第63話 視察という名のデート
教会から第一皇統派が切り取った『東第三区画』には開発が必要だ。
区画自体は中規模な市町村ほどの広さがあり、人口も5万人ほどとかなりのものなのだが、いかんせん区画整理はおろか道路の整備もまともにされていない。
100年間も教会がずさんな管理をしていたせいだ。
本来は帝都東門と隣接する交通の要衝であり、もっと栄えているべきなのだが、統治機構がそこら辺を軽視していためにこうなった。
そもそもある程度まで育った宗教団体というのは勝手に金が転がり込んでくる夢の商売だ。
おまけにこの世界でも非課税。羨ましすぎて織田信長の気持ちがすごくよくわかるぜ!
と、そんな私情はおいておいて。そんな感じなので教会は区画を開発する必要がなく、100年にわたってこの東第三区画はそのポテンシャルを眠らせていたわけだ。
そのポテンシャルを第一皇統派は目覚めさせる必要がある。具体的には道路を整備し、商業に投資し、民を安んじ、生かさず殺さず程度に税を搾り取るのだ。
……あれ、あんまり教会のことを言えないんじゃないか?
と、とにかく、区画開発はマストであり、そしてそのためには現地のことを把握する必要がある。
地図の上、盤面の上からでは把握できないものがあるのは歴史が証明している。だから戦に勝つために戦場を事前に偵察するように、この目で東第三区を視察することにしたのだが……、
「ふむ。あそこ、あそこの高台に新居を建てよう。飼うのは犬と猫どっちがいい?」
新婚夫婦の物件選びくらいの感覚で着いてきている奴がいる。
無論、トモエだ。さっきからこんな感じで土地開発とは何も関係のない要望を気ままに述べていた。
これに関してはオレの責任だ。この視察にトモエが同行するのを許可したのはほかならぬオレなんだからな。
「……しいて言うなら猫だな。なぜか犬には好かれたためしがない」
「意外。忠義心って反発しあうの?」
「かもな」
益体のない会話をしながら区画の中央通りを進む。
真昼間だというのに妙に肌寒いのは冬が近いということだけが理由じゃないだろう。
明らかに人通りが少ない。たまに民家の窓から顔を出すものはいるが、オレたちの姿を確認するとすぐにひっこんでいく。
完全に避けられている。理由はまあ、自明の理というやつだな。
世間では教会が管理していた東第三区を第一皇統派が強奪した、という風聞が立っている。
教会の悪事とそれに対する罰ということは公表されてはいるんだが、いかんせん市井に対する影響力という意味では勝負にならない。生臭坊主の最後っ屁というやつだ。
しかし、こっちもただやられているわけじゃない。
噂には尾ひれを付けて、強奪の主犯はオレということにした。これで第一皇統派とジークリンデの被害は最小限。オレが恐れられる分にはむしろ統治がやりやすくなっていいくらいだ。
それに、人がいない方が街並みの見聞はしやすい。
うむ、やっぱり石畳がガタガタだ。馬車道を通すためにも整備は必須だな。
「使用人はそう多くない方がいいな。顔を覚える自信がない。あと、乳母はいらない。ミナトガワ家では嫡子は正室が直接養育すると決まっている」
そんなことを知ってか知らずか、雑談を続行するトモエ。肝の太さという意味ではオレ以上だ。
「……珍しいな。いや、まあ、シグヴァルト家もそうだったけど」
地球でもこの世界でも高位の貴族の女性が子息を直接養育することは滅多にない。
大抵の場合、幼少期には乳母がつくし、長じてからも成人するまでは傅役と呼ばれる護衛兼教育係が子供の教育を親に代わって行う。
まあ、そうでない例もあるにはあるんだが、慣例というのはそれなりの利点があるから慣例になっているものだ。
家臣団内での団結を高めたり、パワーバランスを調整したりといろいろな事情があったりするのだ、貴族には。
その点、シグヴァルト家は歴史が古い割にはそういうしがらみは薄かった。
キリアンの両親が早死にしたため祖父が孫二人を手元に置いておきたかった、というのもあるが、もともとがそういう家風なのも大きい。おかげで良くも悪くもオレは自由にやれているから感謝だ。
そういう意味ではトモエの実家であるミナトガワ家が似たような家風をしているというのは意外ではある。
「君の家はもっと厳格だと思っていた」
雑談がてら素直に疑問をぶつけてみる。
トモエが主役の外伝小説でも彼女の実家であるミナトガワ家の描写は少なかったので、原作ファンとしても知りたいところではあった。
お、ここの十字路は防衛陣地に使えそうだな。
「厳しくはある。乳母をつけないのも物心がつき次第すぐに武芸を教えるため。トモエもそう育てられた」
そんなことを話しながらもトモエの足取りは普段と変わらない。
声にも武人として育てられたことへの悲哀やら後悔やらという湿った響きはない。ただ淡々と事実を述べているだけだ。
トモエはそういう女性だ。芯が強く、過去よりも未来を重視する。彼女自身、戦場こそが己のもっとも輝く場所だと理解もしている。その上で、ほかの家庭的な幸せという可能性をも模索しようとしているのは、彼女の強さの表れだ。
そこに現代人の抱くような感傷が入り込む余地はない。
だからこそ、オレはミナトガワ・トモエという女性を心から尊敬しているのだ。
「そうか。君は強いな」
だから、余計なことを言う必要はない。これだけでオレの敬意は彼女に伝わるはずだ。
「そう。トモエは強いの」
少し間があって、トモエが微笑む。
その輝くような瞳と、赤らんだ頬に安堵と喜びを覚えてしまう。オレは間違えてはいなかったらしい。
それこそここで同情などしていたらトモエに軽蔑されていたところだ。
いや、そうしたほうが婚姻問題で悩まなくて済むのか……?
…………まあ、別の機会でいいか。せっかくこうしているわけだしわざわざ水を差すほど無粋じゃない。
そんなことを考えていると、そもそもなことが気になり始める。
「しかし、本当にこんなのでよかったのか? 今からでも褒賞は出せるぞ。金でも肩書でも、相応のを用意するが」
「いらない。強いて言うなら貴方の時間を買ったのだから、もっと集中すべき」
「……努力するよ」
一応確認してみたら、怒られてしまった。
そう、オレは今第一皇統派の管轄となった東第三区を視察しているわけだが、これはトモエとの逢引き、いわゆるデートを兼ねている。
先月の事件において活躍したものには褒美が出ることになったのだが、トモエが要求したのは金銭でも地位でもなくこれだったのだ。
曰く、今一番欲しいのは夫婦の時間、とのこと。褒美として要求されては信賞必罰の観点から言っても断ることはできなかった。まあ、考えようによってはすさまじく安く済んでいるわけだから悪くはないんだが。
……ちなみに、逢引きだと強調しているのはトモエであってオレではない。
いやまあ、オレとしては逢引きでも構わないんだが、なんか主にメロディやリーヴァの方から殺気が飛んできそうなので名目上は視察がメインということになっていた。
「それに実は楽しい。ここはキリアンの領地のようなもの。妻としては夫の出世の足掛かりを喜ばない理由はない」
「……一応、言っとくがそういう発言は2人きりの時だけで頼むぞ」
「当然。トモエはよくできた妻だ。『三歩前で敵砕く』。夫の不利になるようなことはしない」
ふふんと胸を張るトモエ。たぶん『三歩下がって影踏まず』的なことを言いたいのだろう。まあ、オレとしても戦ってくれた方が助かるわけだが。
……しかし、領地か。オレではなく第一皇統派の、ひいてはジークリンデのものであることが大事なわけだが、開発の快感は確かにある。
…………建てちゃうか、ジークリンデを讃える碑。
「むぅ。トモエ以外のことを考えている」
「……バレたか。だが、君も好きだろ、領地開発」
「トモエは武士。当然」
ふふふ、とトモエ。気持ちは大いにわかる。
適切な施設を建てて、自分好みに街を創っていく。この歓びばかりはシミュレーションゲームでも現実でも同じだ。
一方、これがデートらしいかと言えばどうなんだろう。
もうデート自体はしているんだ。せっかくならばトモエの満足度をマックスにしてより張り切ってもらった方がジークリンデのためになるし――む、あれとかどうだろうか。
「トモエ。こっちへ」
「うん? おお!」
トモエを連れて、大通りを離れる。城壁沿いの裏道に入ると、すぐにその場所がはっきりと見えた。
古い『野外劇場』の跡地だ。
扇状の意志階段を降った先にある半円形の舞台。それこそ教会が芸術活動の類に制限を掛ける前には大衆演芸の類がここで上演されていたことは想像に難くない。
トモエほどの美女に相応しい舞台だ、とは口が裂けても言えないが、今はここで満足してもらおう。オレのダンスの腕も多少はマシになったことだしな。
「お嬢様。一曲、いかがですか?」
先に舞台に降りて、トモエに右手を差し出す。
騎士が淑女を誘うにしては無作法かもしれないが、こういう時はオレらしい方がいいと思う。
「っ当然! よろしく我が夫!」
花の咲くような笑顔で、トモエは応じてくれる。
階段を駆け下りて、オレの手を握り、体を寄せてくれた。
柔らかい中に確かな芯のある感触。剛と柔の同居した肢体に彼女の強さを感じつつ、その魅力にどぎまぎしてしまいそうになる。
だって、すごい美人だし、すごいいい匂いするし……、
でも、しっかりしろ、オレ。ここは騎士としてきちんとエスコートしないと晩餐会の埋め合わせにならないぞ。
「じゃあ、一曲」
ステップを踏み始めると、自然と互いに息が合う。心臓の音まで重なっていくようで、なんだか不思議な感覚だった。
無論、トモエがオレの方に合わせてくれているから踊れているわけだが。
「約束。覚えてた」
不意に、オレの胸元に顔を寄せてトモエが言った。
その仕草の愛らしさに、心の奥深くをくすぐられる。なんだか、普段通りじゃない。
「これでも騎士の端くれだからな。音楽もないし、ドレスでもないけど、今はこれで勘弁してくれ」
「うん。貸しにしておく」
これまた可愛らしい声に鼓膜ごと脳を揺らされる。魂まで震えていると認めざるをえない。
…………婚姻かぁ。オレもちゃんと考えないとな。
「――きゃああああああああ!」
しかし、今はこの無粋な悲鳴に対処しないといけない。仮にもジークリンデの領地。守るのはオレの義務だ。




