第74話 同じかもしれない
何はともあれ、ブリュンヒルデを見捨てることはできない。
彼女はジークリンデの親友であり、これからの戦いにおいては欠かせない人材。こんなところで死なれてはそれこそオレが過労死しかねない。
さいわいにも、ブリュンヒルデに掛けられた『蛇毒の呪い』を解呪するあてはある。
本人が企図した通りに、『聖女フレイン』の力を借りるのだ。原作で主人公を務めているだけあってフレインの持つ『癒しの力』は強力。原作でも攻略対象の『モードレス』に掛けられた呪いを解呪していたし、実績もある。
くわえて、この世界においてフレインと第一皇統派の関係性は悪くないどころか、現在のフレインの後援者はジークリンデだ。
先の事件により『九界樹教会』が帝都での権益を失ったために自動的にそうなった。他派閥に抱え込まれるよりもこっちに取り込んだ方が遥かに得なので、これも教会失陥のありがたい副産物といえる。
なので、協力を仰ぐのはそう難しくない。問題は、今日のフレインの居場所だ。
基本的になにをするかはフレイン本人の自主性に任せているが、スケジュールくらいは把握している。
その予定表によれば今日の聖女殿の所在は『帝国図書館』とあった。
当然、すぐに使いをやって聖女をヘズメル家の館に呼び寄せた。
ブリュンヒルデが帝都にいることそのものを隠さねばならないのであくまで慎重に、かつ秘密裏にではあったが、夕方には聖女フレインは館に到着していた。
即座に治療が開始されて、今は真夜中。
通常、聖女自らの施術を担当した場合、1、2時間程度で完治するものだ。
だというのに、今回はやたらと時間が掛かっている。
……ブリュンヒルデめ。アイツが関わってくるとなんでも一筋縄ではいかなくなる。
「…………ブリュンヒルデ」
ジークリンデが親友の名を呼ぶ。
治療が始まってからもう五回はこうしている。まさしく聖女の祈りだ。帝国の祖たる神々が実在してようがしていまいが、こんな真摯な想いが通じぬはずがない。
変わらずヘズメル館の応接室でのことだ。
部屋の中にはオレとトモエ、そしてジークリンデがいる。
ユリアは宿に送り届け、リーヴァにはその護衛を、メロディには政務官府の方を任せた。
特にユリアはしぶったが、アイツも強行軍での上洛だ。疲労もたまっているし、休めるうちに休ませたかった。
ブリュンヒルデの治療が終わるまではオレとジークリンデはこの件に掛かりきりにならざるをえない。その間、政務を滞らせないための処置でもある。
オレとジークリンデの不在が公になるのは避けたい。
そこからブリュンヒルデの存在が露見しかねないし、そうなればかなりまずいことになる。
外征軍での軍役の放棄はかなりの大罪だ。政治的失点としては大きすぎる。
……このまま無事に治療が終われば、その心配はせずに済むんだが――、
「ブリュンヒルデ……」
いや、なにより、ジークリンデのためにもアイツには早く治ってもらう。
じゃないと、ジークリンデが悲しまれる。それはオレにとっては100万の死に勝る大惨事だ。何としても避けねばならない。
……そうだ。オレ個人の感情など関与していない。ただ忠節のためにオレはブリュンヒルデの命を救うのだ。
それはともかくとして、ジークリンデが心配だ。
ここに来てから何も口にされていない。治療が終わるまでに彼女に何かあってはそれこそ一大事。どうにかお心が休まるようにしてさしあげなければ――、
「ジークリンデ様」
そう考えて声を掛ける。
オレには彼女のように打算抜きに他人を心配することなんてことはできない。
どこか欠けた人間なのだろう。言ってしまえば人でなしだ。
でも、人でなしだからこそこういう時にフリができる。
「……キリアン」
「少しお休みに。スープなど用意してもらいましょう」
できるだけ優しい声色で語り掛ける。
あまりの薄っぺらさに嫌気がさすが、こればかりは必要悪だと自分に言い聞かせた。
「……不要です」
「ジークリンデ様。ぶしつけながら申し上げます。皆のためにも、お休みになられるべきです。でなければ、皆が先に参ってしまいます」
ジークリンデの意志は固いが、オレは彼女に関してはスペシャリストだと自負している。
だから、どういう理屈を使えばジークリンデが頷くかも承知している。
ジークリンデは仁義を重んじるが、どちらかと言えば仁、つまり人を思いやる心の方が強い。
なので、自分以外の人間を理由にされた場合、かなり弱い。
実際、主君であるジークリンデを差し置いてオレやトモエが休むわけにもいかない。不合理ではあるが、貴族の礼節とはそういうものだ。
そこら辺のことはジークリンデ本人が誰よりもよく理解している。
「…………では、スープを」
少し申し訳なさそうなジークリンデ。
親友を心配するあまり周りを気遣えなかった己を恥じておられるのだろうが、そんな必要はない。
オレは彼女のそういう頑なさこそを尊敬しているんだからな。打算ばかりの人間ではこの思考にはいきつかない。
……やはり、あらゆる意味でジークリンデとブリュンヒルデは対極だ。
原作をプレイして設定と経緯を理解していても不思議な友情だと改めてそう思う。
「……改めてですが、不思議な縁ですね」
ヘズメル家の使用人たちが用意してくれたスープに口をつけてから、ジークリンデが言った。
何のことを言っているのか、オレには分かる。
自分の親友であるブリュンヒルデと従者であるオレがいわゆる幼馴染であったことをジークリンデは奇縁を感じておられるのだ。
確かに、奇妙ではあるが、この関係性については原作からして存在していたものではある。
もっとも、今のオレとブリュンヒルデのように気安い関係ではない。
ただの遠い親戚。少なくともブリュンヒルデにしてみれば特別関心を払う相手ではなかったはずだ。
それに対して、原作のキリアンにとってのブリュンヒルデは、まあ、気持ちのいい存在でないことは確かだろう。
「まあ、アレからしてみればオレは遊びがいのある玩具というだけですよ。向こうが飽きればそこまでです」
では、オレにとってはどうか。自嘲気味に、事実を述べる。
ブリュンヒルデの興味の基準は、相手の持つ『才能』だ。知性や武勇、人柄に外見、そういった人の持つ才覚のみを彼女は見ている。
だから、アイツはヘズメル家の令嬢の名前もあやふやだし、原作のキリアンにも興味がなかった。彼女にとって特筆すべきところのない人間は文字通りの意味で案山子と同じなのだ。
……そんなブリュンヒルデがなぜかオレにはしつこいくらいに絡んでくる。
例外的に才能以外の何かがお気に召したのか、あるいは、意外と優秀だと思われているのか……、
いや、どっちにせよ、どうでもいい話だ。知力も90越えてるんだ。早く勘違いに気付け。
「……ブリュンヒルデにしては、気に入っている方だと思います」
どこか複雑な面持ちでジークリンデが言った。
……紹介した友人同士が思ったより仲良くなってしまって少し寂しい、という心情に近いのだろうか。
そこに関しては杞憂だと言い切れる。ブリュンヒルデもオレも互いに相手を友人だとは思っていない。
「ジークリンデ様のご存じの通り、ブリュンヒルデはなにもかもが計算づくです。そういう人間と友情というものは盤面の対極にあるもの。それこそアレにとっての例外は、ジークリンデ様だけでしょう」
「そうでしょうか…………」
すこし納得のいかないような顔をするジークリンデ。
まあ、この時点でのブリュンヒルデに対するジークリンデの認識は数少ない友人の1人。その乱行を直接目にする機会はまだ少ないので実感はまだないだろう。
一方、ブリュンヒルデの方もアイツにしては珍しくジークリンデには気を遣っている。アイツなりの、ではあるが、ちゃんとした友情を向けているのも原作の描写からはうかがえた。
具体的には、ブリュンヒルデがジークリンデにあてた書簡にはブリュンヒルデにしては珍しく部下への愚痴や戦場での文句なども綴られていた。少なくとも腹黒いブリュンヒルデが素を出せる相手であったことは間違いない。
……やはり、まだブリュンヒルデに死んでもらっては困る。
ジークリンデのために、なんとしてもいきてもらわねば――、
「――っ!」
しかし、それから数分後、寝室から出てきた聖女フレインは彼女に似合わぬ苦渋の表情を浮かべていた。
それだけで解呪がうまくいかなかったことが察せられる。一体、何が起こったんだ……?
「――結論からいえば、アタシ一人じゃ解呪は無理です。力不足で、本当にごめんなさい……」
「……貴方のせいではありません」
真摯に頭を下げるフレインをジークリンデがフォローする。
…………困ったな。フレインなら解呪できると思ったんだが、それが無理となると次善策がない。
「で、でも、魔導士の助けがあればなんとかなる、かもしれません! の、呪いの正体と掛けた相手が分かれば解呪もしやすくなるので……!」
だが、フレイン本人が解決策を提示してくれる。
餅屋は餅屋。呪いは魔導士だ。
幸いにもそちらに関してはコネがある。役に立ってもらうぞ、バルド……!
◇
ジークリンデの日記より抜粋
あの日はあまりにも多くのことがあったせいで、日記を書けるほどに腰を落ち着けられる今となっても正直、気持ちの整理が着けられていない。
そもそもキリアンの言葉を信じ切れずに彼のあとをつけてヘズメル卿の館に赴いたこともよくないことだ。
皇位を目指すものとして、皇族として、それ以上に彼に懸想するものとして相応しからざる行為だったと自分でも思う。
でも、我慢できなかった。
顔も知らない誰かに、キリアンを奪われるなんて想像するだけで全身が怒りに震えた。今だったらどんな残酷なことでもできるとさえ思った。
そんな自分をおさえるためには動くほかにはなかったのだ。
ラインゴッズ卿やトモエに誘導された感もなくはないが、結局はわたし自身が決断した。
結局、そのお見合いはブリュンヒルデの作戦の一部で嘘だったわけだけど、心を乱されてしまったのは事実だ。
でも、そんな怒りもブリュンヒルデのせいでふっとんでしまった。
彼女はいつもわたしを驚かせる。帝都に戻っていたこともそうだし、キリアンと関係があったのもそうだし、呪いに掛かっていたこともそうだ。
ブリュンヒルデの悪い癖だ。
聡すぎて他者が自分に何を望み、何を見ているかまで分かってしまう彼女はそれに合わせて自分を演じることまでできてしまう。
だから、キリアンに対してもきっとそういう風に接してきたんだろうと思う。
でも、キリアンなら、わたしを理解し、受け止めてくれているキリアンなら、彼女の皆の思うブリュンヒルデではない部分もきっと――、
――ああ、でも、そうなって欲しくないともわたしは思ってしまう。
キリアンを見るブリュンヒルデの瞳。彼女らしからぬ縋るような輝き。初めて目にするのに、どこか見覚えのあるそれは、わたしが鏡の中に見るものと同じなのかもしれない。
いや、違う。きっと違う。今はブリュンヒルデも弱っているだけだ。誰だって体が弱れば心も弱る。呪いが解ければ、きっと、そうはならない。
キリアンとブリュンヒルデも、わたしとブリュンヒルデもただの友人でいられるはずだ。
(『常勝将軍ブリュンヒルデ』についての記述は『熱愛女帝』の日記、手紙においてはたびたび登場します。現代の劇作においては2人の友情を描いたとされる『将軍と姫』や2人が実は同一人物であったとする『合わせ鏡物語』などが著名です。ですが、実際の2人の間には友情だけではなく様々な感情が存在していたことがこれらの書簡からはうかがえます。帝国万歳)




