国で優秀な魔導士を見つけるには特別なコネクションが必要になる。
貴族の間でポピュラーな皇祖神信仰においても、近年台頭した『九界樹教』においても、魔導士とは神や大樹に背く背教者とされている。
そのため、帝国国内における魔導士への迫害は熾烈を極めた。
特に今から100年前に起きた『アグニの大熱波』においては魔導士に熱波の原因があるとされ、帝国全土で魔導士狩りまでもが行われた。魔導士と疑われたものはその親族においてまで絞首刑に処されてしまったのだ。
その騒動以来、帝国における魔導士は希少な存在となった。市井に根付いていた民間の治療師までもが諸外国に流出し、熱波を解決するどころか、逆に被害者を増やす結果になったとさえ言われている。
そういうわけで帝国内で、それも帝都で魔導士を見つけるのは非常に難しい。
ましてや、優秀な魔導士を見つけるとなれば不可能に近い。
だが、そんな帝国内部においても唯一国内外の魔導士との繋がりを維持しているコミュニティがある。
『商人』たちだ。魔導士同様宗教的理由で迫害を受けていた商人たちの中には魔導士を利用することで勢力を広げたものも多い。
割れ鍋に綴じ蓋、とでも言うべきか。そういった歴史的なつながりは今も生きている。
そして、我ら第一皇統派の同盟相手である第二皇統派には帝都内外の商人たちとの繋がりがある。
これを利用しない手はない。そういうわけで第二皇子バルドに話を通したわけだが――、
「申し訳ない! 義兄上!」
役に立たなかった。まあ、今回ばかりはバルドが悪いわけではないのだが。
ブリュンヒルデの期間の翌日、10日一度やっているバルドへの講義にかこつけて、彼を赫奕剣騎士団のオレの執務室に呼んで話をした。
それでバルドから第二皇統派に掛け合ってもらったのだが、翌日、再び来訪したバルドの返答が以上の謝罪だったというわけだ。
第二皇統派は確かに商人たちを通じて、魔導士との繋がりがある。
だからといって、無尽蔵に人材を派遣できるわけじゃないということだ。
「義兄上のご領地に派遣した『ウズラス』。あれは第二皇統派の繋がりのある魔導士の中でも最も優秀だったのです。ですので、彼を呼び戻すのが一番なのですが……」
「それでは間に合わない。ええ、そういうことですね」
完全に入れ違いになったというわけか。
今からリーヴァをシグヴァルト領に走らせても行きだけで三日は掛かるし、魔導士を連れていてはさらに日数が必要だ。
それではブリュンヒルデの解呪が間に合わない。
直接呪いを見たフレインが言うにはブリュンヒルデの命の猶予はどれだけ長く見積もってもあと5日だ。
……持ち前の豪運はどうした、ブリュンヒルデ。何で今回ばかりはことごとく運に見放されている……!
「ともかく殿下にはほかの魔導士の確保をお願いします。この際、腕の良しあしは問いません」
「承知した、義兄上。だが、魔導士といっても所詮は商人たちが野菜を長持ちさせるために使っているような連中だ。正直、期待はできない……」
「ええ、それでもかまいません。ありがとうございます、殿下」
申し訳なさそうな顔で去っていくバルド。まだまだアホな一面は残っているが、婚約破棄事件のころのような軽率さは大分鳴りを潜めている。
それに義理堅く、慎重さを身につけつつもある。
昔のように第二皇子失格とは言えないな。姉弟揃って人が良すぎる面があるのは否めないが、見方を変えれば長所でもある。
今回、バルドには知人が呪いを受けてしまったので解呪に手を貸してほしいということしか伝えていない。万が一にもブリュンヒルデの在京が漏れてはことだからだ。
それでも、バルドは協力を惜しまずにいてくれた。
今回こそは彼の評価を改めねばなるまい。もうアホ王子とは呼べないな。
「…………どうしたものか」
それに引き換えオレは無能の極みだ。
ブリュンヒルデの救命はジークリンデの主命だというのにそれを実現するための道筋を何一つとして付けられないでいる。
運がないとか、タイミング悪いなんてことは言い訳にもならない。臣下として主の意志を遂げられないなど許しがたい不忠だ。
……こうなれば、手段を選んではいられない。
名誉が傷つこうが、あとで政治問題になろうが、オレが泥を被ればいい話だ。
「……文章は、彼女がいたな」
腹を括れば後は動くのみだ。どうせやるなら徹底的に、効果的にやってやろう。
「モルト卿。ローレル嬢はまだ残っているな? 呼んできてくれ」
モルトくんを使いに出して、筆と紙を用意しておく。
今は朝の10時だ。いくら仕事の速いローレルでもまだ退勤してはいないだろう。
しばらく待つ。
本当はこういう時はメロディが一番信用できるんだが、彼女には今日は東第三区の方を任せてある。ブリュンヒルデの命も大事だが、政務を滞らせないのも重要だ。
ヘズメル館に留まっているジークリンデの護衛にはトモエとリーヴァの二人体制。暗殺者がまだブリュンヒルデを狙う可能性がある以上、万全の守備を敷いておきたい。
5分、10分。まさかもう今日の分を終えたのかと思った頃に扉がノックされた。
「失礼します……」
現れたのは疲れ切った顔のモルト卿。理由は察せられるものがある。
隣にいるローレルは見るからに不機嫌だ。腰元まで伸ばした青みがかった黒髪を指先でいじりながら、こちらにねめつけるような視線を送っていた。
「……なに?」
そして、開口一番これだ。眼鏡の奥には「早く用件を言え」と急かす光があった。
仮にも上司に対してどういう態度だと思わなくもないが、こいつは初日からこんな感じではあるのでもう気にしてはいない。
おおかたもう仕事を終えて読書タイムだったのだろう。それを邪魔されてお冠というわけだ。
だが、今はまだ勤務時間内。この時代に労基なんてものがあったとしてもこちらの勝訴間違いない。
「モルト卿。よく連れて来てくれた。もう下がっていいぞ」
「は、はい」
武運をお祈りしますといった感じの態度で下がっていくモルト卿。
真面目な彼と唯我独尊を地でいくローレルではよほど相性が悪いらしい。
「君に任せたい仕事がある。募兵の文章を起草してほしい。緊急で人を集めたいから、今からいう感じで考えてくれ」
「…………はい」
一応、オレが自分の人事権を握っていることを思い出したのか大人しく従うローレル。
こういうタイプには言葉を尽くして説得するよりも勢いで押し切って、有無を言わせない方が楽だ。
「まず条件だが、初任給で金貨百枚。月ごとの俸禄は金貨五十枚。働き次第によっては役職も与える。まず、これだな」
「………あたし、そんなにもらってないですけど」
オレの口にした破格の条件に、ローレルがムッとする。それでいて筆は流れるように走って、文章をくみ上げているのだから見事と称賛するほかない。
まあ、確かに破格の条件ではある。待遇としては騎士団の幹部クラス、副団長であるオレにも匹敵する。
だが、これは緊急の案件だ。なにせあと五日の内に優秀な魔導士を引き入れる必要があるんだ。あとのことは後で考えればいい。
「それで、何を募集するんですか?」
「ああ、言い忘れていたか。魔導士募集と書いてくれ。腕に自信のある者は振るって集うように、と」
「…………そんなもの、出していいですか?」
「事情があってな。責任はオレがとる」
オレの答えに首を傾げつつも、さらさらと筆を進めていくローレル。やはり、優秀だ。
……これはあくまで次善の策。それでもまずは動かねば埒が明かない。あとで攻められたらオレの独断であることだし、責任を取れば済む話だ。腹を切れと言われれば切ってやるとも。まあ、その前にジークリンデの敵をできる限り道連れにするけどな。
「でも、変なことするんですね」
書き終えたところで、ローレルが言った。彼女は心底興味なさそうな顔で書面を確かめている。
「む? まあ、魔導士を募集するのは確かにそうだな。だが、これには事情があってな。君は知らない方が――」
「――そうではなく。優秀な魔導士ならここにいるのに、無駄なことをなさるなと思いまして」
そんなことを言いながら、草案を手渡してくるローレル。
…………はい? 優秀な魔導士? 誰が?
「私が」
困惑した様子で自分を指さすローレル。
…………灯台下暗しとはまさにこのことだな。




