第73話 少なければ少ないほど価値のあるもの
ジークリンデの交友関係は悲しいことだが、片手で数えられるほどの範囲に収まってしまっている。
本人の寡黙さと優しすぎる性格に由来するところが大きく、良くも悪くも友人をえらんでしまっているのだ。
無論、ジークリンデの本来の人格を知れば誰もが彼女を敬愛し、好感を抱くこと間違いないわけだが、そこら辺を周知できていないのは臣下として不徳の致すところだ。
そこに関してはこれから要改善として、重要なのはジークリンデにとって友人と呼べる人物が極めて少ないという点だ。
例えばドヴェルナ辺境伯家のイリアナ嬢などは間違いなく友人であるし、イリアナ嬢の方も純粋にジークリンデを慕ってくれている。従者であるオレとしてもジークリンデにイリアナ嬢のような友人が増えることを切に願う。
一方、『ブリュンヒルデ・カイネル』がジークリンデにとってどんな種類の友人かと問われると、一言で答えを出すのは非常に難しい。
慕っているか? まあ、イエスだろう。
悪意があるか? ノーと言ってもいい。
下心があるか? ノーなはずがない。
では、味方なのか? 状況に拠る。
ブリュンヒルデにとってジークリンデは主君であり、友人であることは間違いない。
だが、ジークリンデのために命を捨てることはまずないし、それが有利とあれば主を利用するのも一切躊躇しない。それがブリュンヒルデであり、本人にこのことを糺したとしてもあっけらかんと肯定してのけるだろう。
そんな油断ならない友人に対して、我が主ジークリンデはというと――、
「――ブリュンヒルデ……」
心の底から気遣っていらっしゃる。
今もソファーで横になったブリュンヒルデの隣に御自ら膝間づき、手を取っておられる。
なんとも慕わしい光景だろうか。このような心根の清らかさこそがオレがジークリンデに仕える理由であり、彼女こそが誰よりも玉座に相応しいと考える所以でもあった。
だからこそ、それを承知で便乗しているブリュンヒルデにはいささか腹が立つのだが。
……といってもだ。ブリュンヒルデが弱っているのは事実。親友でもあるジークリンデに多少甘えたくなるのも理解できなくもない。
「たかが呪いを受けた程度で、人騒がせにもほどがある」
そんな2人を遠巻きにして、トモエが言った。
事情を聞いてすぐに納得したジークリンデと違い、彼女はまだ今回の『偽装お見合い』の件に腹を立てている。
黙っていたオレにも責があるのは認めるが、密かに追跡して会場に乱入しようと待ち構えていたのもどうかと思うぞ。
「妻として当然の権利を行使したまでのこと。側室をめとるなら正室に一言あってしかるべきだ」
「……‥…もとから断る気だった。君らに知らせたら、大事になるからな。だから黙ってたんだ」
だが、オレの指摘などトモエには通じない。
相当に怒っているらしく、じとーっとした視線をブリュンヒルデに向けたままだ。
「やはり、事前にお知らせくださるべきでした。そのような一大事ならば、なおさらです」
そんなトモエにメロディが加勢する。
2人ともオレが今回の件を黙っていたことに関しては同じ意見らしい。
割とワンマンプレイヤーな傾向があったトモエがメロディやほかの誰かと協調していることは、第一皇統派としては喜ぶべきことではあるのだが、何もこのタイミングでなくてもという気はする。
それに、だ。2人にも失点がないわけではない。
「だとしても、こんな些事にジークリンデ様を担ぎ出すのはやめろ。あのお方のお立場はオレたちなんかとは比較にならないんだぞ」
ジークリンデは第一皇統派の頭目であり、第一皇女であり、皇帝候補の一人だ。
そんな大人物を私情で動かすなど褒められたことではない。そこに関してはきちんと言っておかないと――、
「そもそも、あとをつけると言い出したのは姫様だぞ」
しかし、トモエの発言に思考が疑問符に埋め尽くされる。
ジークリンデの発案……? オレのあとをつけて館の近くに潜伏し、いざとなればお見合い会場に乱入するという蛮族じみた作戦が……?
嘘だろ……? そ、そんなことは、あ、ありえるのか……?
「言っておくけど、讒言の類じゃないから」
「そ、そこは疑っていない! た、ただ、信じられないだけだ……」
トモエは他人を嘘で貶めるような狭い了見は持ち合わせていない。そのことは確信している。
だからこそ、困惑を隠せない。いくらオレのお見合いに不安だったとしても、ジークリンデがここまで行動的に、しかも、直接的な実力行使に打って出るとは思ってもみなかった。
複雑な、複雑な心境だ。とても一言では言い表せない何かがオレの胸中で渦巻いている。
「し、シグヴァルト卿? だ、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、大丈夫だ、大丈夫……」
あまりのことに思考停止に陥っていると、メロディに心配される。どうにか答えはしたものの、オレは実際、初めての状態にあった。
臣下として合理的に考えるのなら、ジークリンデが安易に動いたことを咎めるべきなのだろう。
自らの立場の重さ、政治的意味合いを考慮して慎重に動くべし、と。
一方で、ジークリンデがそこまでの自主性と果断さを発揮したことは喜ぶべきだ。
ジークリンデは思慮深く、慎重な性格だ。それ自体は素晴らしい素質ではあるのだが、ときには軽率に思えるほどの即断速攻が功を奏する。そういった意味でも、ジークリンデが自らトモエとメロディを動かされたことは素晴らしい進歩といえる。
まあ、その動いた目的がオレのお見合いの妨害というのはよくわからないが、総合的には大いにプラスといえる。
そういうわけで、ここは喜んでおこう。
いくらオレが心配ないと言葉で言ったところで何か確証があるわけでもなし、主君として時には臣下の行動をその目で確かめるのも大事なことだ。
「でも、よく我らがいると気付いた。だいぶ気を付けたのに。あの忍びの仕業か?」
そう頭の中の整理を済ませていると、トモエがそんなことを聞いてくる。
「いや、リーヴァは館の内部で護衛をしていた」
そう口にしながら、リーヴァがあえて三人が潜む馬車を見逃していた可能性を考えるが、すぐに否定する。
なんだかんだ言いつつもリーヴァの忠実さに疑う余地はない。オレが館だけではなく周辺の警戒をするように促していれば事前に発見できていただろう。
「見抜いたのは、あいつだ」
「…………切れ者というわけか」
ブリュンヒルデを眉をひそめて見つめるトモエ。
油断のならない相手と見定めたのだろうが、その直感はただしい。この大陸を隅から隅まで探してもブリュンヒルデよりも気を許してはいけない相手もそうはいない。
もっとも、トモエやメロディが考えているような、いわゆる『恋敵』では、断じてない。
天地がひっくり返ったってありえない。こんな歩くトラブルメイカー兼腹黒天災系女子と恋愛関係になるなんて、神話の女神と付き合うのと同じくらい無謀だ。待ち受けるのは破滅だけだ。
「言っておくが、領地の近い親戚ってだけだ。あっちもからかっているだけで本気じゃない」
「……どうだか」
「ええ、警戒しておくべきです」
しかし、2人ともオレの証言を真に受けてはいない。
なぜだ。普段は結構素直な二人なのに。
「シグヴァルト卿」
「ただいま参ります!」
ジークリンデに呼ばれてソファーに駆け寄る。
美しい横顔にはブリュンヒルデを気遣う慈悲の趣がある。女神というならオレはやはり戦女神よりも慈悲の女神であるジークリンデにこそ仕える。彼女を支えることこそ、オレの喜びだ。
控えているユリアの横を通って、ジークリンデの隣に跪く。彼女が床に腰を下ろしているのにオレが椅子に座るわけにはいかない。
「あなたと、ユリアがブリュンヒルデと知己だとは知りませんでした……」
「はい。申し上げる機会がなく、失念しておりました。お許しを」
「……穂先の気まぐれ、ですね」
日本でいうところの『合縁奇縁』に相当する言葉だ。
帝国貴族の宗教観において、人と人の巡り合わせを定めるのは戦神の穂先。その穂先は時に、奇妙な縁を結ぶことがある。
確かにジークリンデとブリュンヒルデの友情はその言葉の通りのものだ。
正反対な二人が出会ったのは、帝都で開かれたある園遊会でのこと。例によって例のごとく幼少期のジークリンデに絡んでいたイーライを、ブリュンヒルデが往来の邪魔だと蹴飛ばした時から始まった。
そのころからブリュンヒルデの知力は群を抜いていた。だから、口数の少ないジークリンデの意図を的確に察することができたし、ブリュンヒルデの方も自分にはない発想をするジークリンデを気に入っていた。
原作内でもジークリンデとブリュンヒルデとの間で多くの手紙のやり取りがされていることが描写されていたし、交友関係は今も続いている。
ジークリンデはブリュンヒルデが相手であれば本音を語れるし、ブリュンヒルデも彼女なりの誠実さをジークリンデに向けている。
そういった関係性であれば、親友と呼んでも差し支えないだろう。
「――シグヴァルト卿。我らの友をお願いします」
「御意。主命とあれば全身全霊で」
だから、ジークリンデがオレにそう命じることも分かっていた。
そして、主命である以上はオレは必ず成し遂げる。
そこら辺のことまでブリュンヒルデが見透かしているあたりは気に食わないが、今日だけはジークリンデに免じて許してやるとしよう。




