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悪役貴族に転生した戦略ゲーオタクは推しのヤンデレ悪役令嬢を支えるようです  作者: ビッグベアー
第二章 宰相暗殺とヤンデレ連鎖

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第67話 嵐の前のなんとやら

 『帝国宰相暗殺未遂事件、ならびに槍の冠強奪未遂事件』の終息から約一か月半ほどが過ぎた。

 現在の帝都の情勢はまさに膠着状態。我ら第一皇統が新しく獲得した権益の整備に忙しいのと同じように、最大の敵たる第三皇統派も現在は地盤固めに忙しい。


 教会の有していた権益から彼らが獲得したのは帝都周辺にある農地と近隣の交通の要衝である『ヴェストリ街道』に関所を設ける権利だ。

 ヴェストリ街道といえば帝国の西側からの流通を支える重要な街道だ。教会の印章さえあればそんな場所をノーチェックで通してたと思うと背筋が寒くなるが、これからは通行税の取り立てが可能だ。街道の使用を避けようにもメインバイパスすぎるのでそれにも限界がある。


 これにより得られる経済効果はかなりのものだ。返す返すも第三皇統派に渡してしまったのが悔やまれる。くそぉ、通行料のマージンを取るなり、逆に自由通行にするなりやりようはいくらでもあるのにぃ……!


 だが、こればかりは政治的な妥協の結果だ。

 教会から奪った権益を第一皇統派だけで占領するとなれば、先日の事件で第三皇統派から情報は引き出せなかったし、第三皇統派が教会側につくということもありえた。


 一方、ヴェストリ街道を教会が支配していたことで利益を受けていた既得権益もかなりの数だ。

 それらの反発を抑えるのは第三皇統派と言えども容易ではないだろう。


 腹いっぱい飯を食うのと同じだ。しばらくは第三皇統派の腹黒連中、例えばヒルデガルド妃殿下なんかもすぐには動けないはず。

 実際、その予測を裏付ける情報を今ちょうどリーヴァから受けたところだ。


「――やはり、第三皇統派は軍を動かすか」


「はい。武具と兵糧の動きを確認しておりますので、ご推察通りかと」


 東第三区にある仮政務官府、その執務室でのことである。今日の公務は終わりすでに日は沈んでいるが、週に一日この時間に報告を受けるというのは決まっていることだった。


 リーヴァはめずらしくきちんと服を着ている。メイド服だ。しかし、お仕事モードではあるので表情はきりっとしていた。


 先日の事件以来、リーヴァには帝都に留まり、オレの耳目として活動してもらっている。

 つまり、帝都および周辺地域での諜報活動だ。彼女の働きのおかげで第三皇統派もふくめて周辺勢力の動きについてはおおむね把握できている。リーヴァさまさまだ。


 今回あきらかになったのはヴェストリ街道付近での第三皇統派の動きだ。

 現在、街道付近では行商を襲う盗賊が悪事を働いている。教会が手を引いたとたんに襲撃の頻度が激増した、というのは実に都合のいい話ではあるものの、第三皇統派が困る分には構わないと静観していた。


 しかし、とうとう第三皇統派も動いた。

 討伐隊を派遣し、賊を討つ。治安の維持は貴族の義務であるし、これ以上は自分たちの面子に関わると内部で意見がまとまったのだろう。


 この動きには第一皇統派オレたちが不承不承手放したイーライ・ヨルドバーン公爵令息の身柄も関連している。

 ヨルドバーン公爵家は帝国西側に大きな影響力を持つ。第三皇統派はそのヨルドバーン公爵家に貸しを作ることで、軍を動かしやすくなったという一面はある。


 こればかりは政治交渉の結果だ。今更文句を言っても仕方がない。


 しかし、一部とはいえ第三皇統派の主力が帝都を離れることになるのは間違いない。

 チャンスではある。第三皇統派がそうしたように何らかの陰謀を仕掛ける機会がとうとうやってきたわけだ。


「賊へ情報を流しましょうか。あるいは、兵站に火つけを? 指揮官の暗殺という手もありますが、少々実現性は低いかと存じます」


 オレの考えを先読みして、リーヴァが実行可能な破壊工作を列挙する。

 さすがはリーヴァ。どれも効果的で一つでも成功すれば第三皇統派の軍事行動を大きく遅延させられる。しかも、リーヴァならば背後にオレがいるという証拠を残さずにやってのけるだろう。


 実際、第三皇統派に対する妨害工作には嫌がらせ以上の意味がある。

 第三皇統派が族の討伐に手こずれば手こずるほどこちらが地盤固めをする時間が得られる。先に準備を整えて相手を待ち構える、『逸を持って労を待つ』のは軍略の基本だ。


 しかしながら――、

 

「いや、今は動かずにおく」


「……御意」


「なんだ、不満そうだな」


 表情こそ変えていないものの、リーヴァは態度に出やすい。

 なぜ自分を使わないのか、そんな不満が頭頂部から立ち昇っているようだった。


 リーヴァにはこういうところがある。

 彼女は自分がオレの道具であること、それも最高の道具であることに拘りがある。だから自分が活躍できる局面になると張り切るし、働きたがる。時にはやる気がありすぎて困るくらいだ。


 その困ったところが今出ている。この状態のリーヴァを放置してはそれこそ独断専行をしかねない。


「まあ聞け」


「はい」


 いつも通りにリーヴァに語り掛ける。ゆっくりと椅子から立ち上がり、応接用のソファーの方に移動した。

 こういう時のケアには幸か不幸か慣れている。問題はない。


「今は人手が足りない。お前がしくじることはないだろうし、作戦は成功するだろうが、その後が続かない」


「……はい」


 なおも納得していない様子のリーヴァをソファーに手招く。彼女はとことこと歩いてきて、ちょこんとオレの隣に腰かけた。


 見るからにしょげている。出番が来たと思って期待していたのだろう。


「オレやお前、ユリアにシグヴァルトの家臣たちだけで事を運ぶならそう手間はかからない。攻め込んで、戦って、奪い取るだけでいい」


「……はい」


「だが、今はそうもいかん。第一皇統派は必ずしも一枚岩じゃないし、大きな組織を動かすのには大義名分がいる。昔みたいに『あそこに敵がいそうだから』ってだけで軍は動かせん」


 オレがとうとうと道理を説くと、リーヴァはますます元気をなくしてしまう。

 まったく困ったやつだ。自分の実力には自信があるくせに、自己肯定感は低いからこういう時は意外なほどに脆い。


 一方で、リーヴァは代えが効かない。彼女の諜報能力は他の追随を許さないし、なにより、オレからの信頼という意味でも誰かが代行できるものではない。


 なので、オレとしてもリーヴァのことは大事にしているつもりだ。


「ともかく、お前の出番はまだ先だ。だが、かならず出番はある。それまでは――」


 ぼすんと体を横に倒す。オレの頭がちょうどリーヴァのひざ、というよりは太ももの上に着地した。

 相変わらずいい脚をしている。柔らかいながらもきちんと芯があって、安心して体を預けられる。


「オレの枕になっておけ。これも大事な仕事だぞ」


「キリアン様……!」


 ちらりと右目でリーヴァの顔を確認すると、パッと明るくなったのが目に入る。といっても、自己主張の強い二つの山が影になって顔の下半分は見えないのだが。

 まあ、例え膝枕という形でもオレの役に立てるのならそれで喜ぶのがリーヴァだ。大丈夫だろう、たぶん。


「キリアン様……! もう辛抱たまりませ――あぅ」


 案の定、すぐさま顔を近づけてくるリーヴァ。指先で押しとどめるが結構な力なので少し押し込まれてしまった。

 さっきまで落ち込んでいたくせに、油断も隙もないな。


「そういうのはなしだ。臣下に夜伽を命じたなんてオレの沽券にかかわるから」


「キリアン様はお命じになってはおりません。リーヴァが自発的にご奉仕するのです。それでしたら、キリアン様の名誉は傷つきません……!」


 ひらめいた、という感じでずいずい寄ってくるリーヴァ。

 かなり土俵際だ。このまま寄り切られるわけにはいかないので、少し考えを巡らせる。


 リーヴァの緑色の瞳には、複雑な感情が揺れている。

 オレへの情やら、期待やら、不安やらそれらがない交ぜになった複雑な色。そこに対しては大いに責任を感じるが、何でもかんでも受け入れるのはそれはそれで予後が悪い。


「キリアン様は、リーヴァのことがお嫌いですか……?」


 しかし、先に王手を掛けられてしまう。

 こういうことを聞かれるのは正直困る。なにせ、咄嗟に嘘を吐けるほど器用じゃないし、本音を言ってしまったらそれこそ止められなくなる。


 オレも男だ。リーヴァほどの美女に慕われて嬉しくないなんてことはありえない。


「やはり、リーヴァのような身分の者では、キリアン様に相応しくありませんか……?」


「オレが、そんな器量の狭いことをいう男だと思っているのか?」


「………いえ、失言でございました」


 少しうれしそうだが、それでもどこか期待外れそうな感情もリーヴァの表情には垣間見える。

 …………彼女が求めている答えはさすがのオレにも分かる。鈍い鈍いと言われてもそのくらいの情緒は理解しているつもりだ。


 それでも、今のオレには言えることと言えないことがある。


「…………いずれ、責任は取る。オレにもそのくらいの甲斐性は、期待してくれていい」


 精一杯の一言に、リーヴァの瞳孔が猫のように丸くなる。

 まったく侮られたものだ。オレがここまで踏み込んだことを言うとは思ってもみなかったのだろう。


「キリアン様……!」


 感極まったリーヴァの顔がさらに近づいてくる。

 瑞々しい唇から零れる息を肌に感じる。その熱と湿度に背筋に疼きが走った。


 …………こういう衝動に耐えるのも一種の精神修養だな。これから先、どっかのバカがオレにハニートラップを仕掛けてこないとも限らないわけだし。


「勘違いするな。今すぐなにかするって話じゃない。今のオレには忠義と役目が最優先。だが、事態が落ち着けば、ちゃんと考える。家のことも、お前のこともな」


 呼吸と根性で衝動を押さえつけつつ、言葉をつなげていく。


 ただの言い訳ではなく事実として今のオレには色恋沙汰に割いている余裕がない。


 シンプルに忙しいのだ。どうにかこうにか政務官代理としての公務をこなしつつ、赫奕剣騎士団副団長としての仕事を怠らず、なによりもジークリンデの従者として全力を尽くさねばならない。

 これも自分の選んだ道だ。忠義のために行っていることに文句などあろうはずもないが、多忙なのは事実だ。この上、色恋沙汰に費やせる時間は精々一日一時間といったところか。今時小学生だってもう少し遊んでいる気がする。


 だから、しばらくは仕事に専念せねばならない。


 それに、第一皇統派を襲う五つの災厄の内、第三の災厄の襲来まではあと一月半ほどしかない。それを乗り越えてからでなければ嫁がどうだの、恋がどうだのだの言っている余裕などあろうはずがない。


「僭越ながら、それはいつまでのことなのでしょうか。このリーヴァ、キリアン様のおおせとあればいつまででもお待ちいたしますが……その、ものごとには時期というものがございますし……」


「…………まあ、政務官代理としての職務に区切りがついたら、考える時期だろうよ」


 明らかに言質を取りに来られているが、オレ自身も考えていたことではあるので一応答えておく。

 リーヴァの顔が喜色満面になったうえに、少し遠ざかったから効果はあったとみていい。


 無論、以前からのどうせ婚姻するなら有効活用できる相手とする、という考えそのものに変化はない。

 だが、何も相手が貴族である必要はない。ようは、オレの婚姻が第一皇統派にとって最大の利益をもたらすものであればそれでいいのだ。


 例えば、相手は――、


「――キリアン様? どうされました? 難しい顔をされておりますが……」


「む? そうか? まあ、疲れてるだけだ」


「でしたらば! このリーヴァの膝枕を満喫くださいませ!」


「……うむ」


 内心の動揺をかみ殺して、少しだけ瞼を閉じる。

 我がことながら情けない話だ。婚姻の相手を思い描いた時に1人ではなく複数人の顔が浮かんでは消えるなんて、オレはいつからこんなに気が多くなったんだ?


 …………婚姻の相手は立場さえあれば誰でもいいと思ってたんだけどなぁ。

 いや、疲れているだけだ。少し眠ればすぐに元気に――、


「シグヴァルト卿、おやすみのところ失礼いたします!」


 しかし、意識を手放しそうになったところでノックの音に引き戻される。


 やってきたのは騎士団駐屯地の方であらたに副団長付きに昇格させた『モルト卿』だ。

 能力的にはそこまで秀でた人物ではないのだが、とかく仕事に真面目で職務に忠実なのでコドール卿の補佐と駐屯地とオレとの連絡係を任せていた。


 つまり、騎士団の方か、あるいはジークリンデの近辺で何かが起きたということだ。

 疲れている暇はない。忠義心が全身にみなぎるのを感じた。がんばれ、オレ……!


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