第71話 常勝無敗のラスボス
原作『帝国物語』において最強のキャラクターといえば、『ブリュンヒルデ・ラグナレック・カイネル』をおいて他にはいない。
帝国物語のプレイヤーを10人集めて同じ質問をしても、同じ答えを返すだろうし、これは主観ではなくデータが事実として証明してもいる。
統率、98。
武勇、80。
知略、92。
政治、94。
魅力、96。
総合値、460。
個々の能力値においてはトモエのようにブリュンヒルデを上回るものもいるが、この総合値を上回るキャラクターは一人としていない。
強さの定義もいろいろあるが、こと、万能さと優秀さという面ではブリュンヒルデに敵うものは一人としていない。まさしく最強の称号に相応しい傑物と言える。
だが、ただ強いだけ、ただ優秀なだけでは『災厄』にまではなりえない。
ブリュンヒルデが味方であるにもかかわらず、第一皇統派にとっての災厄たるのはその『性格』ゆえだ。
そもそもが外征軍を指揮する将軍の一人である彼女がこの帝都にいること自体がその性格の傍若無人っぷりを物語っている。
というか、前世も今世でもブリュンヒルデの性格には散々振り回されてきた。何を隠そう、ブリュンヒルデとオレ達兄弟はいわゆる幼馴染なんだからな。
くわえて、ブリュンヒルデは我が敬愛すべき主ジークリンデとも浅からぬ仲ではあるのだが……そこは今はおいておこう。
「――だいたい、おまえ、帰還は来月のはずだろう」
なので、こちらとしても一切の遠慮をせずにそうぶっちゃける。
変わらずヘズメル家の館の応接間だ。オレはソファーに背中を預けて、足を組んでいた。
態度としては最悪だが、相手がブリュンヒルデなので問題はない。
こいつの普段の余人への態度の方がよっぽど悪いしな。文句を言われる筋合いはない。
今だって長期計画をめちゃくちゃにされている。こっちは来月の凱旋に向けて、ブリュンヒルデが何をやらかしても大丈夫なように備えてたっていうのに、まさかこんな形でぶち壊しにされるとは思ってもみなかった。
「なんだ、幼馴染に随分と冷たいものいいじゃないか。僕にも人の心はあるんだぜ? 君にそんな風にされると泣けてくるじゃないか」
ヨヨヨとあからさま泣き真似をしてみせるブリュンヒルデ。
さすがは帝国物語作中で大陸でも一、二を争うと表現されるだけの美貌だ。何をしていても絵になるが、前世ならともかく今世においては今更動かされるような心は残っちゃいない。
いやまあ、その上で、とんでもない美人なのは認めざるをえないわけだが。
「そ、そもそも、どうしてここに、ブリュンヒルデ様がいらっしゃるのです? エリン様はいずこに……?」
「エリン? ああ、ヘズメル閣下の孫姪の? さあ、屋敷の中にはいるんじゃないかな。名前とこの応接間を貸してもらうって約束だったし」
「つまり、お見合いの相手は実はエリン様ではなくブリュンヒルデ様で、我々を欺くためにエリン様の名前をお使いになられた、と?」
困惑しつつもユリアが分かりやすく要約し、ブリュンヒルデが「三分の一正解」とほほ笑む。ますます困り果てた様子のユリアにブリュンヒルデはさらに愉快そうに笑みを深めた。
故郷にいた頃はよく見た光景だ。
原作からしてそうだが、ブリュンヒルデの実家である『カイネル伯爵家』の領地はシグヴァルト領の隣にある。おまけにブリュンヒルデの母である『コレット夫人』はオレとユリアの母の従姉、つまり、オレたち兄妹とブリュンヒルデは『はとこ』ということになる。
そのため、シグヴァルト家とカイネル家の親戚づきあいはそれなりに深く、ブリュンヒルデとも毎年の年始や夏至、冬至といった年中行事の度に顔合わせる関係性だった。
そんなわけなので、年に最低三回はブリュンヒルデの突拍子のない思いつきと暴走に付き合わされてきた。そのたびにユリアとオレは困り果てた挙句、疲労困憊になっていた。
オレとしてはブリュンヒルデのような危険人物には近づくのも、関心を持たれるのもごめんだったのだが、ユリア一人に苦労を押し付けるわけにもいかず結果こうなっている。
なので、残りの三分の二にも見当がつく。悲しくもブリュンヒルデの思考に関してはそれなりに理解できるようになってしまっているからな。
「そもそも、お前は外征軍の将軍だ。誰にも知られずに帝都に帰還するなんてのは無理だし、知られれば失点になる。だから、ヘズメル閣下と示し合わせて、この館に潜伏。帝都で動くには協力者がいるからユリアとオレを呼んだ。そんなところか」
「結局、一月早く帰還した目的は分からんが」とオレが付け加えると、ブリュンヒルデは一瞬ばつが悪そうな顔をして、それから悪戯っぽく口角を上げた。
完全にお気に入りのおもちゃ扱いだ。反応すればするほど彼女を喜ばせるだけだと分かっていても思わず、答えてしまった。
「さすがはキリアン。僕の良き理解者だ」
「じゃあ、代理は弟のシグムントか。気の毒に」
ブリュンヒルデの実弟であるシグムントもまたオレとユリアとは旧知の仲だ。
彼は姉と違い極めて常識をわきまえた良心の人で、いつも貧乏くじを引かされていた。顔は姉弟で似てるのに性格はま反対だからな。今もきっと胃に穴が開きそうな思いで将軍の席に座っているに違いない。
「でも、少し間違えてるな。弟は代理じゃなくて僕自身として残った」
「…………また女装させられてるのか。なんて哀れな」
ブリュンヒルデのやりそうなことだ。
2人の顔立ちは瓜二つだからたしかに弟のシグムントが女装すれば身内以外は騙せるだろうが、だとしても、あまり意味がないので、ブリュンヒルデの趣味でしかない。
さすがこれには読めなかったが、前にもやっていた手ではあるから予想できてもよかったな。
「それと相変わらず、理屈は読めても心を見逃してる」
だが、オレの読み違いはそれだけではないらしい。
「なに?」
「だって、そうじゃないか。君、僕だと分かってたら会いに来てくれないだろう? 手紙も5通に1通しか返事がないしで、寂しくて会いに来ちゃった」
オレの方にずいっと身を寄せてブリュンヒルデが言った。
瞳は熱っぽく潤み、白磁の肌は微かに赤らんでいる。本気で言っているようにも見えるが、こいつがそのくらいの演技を平気でできることをオレは知っている。
なにせ、手習いを何度もサボっておいて一度もまともに怒られたことがないのが自慢なくらいだからな。こいつの泣き落としには大人の騎士も引っかかっていた。
実際、今もオレが見破ったことに気付いてわざとらしく『チィッ』と舌打ちしてるからな。
「まあ、わざわざヘズメル閣下と、そのエリン嬢に協力してもらった理由に関してはキリアンの言うとおりだ。僕の帰還とここにいることを隠しておきたかったし、その上で2人に内緒で会いたかったのさ」
「……では、お兄さまのお見合い話は最初からなかったというわけですか」
ほっとしたようにユリアが言った。オレもその点はジークリンデに無用な心配を掛けずに済んでほっとしている。
もっとも、この安心はボヤを鎮火するために洪水を起こしたようなものなので、別の心配でオレの胃はキリキリしているわけだが。
「そういうことになるね。まあ、ヘズメル閣下としても孫姪を手放したくないだろうし。あ、でも、僕でもいいならよろこんでお相手するぜ。キリアンでも、ユリアでもね」
「謹んで辞退する。だいたいお前、自分のものになったら興味なくなるだろ」
「偏見だ! 僕にも竹馬の友と妹分を大事にするくらいの情はある! いつまでも人のものを欲しがってばかりの小娘扱いはやめてくれたまえよ!」
拗ねたようにそっぽを向くブリュンヒルデ。拗ねているのは本当のようだが、これに関しては非は彼女にこそあると大いに主張したい。
根拠もある。
原作においてブリュンヒルデの好きなものの項に書かれているのは『略奪愛』。他人の恋人やら夫やら嫁やら、とにかく自分以外の誰かのものを奪い取ることに快感を覚えるタイプの変態なのだ。
……作中でもブリュンヒルデと敵対するシナリオにおいては、少しでも攻略対象の好感度調整をミスるといつの間にか引き抜かれていたなんてのは日常茶飯事だった。
結果としてプレイヤー間で彼女につけられたあだ名は『脳破壊常習犯』、あるいは『エロ同人なら竿役』。ああ、人妻好きで能力値最強な奸雄にあやかって『女曹操』なんてのもあったな。
そこら辺の性癖がこの世界でも健在なのはすでに実証済みだ。
おやつだろうが肉だろうが、ブリュンヒルデは絶対に他人のものを欲しがる。オレも何度食べかけの砂糖菓子を奪われたことか……!
しかも、この悪癖はブリュンヒルデにとっては呼吸のようなもの。これがなくては生きていけないし、本人もそこを改める気は全くない。
ジークリンデにブリュンヒルデを帝都に呼ぶように進言しないのもこの悪癖が一因だ。
ましてや、原作において第一皇統派が崩壊したのはブリュンヒルデが人材を自陣営に引き込みすぎたせいでもあるんだからな。個人的な好悪以上に危険性を鑑みて帝都には置いておけない。
「で、本当は何のつもりなんだ。なにしに戻ってきた、ブリュンヒルデ」
そして、予定外に帝都に帰還した以上はその理由を問いたださなければならない。
ブリュンヒルデ・カイネルは必ず嵐を起こす。
問題はその嵐がジークリンデに利するか否か、だ。
「ああ。それか。うん。どうやら僕、近いうちに死ぬらしいんだ」
観念したような表情で、ブリュンヒルデが言った。
オレには分かる。今こいつは冗談も言っていないし、嘘も言っていない。淡々と事実だけを口にしている、と。
まったくもって意味が分からない。
あのブリュンヒルデが死ぬ? あの殺しても死なない、どんな危機的状況でも幸運と機転で逆転するブリュンヒルデが?
ブリュンヒルデの死は第一皇統派にとっては痛手だ。だが、ジークリンデにとっての災いの種が一つ減る。
はたして、いったいどちらがジークリンデのためになるのかオレの脳内では嵐が吹き荒れていた。




