第64話 凶戦士がきたぞおおおおお!
領主たるものの最大の務めは領民の命と営みの安全を保障することだ。
逆に言えば、それ以外の仕事はついででしかないし、そこを怠るものは領主として領地を治める資格がない。
そういうわけでこの地を治めるジークリンデにより代理の政務官に任命されたオレとしては、この『東第三区画』で起きた問題を放置するわけにはいかない。
本来ならば政務官がわざわざ対処すべき問題でないとしても、だ。
その点において、トモエの納得は一瞬だった。
さすが武士。土地と統治権力のつながりについてはDNAレベルで刻み込まれている。ますます尊敬の念が深くなるな。
なので、オレとトモエは悲鳴が上がってからわずか一分足らずで現場に到着した。
で、そこで起こっていたのはいわゆる『打ちこわし』だった。
まあ、実際には、奪われていたのは米じゃなくて金で、襲われていたのは高利貸しの質屋だったので当たらずとも遠からずという感じだったのだが。
「この! この! さんざんいびりやがって!」
「教会のやつらがいなけりゃおまえらなんて!」
「返せ! オレたちの金だ!」
立派な店構えの質屋を襲っているのはボロをまとった一般市民。彼らは店の棚を引き倒し、扉を蹴倒し、中の金庫を外に引っ張り出していた。
殴りつけられているのは立派な服装をした店主だ。その背後では妻であろう女性が失神しそうな顔で立ち尽くしていた。
気は乗らないが対処するか。これでも政務官代理だ。どんな理由があろうと不法行為を見逃すわけにはいかない。
「――さて、片付いたわけだが」
当然、強盗の3人程度なら制圧するのに5秒と掛からなかった。
殺してもいない。オレにもトモエにも慈悲の心はある。最低限の暴力で制圧させてもらった。
「き、貴族様……! ど、どうかお許しください! われわれはた、ただ、金を取り返しに来ただけなんです!」
「そ、そうなんです! もとはといえばこいつがおれたちの金を……!」
「お許しを! どうかお許しを……!」
縛り上げられた強盗達はオレが貴族だと気付くと口々に命乞いを始める。
一応、帝国の法では貴族といえども帝都の民をみだりに殺すことは許されていない。といっても、貴族による殺人事件が起きたとしても訴え出る先も同じ貴族。まともに裁かれることは滅多にないし、裁かれたとしてもせいぜいが罰金刑がいいところだ。
その一方、強盗は重罪だ。死罪かあるいはそれに等しいほどの労役か。どちらにせよ結果は同じだ。
なので、彼らの怯えようも頷ける。今彼らの生殺与奪権はオレが握っているわけだしな。
……そのことに昏い快感を覚えなくもないが、これはよろしくない。貴族らしい傲慢さとサディスト性はジークリンデの深く嫌悪するところだ。
「キリアン。赦免でもよいと思う。法は破ったが、道理はある」
トモエが言った。金砕棒をそっと降ろすあたり、彼女なりに民に対して気を遣っているのが分かる。
主張にも、一理ある。
帝国には法律があるが法治国家を名乗れるほど法律自体も執行機関も成熟してはいない。
そんな中一般市民が自助努力をすることを咎めることはできない。
特に相手が宗教組織を後ろ盾にした悪徳高利貸しとなればなおさらだ。
オレも心情的にはトモエの案を採用したい。
「じょ、冗談じゃない! 貴族様! そいつらは強盗です! 放免など許されるものか!」
質屋の店主が騒ぐ。脂肪ででっぷりとした顔は汗まみれだ。
店を襲われてよほど肝を冷やしたのだろう。
ざまあみろ、と言いたくなるがこいつの言い分も間違ってはいない。
こと裁きにおいて統治者としての立場が優先される。罪には罰を、これを怠っては治めるものとしての面子が立たない。つまりは、ジークリンデのためにならない。
強盗は重罪であり、今回はタイミング悪く現行犯で捕まえてしまった以上、見逃すことはできない。
……まあ、この場合、妥当なのは労役だな
「簡易ではあるが、政務官代理として裁きを下す。心して聞くがいい」
オレの宣言に容疑者三人が身震いをした。
こういう時、よく通る声をしていると楽だ。少し姿勢を正すだけで多少の威厳が出る。
「――汝ら三人に労役を課す」
下した罪状に彼らの顔が蒼白となる。
労役を課されたということは、今命が助かったとしても近いうちに死ぬということだ。
氾濫の絶えないメナント河の護岸工事で溺死するか、南部の鉱山の落盤事故で岩の下敷きになるか。どっちかだな。
まあ、今回はそんな目には合わずに済むわけだが。
「労役の場所はこの帝都。労務の内容は向こうにある舞台の掃除と整備だ。後日、政務官府に出頭し道具と資材を受け取るように」
「へ?」
詳細を告げると、強盗達は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をする。ついでに、店主の方も目を丸くしていた。
驚いていないのはトモエだけだ。彼女だけは感心した、と顔に書いてあった。
「だから、お前たちの労役は向こうの城壁の傍にある古い舞台の修繕だ」
ここまで言っても三人はオレの下した判決が理解できないらしく、ぽかんとしていた。
「仕事をやると言っているんだ。道具と資材は渡すから明日にでも宰相府に来い。ついでに、給金も出してやる。第一皇女殿下のご慈悲に感謝しろ」
「だ、第一皇女殿下……?」
「そうだ。復唱しろ、第一皇女殿下万歳、とな!」
ようやく事態を理解できてきたようで、三人は互いに顔を見合わせる。
そうして、どうにか息を合わせてこう叫んだ。
「だ、第一皇女殿下万歳!」
「よろしい! では、もういけ! 家族にも唱えさせろよ!」
結審したので三人を追い散らす。
これでこいつらの心にはジークリンデの偉大さが染みついたことだろう。
なので、残る問題は一人だけだ。
「お、おまちください! こ、こんなものでは納得できません! わ、わたしは店を襲われたのですよ!」
「命も金も無事だろうが。高利貸しも今回に限っては見逃してやるんだから、むしろ、感謝すべきだぞ」
食い下がる店主を、そう突っぱねる。
相手がごうつくばりの高利貸しとはいえ強盗を許しては統治者としての面子に関わる。なので、盗んだ金は返還させたし、実際に罰も与えた。
その理屈が通った以上はこの店主が感情的に納得できるか否かなど心底どうでもいい話だ。
「そ、そんな! 教会が治めておられたころはこんな無法は許されなかった!」
「残念だったな。これから誰かの威を笠に着るのではなく、自分で威張れるように努力することだ」
「わ、わかりました! いくらご入用なのです!? お申し付けてくだされば――ひっ!?」
全スルーしようと思っていたんだが、看過できない一言が飛び出したので店主の顔すれすれのところの壁に蹴りを入れる。
オレの脚力でもレンガを砕くくらいのことは容易い。粉塵が舞い、欠片が周囲に飛び散った。
「二度とオレに賄賂が通用するなどと思うな」
「ひ、ひぃぃぃ!」
店主が腰砕けになってその場に崩れ落ちる。恐怖のあまり失神寸前といった感じだ。
……正直、これでも脅したりないがこれで勘弁してやるか。
ジークリンデの騎士であるオレに賄賂が通じるなどと思われては侮辱もはなはだしい。無礼討ちしなかっただけ店主はジークリンデの慈悲深さに這いつくばって感謝するべきだ。
「これからは帝国の法に基づいてのみ商いを許す。それができないのなら、お前は早晩、オレと再び会うことになるぞ」
足をどけながら、忠告をしてやる。
つまり、これからアコギな高利貸しをすれば問答無用で裁きに掛けるぞということだ。賄賂を受け取ることなどしないし、教会と違って違法行為をお目こぼしなどしない、と。
これはジークリンデの意向でもある。
彼女の慈悲は海よりも深いが、同じくらいに高潔で公正なお方だ。
「法は平等であり、そこに例外はない」という彼女の信念に従い民を治めることもまた臣下たるオレの務め。
そして、賄賂なんてものはジークリンデがもっとも嫌悪する類のもの。ゆえに、オレが賄賂を受け取ることは天地がひっくり返ってもありえない。
「オレの名はキリアン・シグヴァルト。この区画を治める政務官代理である」
そうして、最後に名乗りを上げる。オレの名が恐怖と共にこいつの脳髄に刻まれるように。
こういう輩は倫理や正義では縛れない。
有効なのは力と恐怖。皮肉なことに世界はそれで動いている。
だからこそ、ジークリンデの理想は美しく、実現する価値があるのだ。
◇
その後、オレとトモエは東第三区をぐるりと見て回ったが、どこも表通りから一歩裏路地に入ると荒れ果てていた。
具体的には教会のある大通りに隣接する商店や市場は潤っているものの、そこ以外はほぼ放置されている。治安も経済状況も見た目相応だ。
……ようは、教会に寄進する貴族や商人から見える部分だけを整え、それ以外はおざなりにしてきた100年間だったということだ。
そりゃ恨みも積み重なろうというもの。焼き討ちや暴徒化が起きていないだけ行儀がよいと形容してもいい。
数か所ほど例外ともいえる場所こそあったが、やはり区画全体としてはガス抜きが必要だろう。
「――徳政令?」
「ああ。借金帳消しだ。場合によっては第一皇統派で肩代わりせねばならんが、まあ、大した額にはなるまい」
「……なるほど」
オレの考えにトモエが頷く。橙色の夕日が彼女の横顔を照らしていた。
最後に訪れた、区画全体を見下ろす城壁の上でのことだ。
純粋な利益だけを考えれば経済に混乱を招きかねない徳政令はあまり出したくない。
だが、長期的な視点、それもジークリンデの益を考えれば悪くない策だ。管理者が変わったという名目もあるし、ガス抜きしつつも民からの名望を集めることもできる。ジークリンデ本人の意にも沿うだろう。
ここで信頼関係を築いておけばあとあとの公共事業もやりやすいしな。
「それで、それもお姫様のなまえでやるの?」
「そうだが、何か問題があるか?」
オレからすれば徳政令を出すのはジークリンデでなくてはならない。発案したのがオレであることなど些細なことだし、ジークリンデが仁政を行った、という記録が残ることの方が大事だ。
しかし、トモエにはそうではないらしい。どこか拗ねたような表情でオレの顔をじーっと見ていた。
「な、なんだよ」
「別に。妻としてはたまに夫に野心を出してほしいなんて思ってない」
「野心って言っても、出世なら分不相応なくらいにしているだろ。オレには役目を果たすにたる権限と力があればそれでいい」
「だから、悪評を自分に集めるの? それが忠義だから?」
トモエの疑問に、オレは「ああ」と即答する。
オレとしてはジークリンデのためになるならどんな泥でも被るつもりだ。栄誉や名声は全て主君のものであり、歪みや汚れはオレが集める。日本の戦国時代において尼子家に仕えた忠臣『山中鹿之助』が七難八苦を月に願ったのと同じだ。
「本当、呆れるほど武士。そんなのに惚れたトモエの負けね」
笑みをこぼすトモエ。
風に黒髪がなびかせ、城壁に立つその姿は一枚絵のように美しい。それこそ息をするのも忘れて、見惚れてしまうほどだ。
……まさかオレの脳内SSDにジークリンデ以外のフォルダを新造することになるとはな。おそるべし、ミナトガワ・トモエ。
「でも、貴方の妻はトモエだ。どんな手を使っても振り向かせるから、覚悟しておくように」
「お、おう」
トモエはそんな宣言と共に、オレの鼻さきにびしっと指を突きつける。
……改めて宣戦布告をされてしまったわけだが、なぜだろう。もうすでに負けかけている気がするんだが……、




