第66話 名前付きキャラに無能無し(ただし一部を除く)
「立ち退きを拒否する頑固なシスターがいる」という報告を受けた時からそんな予感はあった。
こわもての騎士、それも悪名名高い『凶戦士』の配下をけんもほろろに追い返すことができる人物など帝都広しといえどもそうはいない。
この時点で相当に見どころのある人物、もしかしたら原作の登場人物という可能性もオレの頭には過っていた。
そこに確信を持てなかったのは原作『帝国物語』にシスターという属性のキャラが思い当たらなかったからだ。本編で立ち絵のあるキャラクターは全て記憶にあるが、少なくともその中にはシスターはいなかった。
だが、この孤児院を実際に目にしてシスター・スルーズの声を聴いてようやく思い出した。原作序盤において名前と声だけで登場していた『名前付きのキャラ』シスタースルーズのことを……!
「では、依然と変わらず、わたくしにこの孤児院を管理せよ、と?」
右の眉を上げつ、腕を組みながらシスタースルーズこと、スルーズ女史がそう尋ね返してくる。
こちらとしては自明の理だが、彼女としては当然の疑問だろう。
なにせ再三にわたって立ち退き要求をしていたのが、そこの責任者がやってきてすぐに方針転換するのだから信用しろと言うほうが無理がある。
まあ、こっちも慈善団体じゃない。当然、理由と理屈があってこの提案をしている。
「どういう風の吹き回しでしょうか。信仰心にお目覚めになられた、というのであれば歓迎いたしますが」
「そういうわけではありませんよ。ただ、こちらとしては人材が不足していましてね。身内でなくとも事業をお任せできる方にはそのままお任せしたいのです」
嘘をついても仕方ないので、本当のことを告げる。
正直、わざわざ孤児院の運営、管理のできる人材を見繕って派遣するくらいならもともとそこにいた有能な人材に任せた方が手間もコストも省ける。その人物がもともと評判の良い人物であるのならなおのことだ。
その点、シスタースルーズは理想的な業務委託相手だ。
この孤児院を観察すれば彼女の勤勉さと清廉さは明白だし、原作においても短い場面でその人柄を示してくれている。
原作におけるシスタースルーズの出番はわずかワンシーンのみ。帝都に初めてやってきた主人公『聖女フレイン』の案内係として彼女は登場していた。
立ち絵もなくその場面自体も非常に短いのだが、それでもシスタースルーズはフレインに対してとても真摯に接していたし、名言も残していた。
曰く「聖女とは夜闇の蠟燭なのです。どうか寄る辺なき子らがその背を見ていることをお忘れなく」。一言一句間違いはないはずだ。
うーむ、いい言葉だ。この世界における聖女の役割と責任を端的に言い表している。これだけでもシスタースルーズの優れた知性がうかがえる。
ぜひとも我が陣営に引き入れたい。だが、今アプローチするのは逆効果。強い信念を持つ人物の調略には長い時間と根気強さが必需品だ。
一方、そんなシスタースルーズであれば孤児院を任せていても問題はない。
孤児たちを虐待することなどありえないし、寄付や寄進を懐に入れるなんてことも起こりえないだろう。
信頼できる人物というのは希少だ。一人いるだけでも十分な幸運だし、その人物が味方ではなく敵なのだとしたらもはや一生分の運を使い果たしたと言っても過言ではない。
なにせ、敵の動きを信じることができるわけだからな。信じられるということは反応を予測できるということであり、予測できるなら対処は容易だ。
と、兵法の基本則を語ってる場合じゃないな。実を取って譲歩した以上はこっちの面子も保たないといけない。
「……そのような事情がおありということであれば、わたくしとしては異存はございません」
「ええ。こちらとしても孤児院の経営について干渉するつもりはありません。ですが、ただシスターお一人にお任せするというのも申し訳ないことです。ですので――」
言葉を紡ぎながらシスターの反応を探る。
やはりこの程度で警戒心を解くほど容易な相手ではない。表情も険しいし、腰のあたりで組まれた両の手にはこちらへの警戒感が滲んでいる。
だが、布石はすでに打ってある。この孤児院が第一皇統派の管理している区画にあるという時点でどうとでもできるというものだ。
「――経費等々に関しては我々第一皇統派から出資させていただきます。額面や内容については、こちらのラインゴッズ卿からご説明を」
「はい。メロヴィ・ラインゴッズと申します、シスタースルーズ」
ここにきて当派閥きっての爽やかイケメンであるメロディを投入する。実は女性だというのはこの際問題ではない。
彼女の与える誠実さ、清廉さ、正直さそういったイメージこそが効果を発揮する。こればかりはいくら弁舌を弄そうが、オレには与えられない印象だ。
それに、だ。申し出の内容的にもメロディから伝えた方が信用も得やすい。
「…………こんなにいただけるのですか?」
「はい。我らの主君、第一皇女殿下たってのご要望なのです。教会に罪あれど、善行は善行である、と」
半信半疑のシスターに、メロディは堂々とした態度で応じる。きちんとこの場にいないジークリンデに最敬礼を捧げているのも、かなりポイントが高い。
差し出した書状に書かれた経費の額面は教会が出していたものの約二倍の数字だ。
公会堂に残されていた記録から教会がこの孤児院にどれくらいの金額を出していたかは正確に把握できていた。あとはその二倍の金を供出することをジークリンデに認可してもらうだけでよかった。
普通ならここまでスムーズに事は運ばないが、さすがはジークリンデだ。
孤児院のためと聞くと二つ返事で予算の増額を認可してくれた。彼女の慈悲深さ、惻隠の心にはただただ平伏するしかない。
一方、オレはどうだ。
孤児院の経営権とその運転資金を駆け引きの道具にしている。権利書と財布のひもさえ握ってしまえばあとは時間の問題だとたかを括っている。
……いや、あるいは期待しているのか? シスターが信仰を貫くことを?
真に信念のある者はどんな苦境に立たされても変節することはない、そう信じたいから?
…………詮無いことを考えたな。
ジークリンデという最高の実例を知っているくせに、他人を試してしまいたくなるのは悪癖だ。
「…………わかりました、お受けします」
「よかった。お受けしていただけなかったら困り果てていたところです」
シスターが同意したことを確認して、書類にサインをしてもらう。
それらの書簡そのものに悪意や騙す意図は一切ない。あくまでジークリンデの名のもとに孤児院の管理権を委譲するというだけのものだ。
だが、シスターがサインしたという事実そのものがこっちにとっては武器になる。
使う機会はおそらくない。ないと分かっていてもこういう武器を集めずにいられないのは、オレのような汚れ役の性だ。
……なんにせよ、これでシスタースルーズは我が掌の中だ。
いずれ彼女にもジークリンデのために働いてもらうとしよう。
◇
交渉を終えたオレとメロディはすぐには孤児院を立ち去らなかった。
シスタースルーズに夕食に誘われてしまったからだ。断ろうと思ったが、メロディに騎士としての礼儀に反すると言われてしまっては従うほかなかった。
結局、オレとメロディは二十人の子供たちに囲まれながらその日の夕食を済ませた。
子供というのは大したものでオレが貴族であることも気にしていないのか、質問攻めにされた。例えば『騎士はどんな仕事をしているのか』とか『自分たちも騎士になれるのか』とかそんな感じだ。
オレは適当に相槌を打ったり唸ったりしていただけだが、メロディはそれらの質問にきちんと丁寧に応対していた。
そういうところは本心から尊敬するほかない。オレではやはり下心や策謀の匂いをさせてしまう。
だが、一方でこれほど騒がしいながらもリラックスできる食事も久しぶりだった。
無邪気な喧騒とは良いものだ。食事に毒が盛られてやしないかと心配もしないでいいしな。この際、味や量なんてものは些細なことでしかない。もっとも、あの孤児院がジークリンデのものとなった以上は子供たちにひもじい思いをさせることは今後一切ないがな。
「――ふふ」
それに、メロディも上機嫌だ。オレの隣で夜道を歩く彼女は今にもスキップでも始めそうなくらいにニコニコしていた。
確か彼女の兄であるメロヴィくんは子供好きだったはずだ。そこら辺も兄妹で共通していたとしてもおかしくはない。
オレとしても副官兼秘書の精神状態が安定しているのに越したことはない。それだけでも今日孤児院を尋ねた甲斐があったというものだ。
「き、キリアン殿、ひ、一つお聞きしてもいいですか?
「質問によるが、まあ、聞いてみてくれ」
歩きながら言葉を交わす。
帝都と言えど夜道は暗いが、今宵は月が出ている。ほのかな灯りは気分を落ち着かせてくれた。
「その、キリアン殿は、子供は、あの、お嫌いなのでしょうか!?」
ほんのり頬を赤らめながら奇妙なことを聞いてくるメロディ。緊張のせいか声が上ずっている。質問の内容もなんでそんなことを聞いてくれるのかもよく分からないが――、
「ああ、夕食でのことか」
ふと思い当たる。オレが夕食の席で言葉少なだったことを気にしているらしい。
「別に嫌いというわけじゃないさ。どちらかというと、そうだな、どう接したらいいのか分からないというのが正しいか。苦手と言ってもいいかもしれない」
子供は時に大人よりもはるかに鋭い。まともに接しているとすぐに本性を見抜かれてしまいそうな気がして、避けてしまいがちなのは確かだ。
「そ、そうなのですか。意外です。キリアン殿には苦手なことなどないと思っていました」
「買い被りだ。騎士学校では詩作の成績が低すぎて落第しかけたんだぞ?」
「あ、それは存じております。確かえーと『我が故郷の麦畑の懐かしい香りの――』」
「なっ!? 暗記しているのか!? 勘弁してくれ……!」
在校時『ここ三十年でもっとも凡庸でもっとも批評価値がない』と酷評されたオレの詩を暗唱されそうなので、慌てて止める。
補習を受けてどうにか学校は卒業できたが、もしあそこでしくじっていたらオレはまだ学校にいたかもしれない。そうなるとジークリンデの従者にもなれなかった可能性が高く……ああ、もう、今も夜中に夢に見るわけだ。
「でも、私は好きです。素朴で、身近で、何だか懐かしくて……」
「君も詩賦には向いてないかもな」
「あら、心外ですね。私、詩作の成績は上から二番目だったんですよ」
「そういえばそうだった。なら、そっちの方面は君に任せるよ」
そんなことを言いながら宿舎へと歩いていく。オレ達を見ているのは頭上の月だけだった。
「誰にでも向き不向きはある。オレにも君にも。だからこそ、君を副官においているし、オレは人を集めることをやめない」
「……はい」
オレの声に真剣さを感じ取ったのか、メロディが背筋をただす。そんな彼女にオレはこう続けた。
「だが、理解しておいてほしい。その中でも君を副官に選んだのは、君を信じているからだ。君の能力、人柄、忠義心をね」
「キリアン殿……!」
オレとしてはまださわりの部分なんだが、メロディはすでに感無量という顔をしている。月明かりに映える蒼色の瞳はうるうると涙で満たされていた。号泣まであと三秒って感じだな。
だが、容赦はしない。メロディを育成して、オレの業務を肩代わりできるくらいに成長してもらうためだ……!
「だから、君もオレを信じてくれ」
「信じております! 心の底から……!」
「では、なぜ動じた。本当に信じているのなら、オレの負傷程度であれほど取り乱すことはなかったはずだ」
「それは……! それは…………!」
悔しそうに視線を伏せるメロディ。両の拳をしかと握りしめ、涙をこらえていた。
いい傾向だ。口惜しさや反骨心は強さの糧になる。オレにも覚えがある。
だが、ここで突き放すだけではいい上司とは言えない。きちんと道を示すことしなければな。
「だから、オレは君にも誓おう」
メロディの右肩に手を置き、彼女の瞳をまっすぐに見つめる。できる限り誠意が伝わるように。
実際、オレも必死だ。
メロディが副官として機能しないなんて事態になったら第一皇統派は非常に危険な状態になる。なにせ、オレがぶっ倒れたら代わりがいないわけだからな!
「使命を果たすその時まで、オレは死なん。君もオレを信じて、支えてほしい。いいな?」
「っはい! はい、もちろんです! キリアン殿……!」
オレの手を取り、何度も頷くメロディ。
真意が伝わっていることは彼女の瞳を見ればわかる。ただ涙を流しているのではなく、その奥には強い意志があった。
「私も誓います……! この命尽きるとも、キリアン殿のおそばを離れません……! わたしの死に場所は、貴方の隣です……! 平時においても、戦場においても……!」
だが、少々意志が強すぎるかもしれない。オレを見つめる彼女の瞳には炎のような輝きがゆっくりと揺れていた。
……なんだか少し怖い。もうオレの負傷程度で動じることはないだろうが、何か別種の問題が発生しているような気もしなくもない。
…………まあ、忠誠心が得られている分にはいいか。オレがコントロールを誤らなければいいだけだしな!




